岩田亨の短歌工房 -斎藤茂吉・佐藤佐太郎・尾崎左永子・短歌・日本語-

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15年戦争:斎藤茂吉「白桃」「暁紅」「寒雲」「のぼり路」の時代

2011年08月17日 23時59分59秒 | 歴史論・資料
岩波文庫「斎藤茂吉歌集」の「補遺」に太平洋戦争中の時事詠が収録されている。(なぜ「補遺」になったかは、柴生田稔による「解説」に記述されている。)

・真珠湾にくぐりてゆきし一隊の潜航艇は帰ることなし・(真珠湾攻撃)

・日もすがら夜すがらの戦きはまりてもののふニ千つひに帰らず・(アッツ島玉砕)

・すくひなき一つの島にたてこもりニ千のかばねここにとどめし・( 同 )

 
 1931年の満州事変から、日中戦争、太平洋戦争の終戦までの15年に渡る戦争を、歴史用語で「15年戦争」と呼ぶ。歴史用語とは当時使われていた呼称ではなく、後の歴史学者が名付けた用語である。(幕藩体制・明治維新など)

 それがどういう意味を持つのか。例えば「従軍慰安婦」。これは歴史用語で内容はまたの記事に譲るが、当時こうは呼ばれなかった。「当時はそんな言葉はなかったのだから、従軍慰安婦などという事実はなかったのだ」と国会で質問し、とんだ恥をかいた国会議員がいたが、歴史上のある事件をのちの研究成果を含めて命名するのが歴史用語。「大東亜戦争」の呼称は当時使われたもので、歴史用語ではなく学問的根拠を無視している。

 このように「歴史用語」はおもに学問上の用語として使われる。おもにというのは、第1次世界大戦・第2次世界大戦など、一般的に使われる場合も多いからだ。

 太平洋戦争も近年は「アジア太平洋戦争」と呼ばれる。対米戦争だけでなく、対中国戦争、対東南アジア戦争を視野に入れる必要から、より核心・実態に近いということだ。

 第1次世界大戦の性格は比較的わかり易い。イギリス・フランス・ロシアといった植民地大国(三国協商)と、ドイツ・オーストリア・イタリアの後発植民地国(三国同盟)との、植民地再分割戦争が基本的性格。

 ところが第2次世界大戦は複雑である。

1・日独伊の「枢軸国」と、米英仏を中心とする連合国の植民地再分割戦争。

2・ファジズムと反ファシズムとの戦争。(植民地国と植民地との戦争を含む)

などの要素が複雑に絡むからだ。太平洋戦争もこのような要素が絡む。


 第1の点については、ハワイ州立大学の教授が日米戦について的確にまとめている。片言の日本語だったが、再現すると次のようになる。

「太平洋の東にアメリカという大きな帝国主義国があり、太平洋を西に向かって少しずつ侵略を進めてきましたね。ハワイには独立国がありましたが滅ぼされました。さらにアメリカはフィリピンも植民地にして、次に中国にも手を伸ばそうとしましたね。

 太平洋の西には日本という比較的小さな帝国主義国がありましたね。この国は中国、東南アジアに手を伸ばし、太平洋の島々をも植民地にしました。

 この二つの帝国主義国が太平洋の真ん中でぶつかりましたね。これが太平洋戦争です。日本とアメリカ、どちらが悪いかとさっきから話されていますが、あまり意味はありません。どちらもよくないですね。」

 真珠湾の奇襲攻撃は国際法上許されるか、そもそも「 ABCD 包囲網」がいけなかったのだ、アメリカは真珠湾攻撃を察知していたのに戦争の口実を作る為に見て見ぬふりをしたのだ、などと細かいことを議論していた日本人の「専門家」「評論家」はみな一瞬黙ってしまった。核心をついた発言だったからだろう。


 2については、対中国戦・対東南アジア戦にあてはまる。「大日本帝国」が中国・東南アジアの植民地化、傀儡政権を樹立したのだ。そしてほとんどの国で軍政をひいた。目的は「日本のための資源と市場の確保」。明確な侵略戦争である。「国策の誤り」ということが日本政府の公式見解だ。(村山首相談話、河野衆議院議員談話)ところが、これを認めるのを「屈辱」と感じる人たちが少なくない。これが徹底的に「戦犯追及」を国を挙げて今でも続けているドイツとの違いだ。

 ドイツは第1次・第2次世界大戦両方の火ぶたを切り、2回とも敗戦国になり、ヨーロッパは戦争により廃墟となった。今は EU の中心だが、そこまで信頼を取り戻すのに少なくとも半世紀近くかかっている。勿論、国内で議論を重ねながらの話だ。


 そこに日本の場合第3の事情が関係してくる。東京大空襲・広島長崎へ原爆投下など、非戦闘員への無差別大量殺戮を受けたという、一方的被害者の側面があるのだ。終戦直後の旧ソ連による「シベリア抑留」「千島列島占領」、これらの国際法違反も当然はいる。

 いわば3つの側面があった訳だが、どの側面を単独にとりあげてみても、戦争の全体像は見えて来ない。これに領土問題(全ては対米講和:サンフランシスコ平和条約という片面講和に原因があるのだが)が絡んで来る。

 この「一種の混戦状態」が日本外交を複雑にしている。この「混戦状態」は半世紀以上続いているから、容易に解けそうもない。ドイツが半世紀かけて周辺諸国に信頼されるようになったのとは対照的。解決までには時間がかかるだろう。

 その意味で戦後処理、戦争の総括はまだ終わっていない。

 岡井隆らの前衛短歌には「戦争やそれを遂行した国家への問い」が含まれているが、歌壇全体での総括は未完だ。2010年8月号の「短歌研究」がひとつの参考となろう。


・「爆弾が空から落ちてきたんです」大正生まれの母の初夢・(「オリオンの剣」)




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