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被告人質問に臨む池袋暴走事故の遺族、松永さん 怒りを抑え続けた理由と不本意な決意

2021年06月23日 06時40分20秒 | 事件・事故

2021年6月21日 06時00分 東京新聞

東京・池袋で2019年、母子が暴走した車にはねられ死亡した事故で、遺族の松永拓也さん(34)は21日午後、東京地裁での刑事裁判で被害者参加制度を使い、被告人に直接質問する。松永さんは初めて「心を鬼にする」と決意している。4月の前回公判で無罪主張の被告人の言葉に憤りを抑えられなかったからだが、犠牲になった妻子の心情を思うと本当はしたくない決意だった。(福岡範行)

◆被告人の証言に「絶望」
 前回公判では、自動車運転処罰法違反(過失致死傷)の罪に問われた旧通産省工業技術院の元院長飯塚幸三被告(90)が検察官や弁護士の質問に答えた。飯塚被告は事故の状況を「右足でブレーキを踏んだが、ますます加速した」と説明。足元を一瞬見たとし「アクセルペダルが床に張り付いて見えた」と述べた。
 これに対し、松永さんはドライブレコーダーなど物証との矛盾を感じ「罪に、命に向き合ってほしいという遺族の思いすら叶っていない」と思った。飯塚被告の姿勢は今後も変わらないのではないか、とも感じ「絶望してしまった」。直後の記者会見では「アクセルペダルの目視は(時速)80キロで走っていたら1秒もない」と説明を疑問視。飯塚被告の追悼の言葉も「軽い言葉はいらない」と拒絶した。
 帰宅すると、妻真菜さん=事故当時(31)=と長女莉子ちゃん=当時(3つ)=の仏壇に手を合わせ「裁判の時だけは心を鬼にする」と報告した。怒りをあらわにしても2人が喜ぶとは思わないと考え、裁判中でも冷静であろうとしてきた。その姿勢を変えた瞬間だった。
◆怒りにとらわれたくはなかった
 2人ならどう考えるかは事故直後から、松永さんの生き方の指針だった。生前は2人に「愛している」と伝え続け、怒る姿は見せなかった。だから事故後も、飯塚被告への怒りや憎しみにとらわれたくなかった。
妻・真菜さんの指輪のネックレスを持つ松永拓也さん=東京都豊島区で 
妻・真菜さんの指輪のネックレスを持つ松永拓也さん=東京都豊島区で
 昨年10月の初公判では、胸に忍ばせた真菜さんの指輪に手を当てて「大丈夫だよ。心配しないでね」と念じ、心を落ち着かせた。その後も、飯塚被告の証言に落胆しないよう「彼には何も期待しない」と自分に言い聞かせ続けた。
 でも、前回は感情があふれた。「怒りが湧くのは人として当然。そんな自分を許そうと思った。それが僕にとって『鬼になる』ということなのかな」
◆妻と子へ「心配しないでね」
 質問で恨みをぶつけるつもりはない。「人をジャッジできる(裁ける)のは裁判官しかいない。僕はルールの上で戦いきろうと」。2人に見せたことのない感情が出るかもしれないが、裁判を事故防止につなげたいという思いは揺るがないし、裁判以外は「2人が愛してくれた」穏やかな自分に戻るつもりだ。
 公判は今後も真菜さんの指輪とともに臨む。2人にかける言葉も同じ。「大丈夫だよ。心配しないでね」
池袋乗用車暴走事故 起訴状などによると、飯塚幸三被告は2019年4月19日正午すぎ、東京都豊島区東池袋4の都道で、ブレーキと間違えてアクセルを踏み続けて時速約96キロまで加速し、赤信号を無視して交差点に進入。横断歩道を自転車で渡っていた近くの松永真菜さん=当時(31)=と長女莉子ちゃん=当時(3つ)=をはねて死亡させたほか、通行人ら男女9人に重軽傷を負わせたとされる。

◆取材での主なやり取り
記者 刑事裁判になぜ、どんな思いで臨んでいるのかをあらためて教えてください。
松永さん そうですね。正直、むなしいんですよね。どんな結果であろうと、私たちにとっては、何も変わらない。命は帰らないですから。日常は戻らないし。何で参加するのか分からなくなるんですけど、その度に3つのことを念頭に裁判に参加しています。
 1つ目は、僕たち遺族がやれることはやったと言えるようにしたいということ。2つ目は、2人が死亡し、9人がけがという大事故が軽い罪で終わるという前例を作ってはいけないということ。3つ目は、何で事故が起きてしまったのかが裁判で真実が明らかになると思うんです。真実が明らかになって、次にこういうことが起きないためにはどうすればいいのかという議論につながってほしい。
 むなしさは、いつも感じます。前回の(飯塚被告への被告人質問があった)裁判で、また強まってしまったんですけど、でもやっぱり(裁判に参加する)意義はあると思うんで。
記者 前回の公判の後、心境はどう変わりましたか。
松永さん 前回の裁判は、初公判以来2回目ですよね、被告人がしゃべったのは。被告人質問の内容を見て、この人は(事故から)2年経っても「自分は絶対に間違えてない」っていう考えを変えられなかった。これだけ物証がそろっていて、反論が自分の記憶しかないのに「自分は絶対間違えていないんだ」っていう。おそらくこれからも変わらないんじゃないかっていうふうに思ってしまった。だから、ちょっと絶望してしまったんです。
◆「被告人に期待しない」とは言っていたが…
記者 前回の被告人質問の前にも「被告人に期待はしない」とおっしゃっていた。しかし、心のどこかで期待が残っていて、絶望した。どういう期待が残っていて、捨てきれなかったのは、なぜですか。
松永さん 前提として「期待しないように」っていうのは、自分自身に言い聞かせてる感じで、期待しても自分が苦しくなるのは分かりきっていることなんで。ただ、やっぱり、僕自身が強くなれなかったのか分からないですけど、前回の裁判で、その思いを超えてしまった。「(罪に)向き合っていないな」とはずっと思っていましたけど、あそこまでとは思ってなかったんで。
 僕たち遺族って、そんなに多くのことを望んでいないと思うんですよ。罪を償ってほしい。ちゃんと罪と向き合って、命と向き合ってほしいっていう思いがあるわけじゃないですか。それすら叶っていない気がしてしまう。ドライブレコーダーの映像との記憶の乖離かいりがあったとしても、(重要な点だけは)間違えていないっていう主張だと思うんです。現実と向き合ってないと言われても仕方がないと思います。
 ずっと、そういう(怒りや憎しみの)心にとらわれたくないと思っていたんです。今でも思っていますけど、それを許してくれないというか。本当はなりたくないんですけど、相手が私たちの心情をないがしろにする以上、私もそうならざるをえない。裁判のときだけは鬼になろうと。それ以外のときは穏やかな、2人(真菜さんと莉子ちゃん)が愛してくれた僕のままでいようと。裁判ではルールの上で、しっかりと守りながら、戦いきろうと。僕は争いごととか嫌いなんで、本当は嫌なんですけど。
記者 被告人に対しては厳しく向き合うことは、これまでもしてきたのではないですか。
松永さん 2人にそういう(怒りにとらわれた)ところを見せたくないというところはポイントだったんです。ただ、裁判のときだけは、自分の感情も大事にしようというか。怒りの感情が湧くっていうのも人として当然。そういうふうになってしまう自分も許してあげようという感じです。
記者 無理に抑え込まない、と。
松永さん そんな感じです。それが僕にとって鬼になるっていう意味だったのかな。

記者 今回、心を鬼にしようとすることについて、真菜さんや莉子ちゃんに報告しましたか。
松永さん 前回の裁判の後、控え室に戻ったときに、絶望と怒りが同時にわき起こってくるような。だいぶ取り乱したんです。帰ってから仏壇に手を合わせて、ちょっと心が落ち着いたんですよ。そのときにちょっと話をして。「本当はね、そういう心になりたくないけど、裁判のときだけは戦うから」と。僕は、それで2人が喜ぶとか満足するとか、あんま思えないんですよね。だけど、やれることはやりたいんで。「裁判のときだけは心を鬼にする」という話をして、「でも普段はそうじゃないからね」っていう話をしました。
 亡くなってしまっているんで、なんて言っているかなんてわからないし、2人ならどう言うかなぐらいしか想像できないんですけど、生前は、僕の挑戦したいことを尊重してくれたので、応援してくれているんじゃないかな、と勝手に思ってます。
 怒りとか憎しみの感情を決して否定してるわけじゃないんですよ。それによってね、生きる力になっている人がいるのも事実だと思うんで。ただ、僕はそれにとらわれてしまうと、僕ではないような感じになってしまうんで。
記者 真菜さんの結婚指輪、婚約指輪は、次の公判もつけていきますか。
松永さん もちろん。
記者 初公判のとき、指輪に手をあてながら「大丈夫だよ」と2人に伝えたが、次回の公判で2人に声を掛けるなら、「大丈夫だよ」になるのか、それとも違う言葉になるのでしょうか。
松永さん たぶん「大丈夫だよ」じゃないですかね。僕が、頼りない男だからいつも心配かけていたと思うんで。2人も「1人で残してしまった」と思っていると思うんですよ。だから、心配はしてほしくない。生きていくと決めた以上は、2人に「心配しないで」とずっと伝え続けていくだろうと思います。
記者 戦う覚悟を決意されて、2人が見たことがない松永さんを見せることになるかもしれないけど、心配しないで見ていてほしいという気持ちは変わらない。
松永さん おっしゃる通りです。そういう点で、多分心配していると思うんで。
◆事故防止「国民全員が当事者。一緒に考えたい」
記者 世の中の人に裁判で注目してほしい点や、裁判を通じて考えてもらいたいことは。
松永さん 裁判の行方に注目いただくのは、非常にありがたいこと。これは大前提なんですけれども、それと同時に、なんでこういうことが起きてしまったのかが、(裁判を通じて)必ず明らかになります。だとしたら、どうすればこういうことが起きなかったのかということを社会全体で考えなくてはいけないのではないか。
 これから起きる事故を防ぐことっていうのは、僕は国民全員が当事者だと思うんです。高齢化社会は社会問題で、誰しもが逃れられない。誰しもが老いる。誰しもが交通社会に生きている。だからこそ、今回の事故、裁判が、絶対にもう起こしちゃいけないっていう議論に繋がってほしい。
 その議論が国民の間で起きて、その声が国や自治体に届く。メーカーの方も、もっと改良してくれるかもしれない。そういうふうに、いい方向にいってほしい。2人の命は戻らないけど、この日本社会が良くなるための、きちんと成長するための糧かてにしたい。それは2人の命が生き続けることになるし。それを世の中の人と一緒に僕も考えたい。
 考えなきゃいけない問題点って、いろいろあると思っているんで。免許更新制度もそうだし、地方の足。車に頼らないでも生きていけるような生活基盤を作ってあげなくては、免許返納ってできないですよ。他にも、車の技術も向上すれば防げる事故は防げる。一個だけじゃやっぱり無理で、複合的な対策を打っていくことが大事なのかなと思います。


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