Cosmos Factory

伊那谷の境界域から見えること、思ったことを遺します

修験者と人形遣い

2022-09-11 23:27:48 | 民俗学

 わたしの小学生時代までは、いわゆるお祖母ちゃん子で、祖母についてはあちこち歩いていた記憶がある。その祖母とともによく一緒に行動を共にしていたのが祖母の妹にあたるお婆さんだった。隣組は違ったが同じ集落に住み、屋号を金剛院といった。映画「ひめゆりの塔」を見に行ったのも、祖母とそのお婆さんとだったと記憶する。我が家から駅までの段丘を上る道沿いにお婆さんの家はあり、祖母と一緒でなくとも一人でそのお婆さんの家に立ち寄ることもよくあったものだ。よく遊びに利用したグランドに行くにも、その家の前を通ったし、その近くにある田んぼに行く際にも通った。身近な親戚だったというわけだ。そのお婆さんのご主人は事故で両眼がなく、外出するさいはサングラスを掛けて、そのお婆さんが手を引いて歩いていたもので、事故で火傷をした手もほぼ指はなく、親指と人差し指らしき指二つでふだんの暮らしをしていた姿が、今もはっきり思い出せる。

 ところがかつて聞いていたのかもしれないが、そのお婆さんのご主人の親という方が修験者だったことは、あまりこれまで意識してこなかったことで、記憶からは飛んでいた。今回民俗地図の打ち合わせ会をした翌日、松本から来たお二人を「どこか案内を」と思いついたのがその金剛院だったのである。最近お二人が築北の修験の道に興味を持たれていることから、修験に関わる場所をと思いついた金剛院は、お婆さんのご主人が開いた修験の堂だと思い込んでいた。当時は今の堂と違って、隣にあった母屋と軒続きで同じ空間にあったように思っていたが、聞けば当時から別棟の堂だったという。もしかしたらその堂内でお婆さんのご主人が、祈祷していた姿を見ていたようにも思うのだが、そのあたりははっきりしない。しかし修験系の堂であるという記憶は、当時のそんな光景が脳裏のどこかにあったからだと思う。今回堂を案内していただいた方は、この堂の3代目にあたる祖母の妹の息子さんの連れ合いである。そもそもご主人が京都醍醐寺から免許をいただいて3代目を継いでいたことは知らなかった。そのご主人はわたしの父と一緒に石屋の仕事をしていた方で、やはり子どもの頃は、二人が働く河原の現場に行っては、よく遊んでいたものだ。慰労の意味で夕飯を食べに行く二人に度々連れていかれた記憶もある。

 さて、金剛院の初代であった方は、昭和22年に75歳で亡くなっている。多才な方だったようで、醍醐寺三宝院において修行し28歳のとき護摩堂をここに建てたという。そして地鎮祭やお日待ちにおいて祈祷師として活躍したようだが、大正11年に宮田村の太田切より人形の頭を買い受け、自作の頭を加えて人形芝居を始めたという。子どものころ人形の頭が残されていることは聞いたことはなかったが、その後伊那谷の人形芝居がクローズアップされる中、『飯島町誌』に「本郷人形」の謂れが記載されていて、金剛院に保存されているだろうことは認識の中にあったが、これまで身近でありながら聞いてみたこともなかったわけである。初代が亡くなられた後も、当時の関係者で隣の横前人形の助っ人として昭和36年ころまで活動していたという本郷の人形遣いたち。本郷での上演は戦前までというから、短い人形芝居の歴史であるが、現在残されているかしらの多くは、初代が自ら製作したものという。人形のかしらについては、本郷のものも含め飯田市美術博物館が詳しく調べており、飯田市美術博物館調査報告書として『伊那谷の人形芝居-かしら目録台帳-』としてまとめられている。今回いくつかのかしらを納めた箱を出していただいた。すべてを開いて見る時間はなかったが、いくつか確認してみた。写真はそのなかのもので、上は大田切から買い受けたもので「阿州和田村 天狗屋久吉」明治13年作のもの、三番叟である。下右は同じく大田切から買い受けたもので、作者銘はないが「源太」と言われているもの。そして下左は初代が自ら製作したもので、目や眉が動かせる細工もされている。素人が作ったものながら、初代が器用であったことは容易にわかる。こうした自作の物が20個ほどあるのだから熱心であったことは言うまでもなく、聞くところによると花火にも力を入れていたとか。

 2代目は前述したように目が見えなかったため、こうした多才な面は出せなかっただろうが、堂内には修験に関する道具や資料がたくさん残されていた。これは3代目が大切に残そうとしたからだろう。同行した仲間からは、こうした里修験の資料はとても貴重だと知らされるとともに、目録化を図り調べておく必要性を説かれた。宿題がまたひとつ増えた、というわけである。


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