悩みや困難さえも「生命を開花させる力」に変えていく

2024年06月11日 09時50分24秒 | その気になる言葉

▼日蓮ほど独立独歩の人はほかに思いつきません。

まさにこの日蓮が、その独創性と独立精神によって、仏教を日本の宗教にしたのですー内村鑑三

「独立精神」とは「一人立つ精神」にほかならない。

 

▼嵐の時、悲運の時や、思うようにいかない時。

心は晴れ晴れと未来を志向し、粘り強く挑戦を続けてゆくことだ。

▼教育は児童の幸福を目的とするものだ。

▼「生涯教育」とは、児童が「身体的・精神的・社会的に良好な状態にあること」で、「短期的な幸福のみならず、生きがいや人生の意義など将来にわたる持続的な幸福を含んだ概念」と定義されている。

▼法華経で説かれた「開示悟入(かいじごにゅう)」は、「仏ん何のためにこの世に出現したのか」とい問への答えとして、出てきた言葉である。

それは、衆生に対して仏の智慧「開かし、示し、悟らせ、入らせるため。

つまり「一切衆生を成仏させること」が仏の目的だというのである。

これを教育に置き換えるとどうんるのか。

「開く」とは、子どもたちの心を活性化させ、先入観や偏見を取り除き、学びの対象となる世界に<目を開かせる>こことと言えるだろう。

「示す」とは、子どもたちが学びのポイントや意義、用語の意味などが分かるように示すこと。

「悟らせる」とは、学びの対象の良さや味わいを自分なりに発見し、深め、納得できるようにさせることだ。

「入らせる」とは<その道に入りこませること。

学んだことが日常生活に生かされ、実際の行動につながっていくようにすることと言えるだろう。

▼心を開いた上で示さないと、効果がないからだ。

納得も感動も生まれないから「悟らせる」「入らせる」ことにもつながらないのである。

▼教育現場では、日本には長い間、本来備わっている無限の可能性を「開く」ための工夫や問いが欠けていた。

「示す」ばかりになっていた。

「これは大事なことだから、とにかく覚えなさい」で来ていた。

「子どもに無限の可能性がある」と口で言うだけなら<きれいごと>である。

その可能性を開くための働きかけが大人の責任なのだ。

▼人間教育とは「生命の可能性を開花させる教育」と言えるだろう。

「生きているのが楽しい」「生まれてきて良かった」という実感が大切なのだ。

▼「子どもの幸福」のためには、「生命の価値を創造」しなけばならない」

「生きているのが楽しい」といっても、「悩みは困難が何もない」ことではない。

悩みや困難さえも「生命を開花させる力」に変えていく―その創造的な生き方に本当の幸福もあるのではないだろうか。

聖ウルスラ学院の梶田叡一理事長(教育学者)

 

 


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