日本の心

激動する時代に日本人はいかに対処したのか振りかえる。

大川周明『満州新国家の建国』(昭和7年3月) 

2021-02-22 13:23:07 | 大川周明

                         
大川周明 『満州新国家の建設』  

満州新国家の建設
 現奉天市長趙欣伯市長は、昨年(昭和6年)十二月、中旬奉天において、下記のごとく演説を日支両国語で放送した。
 『世界文明国の国民ため諸君、もしここに一人の男が居り、毎日昼間は睡眠し、午後3時か4時ごろになって初めて目の覚め、目覚めた後はモルヒネの注射をなし、その注射によってはじめて元気になり、あるいは婦女を弄び、或いは賭博をうち、あるいは猥談に耽り、正しい言葉は決して聞こうとせず、あるいは夜を徹して遊びに狂ひ、朝の7時になってようやく床に就く。
  その性質は極めて残忍で、ある時は恣に人を虐め、時には虐殺することもします。諸君このような人間に逢う時、諸君はこれを何の役に立たせようとしますか。あるいは彼を貴方の秘書として用いることができますか。或いは彼を貴方の長官として尊敬することができますか。おそらくそれは至極困難なことだろうと思います。

『併し諸君は 右のような人間がいるだろうかと疑問を抱くかもしれません。諸君、今日まで東北四省の政権を握っていた 張学良はこのような人物であります。誰でも召使としてすら使えないような人間が、東北四省の政権を握って、人民の膏血を搾って自分一人のための歓楽に供していたのであります。
 自分一人の欲望を満たすために、東北四省の人民に対して交換しえない紙幣を発行し、この紙幣をもって農民が終日攷々として働いて作った糧食を強制的に買い占め、之を外国の価値ある紙幣に取り換へて、自分の私有財産にするのであります。また人民が負担するに堪えないほどの税金を強制的に徴収して鉄砲弾を買い入れ、数十万の同胞を虐殺する軍隊を養い、自分の地盤を拡張するのであります。

 殊に部下の美顔なる妻女を犯し、また万悪の爪牙を以って良民を虐げるのであります。
彼の財産は日に日に多くない、彼の軍隊は日に日に増加すると同時に、東北四省の人民は日に日に貧乏になるのであります。最近三四年以来、東北四省の人民中に、あるいは逃亡し、あるいは餓死する者があっても、彼は毫も憐れむことをせず、唯だ、東北四省の人民の膏血を以って関内に入り、自分ひとり発展向上を求めるのであります。

 つまり彼一人の欲望に満足を与えるために、東北3千万民衆の生命財産の安全が犠牲に供されるのであります。彼の悪事を輔ける人は、賢臣良友として認められ、彼に対して悪事をとめて善政を施すことを忠言する人はことごとく排斥されるのであります。彼が東北四省の軍民の首脳者になって以来 茲に四年でありますが、人民は家をつぶされ財産をなくされ、商店は大損害を蒙り、閉店する者が数ふるに遑ないほどであります。故に東北三千万民衆は、恰も地獄の中に居ると同様でありまして、悲惨な生活以外なにものもないのであります。

『諸君、もし彼張学良は英国や米国の執政者でありましたら、英国や米国の国民は、一日でも彼をその地位に置くでしょうか。東北民衆には唯二つの道がある。一つは忍んで死を待つか、あるいは起って彼に反抗するかであります。
 しかし、彼には虎狼の如き数十万の軍隊を持っているのであるから、身に寸鉄を帯びぬ民衆はどうして彼を排除することができましょうか。幸いに、天祐とも申すべきは、彼が東北民衆を圧迫する手段を以って隣国である日本人民を圧迫したので、そのために九月十八日の事変を惹起したことであります。

 

 9月18日の事変(注、満州事変)は、皆な張学良と彼一党が起こしたことで、東北三千万民衆の受けた損害および苦痛もまた張学良と彼一党の招いたものであります。日本軍隊は、唯だ張学良と彼一党を怨むけれども、決して東北人民に対し怨みはありません。

 東北人民も張学良と彼一党を怨むけれど、啻に日本軍隊を怨まぬのみならず、日本軍隊の張学良とその軍隊を殲滅して大悪人の手から東北人民を救い出してくれたことに対して、深く感謝している次第であります。吾等はすでに張学良と彼一党の暴力から救い出された。よって吾等は民族問題として、吾等が明るく生存する道を開拓しようと思って、茲に新政権を立てたのであります・・・・・・』
       
   

 趙博士が平明に説破せる如く、9月18日事変は明白に満州史の一画期となった。張学良政権は見るに忍びざる苦悶の後に、ついに解消し去らざるを得なかった。而して郷紳と地主を上層に戴く満州農業社会は久しく彼らを圧迫し来れる政治的・経済的勢力から解放され、ここに彼ら自身の判断と利害に従って、新しき統治機構を創造し得る機会を与えられたのである。

 この革命的な機会に遭遇して、満州の民衆は、あるいは意識的に、あるいは半意識的に当然下の如き希望をその心に描き始めた。
第一に 彼らは2度と軍閥の支配の下に立ちたくないと考えた。
第二に 満州を騒乱果てしない支那本部から絶縁させたいと考えた。

第3に この目的のために国民党勢力、並びに共産党勢力の浸透を防がねばならぬと考えた。
第4に それらの希望を達成するためには、新満蒙国を建設する必要があることを痛感し始めた。

 満蒙民衆の此の意識は、いろいろな機関または個人を通して、あるいは部分的に、あるいは全体的に声明された。例えば干沖漢氏は下のごとく言明した。
・・・・『旧軍閥の覇道政治が亡んで、東北には真固に政治革命の時期が到来した。今や吾等は民意を基調とする善政主義を実行しなければならない。而して其の新旗幟は絶対的保境安民主義であり、そのためには旧軍閥政権及び南京政府と完全に絶縁せる新国家を建設することが必須の条件である』と。

 さらにまた12月8日の東北日報のごときは、東北新国家の組織と題して、実に下のごとく述べている。
・・・・・『遠くに新国を組織するの利は、已に人々の熟知する所であるが、更にその緊切なる所以を論ずれば、例えば米国が英国本土より離脱し、平和の新国家を建設するが如く、吾等は、中国より分離して平和の楽土を建設すべきである。

 しかるに現在奨励国の間に入って別に国家を建設するとしても外交・国防・経済の独立はきわめて困難である。茲に於いて吾等は日本と協約を締結して国防及び外交の優先を保ち、その陸海軍の実力を利用し、之を背景として外交上の後援を得、以って国防を堅くしなければならぬ。
 経済的には日本と経済同盟を結び、日本の資本と科学を利用して、実業の発展と 産業の開発を図れば、決して憂うるところがない。吾等に於いて何ら詐謀を用いず、誠意を以って共存共栄の道を講ずるならば、東北は必ず世界の楽土となるであろう。
  
 スイス、オランダ、ベルギーの繁栄と隆昌とは、諸強国を利用してかち得たものに外ならない。かくして新国家の成立せしめるたる後、徐に武備を整へ、教育の普及を図るならば世界の列強と比肩する日も決して遠いことではない。』


 干沖漢氏の掲げるとする保境安民主義は、決して新しいイデオロギーではない。この政策は、張作霖の下に奉天省長たりし玉永江氏によって、理論的ならびに実践的に展開せられたものであるが、張父子の野心はついにこの政策の実現を阻止してしまった。
 而もこの政策は、満州民衆の最も歓迎するところのものなるが故に、張学良政権崩壊の後、干氏は率先して此の政策の課長主張し、これをもって新国家の旗幟たらしむることを提唱したのは、まさしく機宜を得たるものであり、満州民衆の大多数はこれに共鳴するし、少なくともこれに反対する者はいないであろう。
 かくて保境安民を目的とした新国家建設運動が、急速に而も順調に進展して来た。  
 
  
  
  

 

 満州民衆の要求、並びに此の要求に伴へる建国運動は、甚だ幸福にも日本国家及び国民の満州問題の 久的解決は、満州に独立国家を建設を見たる後にのみ初めて可能なるが故に、吾等は衷心より建国運動を喜び、その実現お速やかならんことを祈るものである。
 然らば新たに建設せらるべき満州国家は如何なる組織及び性質を持つべきか、又は持つことが望ましいか。吾等は此の点について若干の考察を試みるであろう。

 新国家の領土は多く、奉天・吉林・黒竜江・熱河四省とウルムチを含む面積凡そ 七万方里の地域にして、人民は満・蒙・漢・鮮・日五民族大凡三千万人である。

 此の地域に於いて、此の人民を以って組織せらるる新国家は、第一に国家として国防を安全ならしめ、第二に社会として治安維持せられ、第三に個人として租税の軽減によって生活が保障せられ、かくして産業が開発せられ、福利が増進せられ、文化の向上をすることを望むであろう。この目的のためにいかなる統治機構が満州において最も適宜であるか。

 満州民衆の大多数すなわち、全人口の九割以上は、農業牧畜を営んでいるが故に、この上に建設せらるる国家は、必然の農業国家である。而して農業社会に対する最も合理的なる統制は分極的自治国家なるが故に、新国家は決して近代的中央集権制を採ってはならない。而して満州社会に適応性がある自治も、また近代法治国の地方制度に見る如き自治制度の直訳にあらず。支那社会の伝統的自治を助長し成全するものでなければならない。

 顔習斎、李恕谷に思想の流れを汲む北方支那の村治学派の主張は、満州分権自治の理論的根拠として最も適切なるものである。現に干沖漢氏を委員長とする自治指導部は上述の如き方針の下に、自治組織の整理建設に努力しつつある。

           

 支那における国家および社会の構成単位は家族であるが、この原則は新国家においても存続せしめなければならぬ。支那農村に於いては、家族は拡大さされて宗族、そのいくつかが集まって自然をなし、それらのの経済的条件に応じて聨荘を構成している。
 都市においては地域的な構成せられたる、前述の組織の外に、職業的に構成せられたる帮即ち同業組合がある。
 自治指導部は、その自治組織を基礎として、これを拡大して県を中心とせる自治体を建設し、ついで県自治体の連合としての省、省の連合としての国を建設せんとしつつある。この新国家が、日本と特殊の関係に立つべきは言うまでもない。
 新国家が成立し、その国家と日本との間に、国防同盟並びに経済同盟が結ばれることによって、国家は満州を救うと共に 日本を救い、且つ支那をも救うことによって、東洋平和の実現に甚大なる貢献をなしてやろう。
       (『文芸春秋』第10年3月号、昭和7年3月) 




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