エッセイ  - 麗しの磐梯 -

「心豊かな日々」をテーマに、エッセイやスケッチを楽しみ、こころ穏やかに生活したい。

携帯電話 あれこれ

2008-02-03 | 日々の生活
  数年前、その題名から想像し同感できそうな「ケイタイを持ったサル」と言う本を読んだ。確かに私には、携帯電話に熱を上げる若者の姿や機械に管理されているような滑稽さが情けなく思えた。現代人が人間らしさを捨てサルに退化しつつあることが述べられ、人間の家族をサル社会と比較考察した家族論でもあった。今こそ人間らしさに気づかなければならない時代なのにと思った。
 しかし最近、これまで毛嫌いしていた携帯に対する私の見方が変わってきた。携帯電話は、もはやラテン語で「どこでもある」という意味合いのユビキタス社会の代表的な道具となった。その機能はますます広がっている。
 私は携帯を持たないし、ほとんど家にいる生活で不自由を感じない。外出するとき、必要な場合は妻の携帯を預けられている。妻は、娘たちやメル友との連絡に、たしかに重宝にしているし、楽しく利用している。子どもたちも、いつも離さずに持っていなければならない身体の一部となっている。大変な時代になったものだ。

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○ この前の日曜日、妻と、娘と孫たちと大型ショッピングセンターへ行った。久しぶりにお昼の外食の計画もあり、孫の面倒を見がてら付いていった。この店は、先日1周年の売り出しをしていたようだが、私は初めて行ってみた。店内には沢山のテナントが入っていて、とても広く、きれいでゆとりがあった。
 皆と別れて、2階の本屋で暇をつぶすことにした。藤沢周平の文庫本と、会津地方の歌碑を紹介する本を求めた。しばらくして、合流しようと思い、預けられた携帯で連絡を取った。ところが連絡不能であった。当たり前にいつでも連絡が付くと思っていたが、誤算だった。赤い文字で圏外表示が出ているではないか。さあどうしたものか。
 一体どこに行ったか?探すには広すぎた。また、まだ開店間もない時間なのに店はかなりの人だった。娘たちも連絡を取っているのではないか、などいろいろ心配になった。でも、いずれは車へ戻ればいいと焦らずにぶらぶらさまよった。探すこと15,6分か、運が良かったのかばったり合うことが出来た。便利な時代になったものだが、困ったことだった。

○ 毎日、孫は我が家から幼稚園に通っている。幼稚園からは、妻の携帯に毎日メールが入る。通園の行き、帰りに2度ずつだ。先ずは、「3分早く運行しています」。つぎが、「あと10分で到着します」である。ところがである、ほとんど毎日、孫が家に戻った頃に「あと10分で到着します」のメールが届くのだ。ほとんど意味がない連絡である。本当に必要な時だけに連絡を入れてもらいたいものだと思っている。

○ 最近、以前はあちこちにあったはずの公衆電話がどんどん無くなっている。携帯が普及し利用が減ったのだろうが、携帯を持たない自分は、公衆電話がなかなか見つからず困った経験が何度かあった。また、未使用のテレホンカードが何十枚もあり、ずいぶん無駄をしたと思っていた。でもこれは、先月の長い入院時にようやく有効に使うことが出来てなんとなく得をした気分であった。
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