Cosmos Factory

伊那谷の境界域から見えること、思ったことを遺します

祭祀空間の変化

2021-11-29 23:35:09 | 地域から学ぶ

 先日、飯島町豊岡の清水坂の「猫神」について触れた。

 清水坂といえば、20年ほど前に、そこに日々お参りされている女性に話をうかがったことがあった。その当時は写真の右端、巨石の上に安置されているお不動様の前に、たくさんの剣が奉納されていた。お不動様の信仰には、剣を納めて祈願することがよく見られるが、最近はよそでもあまり例を見なくなった。剣を奉納する、という形が廃れつつあるということなのか。当時たくさん奉納されていた剣は、今は跡形もない。誰かがそれらを片づけられたのだろう。そもそもこの土地は個人の土地で、今ではふだん管理されている風でもない。先日の猫神様の回覧、なぜ回覧に猫神が登場したかといえば、この祭祀空間の管理に関してのものだった。

 もともと、ここの草刈などは、豊岡に住まれている方たちの有志で行われていたという。おそらく昔の清水坂の篤い信仰の延長線にあったのかもしれない。しかし、昔のことであって、もはや当時の賑わいを知っている人は少ない。したがってこの空間は、共有空間ではなく、個人の祭祀空間という捉えられ方をされているのかもしれない。有志の方たちの高年齢化に伴い、有志の活動に少なからず「強制」イメージが浮かび始め、周囲でも「なぜ他人の土地の草を刈るんだ」というようなイメージが派生していたのかもしれない。有志だった代表格の方がいなくなると、それはますます増長して、この空間へのイメージも変わってきた様子。

 かつて清水坂の祭りといえば、遠方からも人が訪れたという。しかし、その祭祀空間は、今では忘れられた空間となりつつある。もちろん林の中にあって、独特な趣を見せているから、周囲ではそれなりの受け止め方をされているのだろうが、今やここに祈りを求めて訪れる人は、いないのだろう。


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