▼祈れば、必ず、全てが良い方向へ向かっていく。
祈りは「誓い」である。
「必ず実現してみせる」と決める祈りだ。
その決意を固めるから、本気で努力できる。
祈りを実現できる自分になるのだ。
祈りとは、何か神秘的な力ではない。
祈りは願望であり、努力の源泉。
▼「友人は第二の自己」である。
「友人を見れば、その人がわかる」ともいわれている。
よき友をもつことが、どんなに大切か示している言葉だ。
友人をつくり、友人と心から交わっていくなかで、自分自身が磨かれ光輝いていくのだ。
▼「勉学」なくして偉大になった人は一人もいないといってよいだろう。
「努力」せずして、深き価値ある人生を生ききった人もいない。
社会のいかなる分野においても、立派な指導者になっている人は、皆、人一倍の勉強と努力をしているものだ。
また、社会に貢献し、成功した勝利の人は、例外なく「忍耐」強き人である。
▼成長段階では、自分の個性も考え方も、はっきりしてくる。
今まで仲良しだったのに、だんだん合わない感じがする友達もいるだろう。
時には「孤独」を感じることもあるかもしれない。
それは、皆が成長しているからだ。
体も、心も、頭も、日々、発達している。
友情だって成長し、発達している。それは、自立した人間として、大人への階段を上がっていくステップと言ってよいだろう。
▼確かに、大きく環境が変われば、誰だって不安になる。
無理矢理、不安を消そうとしなくてもいい。
そういう時、大事なことは、まず一歩、前進することだ。
受け身にならず、自分から何かを始めることだ。
一歩踏み出せば、不安はどんどん小さくなる。
新しい環境は、新しい自分になるチャンス。
思い切って、新しい挑戦をスタートできるチャンスだ。
▼失敗を恐れていては、何もできない。
過去に名をなしたいかなる人も、失敗につぐ失敗の人生であったといってもよい人がほとんどである。
ただ、彼らは、そのたびに不屈の闘魂を燃やして立ち上がり、最後の勝利を飾ったのだ。
青春時代の本当の失敗は、むしろ、そうした苦闘を避け、目的もなく、無気力に過ごしたことにこそある。
苦闘したうえでの失敗は、人生の宝ではないだろうか。
どうか、失敗を恐れることなく、雄々しく、逞しく青春を生き抜くことだ。
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