澎湖島のニガウリ日誌

Nigauri Diary in Penghoo Islands 澎湖島のニガウリを育て、その成長過程を記録します。

佐伯啓思「歴史観の欺瞞示す朝日虚報」

2014年09月17日 09時37分58秒 | マスメディア
 朝日新聞による「従軍慰安婦報道検証」「吉田調書報道の取り消し」に対しては、さまざまな方面から鋭い批判が加えられている。

 個人的な話になるが、私はもう20年以上も前に「朝日」の購読を止めた。引っ越した先で、それまで読んでいた「朝日」を継続購読しようと思ったら、やって来た朝日新聞拡販員の柄の悪さに驚き「朝日」を止めた。それ以来、「読売」「毎日」「東京」と遍歴を重ね、現在は「産経」を購読している。

 「朝日」に特徴的なのは、独特のインテリ風意識と空想的な「ご高説」だろうか。これを愛読する社会的階層と言えば、学校教師あたりがまさにズバリだと思う、昔話だが、朝日の「声」欄に親族の友人であった大嶽某という人が、数ヶ月の間に二回投稿を採用されたことがあった。この人は当時定時制高校の社会科教師で、確か国の歴史認識か何かを批判したと記憶している。子ども心にも「朝日は特定の人の投稿を大事にするんだ」と思わせる出来事だった。こと「護憲」や歴史認識に関しては、当時から「朝日」は「確信犯」でもあったのだ。

 だから私は、今回の「朝日」の謝罪を信じない。何を今さらと思っていたら、私がぼんやりと考えていたことを、明確に筋道立って書いてくれた記事を見つけた。 佐伯啓思氏(京都大学教授)による「歴史観の欺瞞示す朝日虚報」(産経新聞9月15日「日の陰りの中で」)だ。
 長くなるが、ここに引用させていただく。

(佐伯啓思・京都大学教授)

「歴史観の欺瞞示す朝日虚報」(京都大学教授 佐伯啓思) 「産経」2014.9.15

 私が学生のころといっても、もう40年ほど前のことだが、朝日新聞は圧倒的な権威をもっていた。いわゆるサヨク全盛の時代である。とりわけ学生にとっては新聞といえば朝日であった。
 その朝日新聞が「炎上」している。例の「従軍慰安婦」に関する報道の一部の誤りを認めたためである。一部といっても、「慰安婦の軍による強制」の根拠となった吉田清治なる人物の証言の虚偽性を認めたのだから、この30年におよぶ朝日の一連の慰安婦に関する報道が虚偽であったというに等しい。今日の日韓関係の出口のない行き詰まりをみれば、この誤報もしくは虚報が与えた負の影響ははかりしれない。今頃になって記事を取り消しても、「大罪」は取り返しのつくものではない。

 さてここで私が気になるのは次のようなことである。
 戦後日本は大東亜戦争を、日本のアジア進出が引き起こした侵略戦争とし、その反省に立って戦後の民主主義、平和主義国家への転換を果たしたことになっている。戦争を引き起こしたのは世界制覇を意図した軍国主義的な勢力であるとするポツダム宣言を受け入れ、その下でアメリカの占領を認めたのである。
 この歴史観を受け入れる限り、戦後の日本はアジア諸国に対して加害者となる。かくて戦後の日本人はアジア諸国に対するある種の負い目を感じてきた。とりわけ中国、韓国に対してはそうである。
 このような心理的負い目を背景として、慰安婦問題を執拗に取り上げたのが朝日であった。韓国女性という被害者を持ち出せば、加害者である日本をいくらでも批判できる。しかもこの場合、より特定すれば、加害者は日本政府である。つまり「国」である。だから、慰安婦は「国」による強制でなければならなかった。
 侵略戦争をはじめたのも「国」であり、現在、アジアへの謝罪に消極的なのも「国」である。こうして、韓国女性の慰安婦という被害者の立場に立つことで「国」を批判したのがいわゆる進歩的文化人であり、その代表が朝日新聞であった。
 こうなると、彼らは被害者に寄り添うことでいわば免罪される。悪いのは「国」であり、権力を持った政府である、ということになる。戦後民主主義とは、国民の名の下に権力者である「国」(政府)を批判するイデオロギーとなった。慰安婦は、戦後民主主義者にとって、「国」を攻撃する格好の材料となったのである。
 こういうやり方はいかにもズルイ。いや、欺瞞的といってもよい、しかしこの欺瞞を生みだしたものは、あの戦争と、日本の「国」による侵略戦争であったとする連合国の歴史観であり、それを受け入れた戦後日本そのものといえる。だから、進歩的知識人とは、この歴史観から出発した戦後日本の優等生であり、いわばアメリカの占領政策の産物であった。とすれば朝日の虚報問題とは、実は、アメリカ的歴史観、戦争観を受容して恥じない戦後日本の欺瞞を暴きだすものといわねばならない。
  


最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。