親愛なる日記

僕が 日々見つめていたいもの。詩・感情の機微等。言葉は装い。音楽遊泳。時よ、止まれ!

火を熾す

2009年02月06日 | 好きな映画や本など
久しぶりに心が騒ぐ。

珍しく『文藝』をぱらぱらめくっていると、柴田先生の特集でして、ふむふむ読み進めていくと、書籍紹介に、ジャック・ロンドンの名が!

しかも、『焚き火』だ。

かつて村上春樹の短編『アイロンのある風景』の中で、主人公の女の子が読書感想文を書き、教室中の笑いものになった、あの『焚き火』が、『火を熾す』となって出版されている…。

しかも柴田先生に。

この喜びは誰に伝えたらいいのだろう!!

本当にほんとうに嬉しい!

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と、いう訳で無理やり時間を作りながら食い入るように読みました。読まされましたよ。

何と言ったらいいんでしょう。

暖房の効いた図書館のロビーで本を読む僕の背中にはぶ厚い雪が積もってずしりと重くなり、かぶっていたニットキャップも凍りついて端からのびるツララが鼻先まで届きそう。

ぶるぶるっとした寒気を通りこして痛み。その痛みが麻痺して白んでいく脳の幻覚を、自分の心音がどくっ・どくっ・と打ち消していくあの感覚。

本書を読んでいくと、その身体表現の多さに気がつく。心臓から送り出される血の温かさや、その血が通わなくなった指先の不在感。

それは国境や時代を超え僕の体にダイレクトに伝わる。

それはあたかもロンドン氏の体のなかに僕がいる不思議なシンクロを引き起こし、僕はこの図書館で自らの死と格闘し、影と格闘し、若さと格闘し、命への執着と格闘する。そしてその多くは負け、時には申し訳程度に勝つ。

それがロンドン氏のリアリティーなのだと思う。

もう一つ心に浮んだこと。

『火を熾す』を読んでいて、僕は星野道夫の『アラスカ 光と風』を思い浮かべていた。星野さんの語り口も無駄がなく、それでいて心にすっと入る気持ちの良い文章だった。

厳しい自然の中に立ち、感じ取れるものが自分の生命それだけに、ただそれだけになった経験を持つ人は同じような思考に立つのだろうか。

どちらももう亡くなってしまった人だけに答えてはくれない。


うまく言葉が回らずもどかしいけれど、僕はこの作品に打ちのめされた。ノック・アウトされたよ。

かつて、『焚き火』が読書感想文の推薦書になることはありえない、とこの日記に書いたことがあったけれど、時代は変わった。

きっとこれからは『火を熾す』を読んで教室で笑われる第2の順子がきっと出てくる。

そんな日には誰かがそっと火を熾し、彼女につかのまの眠りを与えてあげて。



火を熾す (柴田元幸翻訳叢書) (柴田元幸翻訳叢書―ジャック・ロンドン)
ジャック・ロンドン/柴田元幸 訳
スイッチパブリッシング

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