先の日曜日、「いま世界は」(BSテレ朝)が「日本と台湾 二つの戦後」を特集。映画「台湾万歳」の酒井充子(あつこ)監督が出演し、台湾の日本語世代について語った。
酒井充子監督
酒井充子監督が制作した映画「台湾万歳」は、台湾の日本語世代を採りあげたドキュメンタリー映画三部作の第三作目。これまでに「台湾人生」(2009年)「台湾アイデンティティ」(2013年)が公開され、三部作最後の作品となる「台湾万歳」(2017年)に続いた。「台湾万歳」というと、何か奇妙に響くかもしれないが、このタイトルは、酒井監督が敬愛するという蔡明亮監督の映画「愛情万歳」に由来する。
私が台湾について知るきっかけになったのも、台湾映画「海角七号」(2008年)だった。2009年台湾・澎湖諸島からの帰路、台北「二二八紀念館」に立ち寄ったとき、ひとりだけの参観者であった私に、日本語世代のボランティア解説員が一時間以上も懇切丁寧に「二二八事件」について解説してくれた。その方が蕭錦文(しょう・きんぶん)さんだった。
蕭錦文(しょう・きんぶん)氏の名刺(2009年当時)
この蕭錦文(しょう・きんぶん)さんが、酒井監督の映画「台湾人生」に”出演”していると知ったのは、かなり後になってから。あまりの偶然に驚愕するとともに、何かに導かれるような感じで、台湾への関心を深めていった。「台湾人生」の上映時には、来日した蕭錦文さんと酒井監督にお会いする機会も得た。
第三部作「台湾万歳」は、東台湾(太平洋岸)の台東に住む日本語世代の”物語”だ。台湾島には急峻な中央山脈が屹立し、開発が進んだ台湾海峡側と本来「原住民」(台湾では「先住民」とは言わない)の生活空間であった東台湾とを分けてきた。そのため、花蓮などの東台湾の各地には、今なお日本統治時代の面影が色濃く残されている。
酒井監督の三部作、そして酒井監督に触発されて制作された、台湾のドキュメンタリー映画「湾生回家」(黄銘正監督 2015年)を見て思うのは、日本と台湾の絆、日本語世代の誠実さと優しさ、それに台湾の日本語世代(=台湾人)を見て見ぬふりをし続けた私たち自身のことだ。
そのことを教えてくれた酒井充子監督に心から感謝したい。さらに新たなテーマを追求して、私たちの前に提示してほしい。そんな気持ちで一杯。
多謝!酒井充子監督。