危険生物図鑑その4
昔の農家はどこでもそうであるが、生家でも私が子供の頃には牛を飼っていた。耕運機が普及するまでは牛で田んぼを耕していたし、毎年子牛も生ませていた。
農家にとっては貴重な動力源であり子牛を売れば現金収入にもなるので、家のものは牛を大切にしていた。牛も人に良く懐いていており、ドウドウと言って喉を撫でてやると嬉しそうに喉をぐいぐい伸ばしてきた。
代搔きが終わって泥だらけになった牛を、叔父と一緒に川の浅瀬で洗ってやったこともある。家の庭には牛をつなぐ専用の太くて頑丈な杭があった。杭の天辺には回転する金具が打ち付けられており、牛をつないだ綱が絡まらないようになっていた。
夕方そこに牛をつないでブラシを掛けてやったり、尻や腿にこびりついたフンを掻き落としてやったりしたものだ。その時牛の周りにはたくさんのハエやアブがまとわりついていた。牛は尻尾を振りながらそれらを追い払っていた。
とりわけアブは刺されると痛いのだろう。
刺された部分を小刻み揺らしていた。そこで私はハエ打ちで、牛にとまったアブを打ち据えてやっていた。牛も嬉しいのだろうか、パチンと打つと心なしか喜んでいるように見えた。
何度もそんなこととしているうちに悪戯心がおこり、アブがいないのにハエ打ちでバチッとたたいてみた。牛はアブを叩いたと思ったのだろうか、怒るようなようすもない。
面白くなった私はバチバチと牛を叩いていたのだが、それを母に見つかって大目玉をくらってしまった。
当時牛は大切な家族の一員だったのだし、アブは牛だけはなく人も刺した。そして刺されると非常に痛いのだった。