日本の心

激動する時代に日本人はいかに対処したのか振りかえる。

大川周明『たがいに相手を知らぬ外交、日満交渉の転換期』(昭和6年)

2021-02-23 19:53:45 | 大川周明

             
互いに相手を知らぬ外交

 真偽のほどは不明であるが、こういう話しを聞かされた。昨年、ある問題で上京した在支邦人が、陳情のために幣原外相訪問した際、支那の国民性を正しくしていることが、対支外交の上で極めて重要であると述べたところ、外相は国民性の知識などが外交上で何の役に立つかと、一言の下に斥け去ったとのことである。
 果たして事実とすれば、日支外交は行き詰まるべき運命に在る。

 支那の歴史を知らず、支那の思想を知らず、しかし、支那の特殊なる国民性を無視して、正しき対支外交が生まれる道理はない。然るに坤為地の我が国の外交官中、経学詩文に通ずる者が果たして幾人あるか。

 また複雑極まるところなき支那の国民性を熟知するものが果たして幾人あるか。一遍の常識で立派に処理することもできるが、根本の問題に触れ来れば、それだけでは間に合ひかねる。相手の国民性を的確に把握していないと、或いは無用の譲歩屈従を敢えてし、或いは無益に彼の感情を害するやうになる。 

 日本の外交官が支那の本質を知らず、または知ろうとせぬと同じく、支那の外交官もまた日本国民の本質を知ろうとしない。国民性の寛容と外交当局の弱腰とが、支那の要求に対して譲歩するところあれば、直ちに日本国民を弱小無為なりとして望蜀の態度に出て、つひに止まるところを知らざらんとする。

 日本の外交官は、支那国民心理を知らざるが故に、ひた押しに押されて譲るべからざるものも譲らうとするかもしれない。さりながら日本人は、個人としても将又国民としても、或る程度までは極めて寛容であり堪忍袋強くもあるが、限度を越えての無礼に対しては烈火の如く憤激を勃発させずば止まぬ民族である。吾等は日支両国のために、今日の外交を悲しまざるを得ない。(大川生) 

     (『東亜』第四巻第五号、昭和六年五月) 
 

満蒙交渉の転換期 
 万宝山事件、及びこれに伴へる朝鮮事件を導火として、満蒙問題は俄然重大化し、これまでは対岸の火災視せる国民も、ようやく緊張する態度をもって之に対するに至った。もしこれが機縁となり、満蒙問題の解決に資するならば、禍い転じて福となるであろう。
 
 満蒙に於いては吾等は幾多の権益を所有している。吾等は決して新しい要求を操出せんとするものではない。ただ、既得の権益を実際に実現せんとするだけである。しかるに従来わが国は、支那が条約を無視する行動に出ても、吾が権益を蹂躙し去りて、将来また不幸なる圧迫を在満同胞に加えても、千篇一律『厳正なる抗議』を繰り返すだけで、その抗議を徹底せしめた例しがない。
 それ故に未解決の満蒙懸案は、おそらく大小百件以上に達するであろう。その百有余件は、百余の問題についての日本の屈譲を意味している。

 朝鮮事件は、朝鮮人が幣原外交、したが、日本政府に対する不信任を、実行の上に現せるもので、本質に於いてまさしく独立運動である。間島における朝鮮人は、人口において八割を占め、既耕地の半ばを所有し、日本警官五百名を以って保護すると言われながら、無残至極の境遇に在る。
 満州奥地に於ける彼の境遇が、いかに不安と悲惨を極るかは想像に難くない。日本は既得の権利を堂々と主張し遂行して、彼らの堵を安んじてやるか、さもなくば朝鮮自体をも失ふかの岐路に立つ。

 当局者が、独り朝鮮人問題に於いてのみならず、満蒙問題全般に亘りて、積極的態度に出でんことを切望する。それは決して横車を押せといふことではない。ただ支那の横車を押し返せといふことである。(大川生)
     (『東亜』第四巻第八号、昭和六年八月)   

  


 
 
 

問題の国民的解決 
 満州に於いて我が国の正当なる権益を擁護し、かつ在満同胞の財産を保護する目的の下に、帝国陸軍が断固として敢行せる臨機応急の処置は、全日本国民の異常に熱心なる支持を得た。幣原外交に極度の不満を抱ける国民は、むしろ感謝に近き歓びを以って陸軍の行動を迎へている。

 満蒙に関する未解決の案件は、大小実に数百件を数へる。而してそのほとんどすべてが、わが国の正当なる権益の蹂躙、条約の無視、不法なる排日思想によって惹起せられ、日本政府は只『厳重なる抗議』のみを繰り返し今日に至れるものであるが故に、近年の日満交渉史は、見る目にも惨めなる日本外交の交際費である。

 国民は漸くこの間の真相を知り始めた。知ると同時に外交当局に対する信頼を失った。宛もこの時に陸軍が断乎たる行動に出でたので、国民は吾を忘れて喜んだのである。
 而も事態は決して楽観を許さない。若し此の問題の解決を、政党内閣の下に現在の外務省に委ねるならば、誰かシベリア出兵乃至山東出兵の二の舞を演ぜぬと断言し得るか。国家は今やまさしく興亡の岐路に立つ。国民の政党の手に、此の重大事を委ねることに大なる不安を感ずる。

 満蒙問題は真個に国民的解決を必要とする。国民はこの重大なる機会に於いて、自ら満蒙問題を解決するの覚悟を抱くと同時に、事茲至らしめたる国内の責任者を葬り去る覚悟を堅めねばならぬ。(大川)

     (『東亜』第四巻第十号、昭和六年十月)

 

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