息子が自決死して、父親幸作は茫然自失となる。
家長として家のことは、何でも思いのままにしてきた独断専行の男であったが、まさか後継者を失うことになるとは、夢にも思わなかったのである。
旧制中学校を出て、第一高等学校を目指そうとしていた息子の希望の芽を父親が摘んだのである。
同期生の一人は、第一高等学校(東京)へ進学した。
また、第三高等学校(京都)や第四高等学校(金沢)へ向かった同期生が善兵衛にはとても羨ましかった。
中学校を首席で卒業した期待の息子の善兵衛は、母親の里子に性格が似て心が優しく、父親に対して自分の意志を貫き通せなかったのだ。
「農家の倅に高等教育などいらないんだ。貴様は、軟弱な男だな。軍隊で気骨を鍛えてくるんだ」父親の強い意向で近衛兵となる。
だが、婚礼のために一時帰郷した近衛兵の善兵衛は、あろうことか、結婚式の宴席を抜け出して自ら死を選んでしまった。
「近衛兵が、自決!天皇陛下を愚弄したのだ」
父親は悲しみより怒りに震えへ仏間に行き、充血した目を見開き仏壇の本尊を仰ぐ。
「名主であったご先祖様には、申し訳が立たん」握り拳を震わせる。
一方、母親は深い悲しみ包まれていた。
3人の娘の誰よりも一人息子を愛していた母親の悲しみは如何許りであっただろうか。
嫁いでいた長女の梅子は、心痛の母親にずっと寄り添っていた。
信子も母親のそばから離れずにいた。
その中で祖母の照子だけが気丈に振舞っていた。
「みんな、メソメソ泣いてどうする。葬儀の支度を急ぐんだ。これ以上、牛田家の恥はさらすまい!」
祖母照子は、真田家・家臣の一人中村左衛門の孫娘であった。
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