金太郎飴
2016-10-03 | 日記
どこを切っても同じ模様が出てくる仕事なら誰がやっても同じは良いとしても、いつ影武者に取って代わられても文句は言えないという事である。
ヨーロッパ人の優秀さを目のあたりにしても、スペインで「人間の塔」や「トマトの投げ合い」をしたりする。
私は金太郎飴のような人間は嫌いだが、あんな優秀な民族でさえ、金太郎飴の様に行動せざるを得ないのは何か凄まじい地球の奥から押し上げるような得体のしれないものがあるのだと思う。
私もアメリカ留学中に感じた。でも、私はこれではもう私は「終わる。」何一つ自分の良さを出せない人生になってしまうなら・・と決意をしたのではなく、
それしか選択肢がなかったのである。
私も危うく影武者にされそうになった事がある。私の自作曲(初めての)なのに伴奏を親切に書いた人が急に強気になってまるで自分が作った曲のような言い分に変化していった。慌てて自分でもっとさらに伴奏を良くしてみた。そして、決定的な個性の違いがメロディーにあって、それを主張する事で難を逃れたのである。
という事は個性は大切である。でも、昔、講習などを受けると私の大切なメロディーをこれでもかというぐらい修正ばかりされていた。
先生なんかに習うものではない。自分で勉強できる人には先生は必要ない。