朴 裕河 (著)
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性奴隷vs.売春婦、もはやこの議論は無意味か。対立する「記憶」の矛盾を突き、「帝国」と植民地の視点で見直す。「慰安婦問題」解決のため、“第三の道”を提案する、大佛論壇賞受賞者による渾身の日本版。
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朴/裕河
1957年、ソウル生まれ。韓国・世宗大学校日本文学科教授。慶應義塾大学文学部国文科を卒業、早稲田大学大学院文学研究科、日本文学専攻博士課程修了。
1957年、ソウル生まれ。韓国・世宗大学校日本文学科教授。慶應義塾大学文学部国文科を卒業、早稲田大学大学院文学研究科、日本文学専攻博士課程修了。
『反日ナショナリズムを超えて』(2005年、河出書房新社)で、日韓文化交流基金賞を受賞。『和解のために―教科書・慰安婦・靖国・独島』(2006年、平凡社。現在、平凡社ライブラリー)で大佛次郎論壇賞受賞。夏目漱石、大江健三郎、柄谷行人などの作品を翻訳し、韓国に紹介(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
著者は、慰安婦は多面的な存在と考え、戦時の兵士と慰安婦の間には友情も恋愛もあったことを文献で「性奴隷」説を退けた。
見過ごされがちな中間業者にも焦点を当てている。
大韓民国の支援者の、目的と手段と利権構造が、ごちゃ混ぜにしてしまっている運動せいで、今の慰安婦問題がややこしくなっていると指摘している。 以下、感想。 日本も大韓民国も互いに目的と手段と利権構造をキッチリ切り分けることができないかぎり、永遠に解決することはできない。 謝罪と賠償以前の問題だと感じた。
慰安婦の話全体は全面的に白、黒と言える話ではないと思いますが、国家による強制性については、はっきりしているのではないかと思います。著者の考えには同意できない点もありますがこのような本を韓国で書いたことには凄いと感じました。
問題作と言われて実際に読むとやはり危険な歴史記述だと思う。表面的に帝国主義や植民主義を掘り下げたが、実際的に巧みな分析を使って戦争責任を日本政府から業者まで転移した。
内地と朝鮮の慰安婦を混ぜて、そして植民地と占領地のを態と分けて、戦利品と軍需品という論説はやはりおかしい。
少女イメージの脱構築も問題あり、年齢と人数を論じても戦争犯罪の質が変えられない。そういう議論は歴史ニヒリズムに落とし決して歴史和解ができない。中に「しかし」が多いすぎて価値判断も多い。そしてそれ後上野─吉見論争があってそちらも注目したい。
まだ消化はできないけれど、戦争というものの本質、人間の本質を問うにはこの事を考え続けなければと思います。すべての記憶がなくなっても、何度も何度も再考を重ねていくことだと思う。解決するという安易な答えを持たないように。
韓国国内では「実証主義」にぶんるいされるのかもしれないが、にほんでは偏り過ぎと言わざるを得ない。韓国側も批判しているように見えて、最終的に「帝国」(日本国家)が悪いという結論になる。日本の戦後左翼はこういうのが好きなのかな?
高橋源一郎が、とても孤独な本という意味の発言をしているが、正にその通りだろう。
著者の事実認識に同意する韓国の人も日本の人もいるのだろうかと思ってしまうが、冷静に考えれば、慰安婦という存在が一面的なものではなく、様々な状況で慰安婦に成らざるを得なかったこと、人間である以上、どんな境遇でもそこに希望や誇りを見つけないと生きていけないことはよくわかるはずである。
著者は文学研究者なので、そうであるはず、という想像で論を進めて行くことや、韓国人だけに韓国政府や韓国世論に厳しくなっている部分がある。そこをどう判断するかだ。
慰安婦は「まぎれもない日本の奴隷だった」がしかし、「性奴隷」とは「性的酷使以外の経験と記憶を隠蔽してしまう言葉」「他者が望む記憶だけを持たせれば、それはある意味、従属を強いることになる」と語る。韓国で名誉毀損で訴追されたが、その強硬な世論にあえて挑んだ研究態度がすごいと思う。
評価=3:非常に難しい問題だ。日本がこの問題について真摯に受け止め解決に動いたとしたら素晴らしいことだが…
</form>かが難しいところだが、とても正当な論の進め方だと思う。今後どうすべきかも素晴らしい案なのに、賛同を得られるにはまだまだ大変そうである。私も色々勉強して事実をきっちり掴みたい。
とにかく日本語の読みやすさに感動した。言わんとしていることがよどみなくそれでいて力強く頭に入ってくる体験。キーワードは2つ、「業者の存在」と「帝国の植民地」。今まで慰安婦問題でモヤモヤしていた部分は、個人的にはかなり解消された。ただどちらの陣営(擁護派、批判派)からも無視されるだろう
歴史的経緯や背景について記述されているが、ほぼ全て小説や伝聞によるもの。 韓国国内では挺身隊を慰安婦と誤認識してる。
強制連行していたのは朝鮮人の斡旋業者であり、当時としては破格の待遇。
少女は少なく、平均年齢は25歳。 戦場における性問題は、日本軍だけの特殊事情ではない。 ただ後世においても、このような国際問題を孕むのが戦争の恐ろしさと言えようか。
いわゆる従軍慰安婦問題に対する、丁寧な歴史分析をしている本。 素晴らしい本。
自発的な売春や日本軍の強制といった表層的な議論ではなく韓国人斡旋業者の責任、慰安婦を必要とする帝国主義、家父長制、貧困、冷戦、そして日本人の態度など多角的な視点を与えてくれる。
小林よしのりや上野千鶴子の本を読んでも、ピンと来なかった点を全て解説してくれた。 慰安婦問題を学ぶのであれば必読の書。 たいへんおすすめ。
よくわかっていない慰安婦問題について少し勉強しようと思って読みました。
どちらからも公平に書かれているようで(ちょっと日本よりかな?)わかりやすい本だと思いました。相手の気持ちを考える必要がある事柄、それぞれの立場の難しいことが山積みの問題だと思いました。
問題になっている中の一つ謝罪についても、謝罪しきれないものがそこにはある。これから私たちはしっかり知る努力をし、過去を忘れず、差別せず、思いやる気持ちを忘れず進んで行くこと。それが大事だと思いました。
慰安婦については<無垢な少女>と<売春婦>という固定したイメージの対立がある。
そうしたイメージの背景には、軍の関与の有無、強制の有無、法的責任の有無という表面的な問題をめぐる争いがある。
階級、貧困、女性差別といった本質的な問題はないがしろにされがちだ。
被害者一人一人の声に耳を傾けることで、そうした固定的イメージから離れて本質的な問題に立ち戻ることができる。そこからスタートして、その背景にある表面的な問題の構造を解きほぐしていく。そういう作業を著者は丹念にしている。
…当然日本軍の一定の関与については批判しつつも、慰安婦問題への韓国社会の向き合い方を反省する(反省を促す)議論になっています。この本がこれほど論争の書になったのには、短期長期の世相や言論環境が大きく作用していると感じました。
朝鮮人慰安婦は準日本人として、戦地の兵士の心の支えになることを期待されて帝国主義の一員となっていた。日本で触れてきた戦争の話と、韓国の訴えている慰安婦問題との間に大きな隔たりを感じて、何が事実なのだろうと思っていたが、この本がそのズレを埋めてくれたような気がする。
一度は読んでおこうと手に取ったところ、読むほどに引き込まれ、また自分の持つ「正しさ」の基準が揺らぐのを感じた。
物理的な強制連行か、無垢な少女か売春婦かという議論は重要ではない、という筆者の指摘に色々考えてしまった。
国家としての謝罪や合意にはどこかで線引きが必要だとしても。
筆者の主張の根幹は、強制性を「直接的」と「構造的」に区分した上で、前者の強制は業者であったとしても、後者の強制、植民地かつ女性という二重の搾取の原因は日本という帝国にあるというものだ。そして筆者は、「否定派」も「支援派」も同様に批判する。
</form>慰安婦問題を日韓両方の視点から冷静に分析し、何故妥協点が見いだせないかを問うたもの。この本で著者の朴氏が、元慰安婦の名誉を傷つけたと有罪になるのだから、韓国とまともに交渉などできはしないだろう。
</form>韓国では、著書に対し差し止めが出たばかりだったような…韓国人の研究者が書いたもので、資料をもとに中立に事実を書こうとしているのが伺える。
韓国人が一方的に日本人を悪と決めつけているのとは違う。
明日に命を落とさんとする兵士を慰安する女性との間には、精神的な繋がりを持つ事もあったらしい。
韓国人の仲介業者が悪かったという。騙し、安い金で慰安所へ連行したらしい。彼らに対する罪や自省は問われていない。
被害者の心理、政治利用または賠償金交渉の都合上、実態以上に悲惨さを強調されているのではないだろうか。
先月韓国二審で有罪判決となった、朴裕河(パクユハ)・世宗大学教授の著書「帝国の慰安婦」の翻訳版。韓国側でも日本側でもなく資料や証言に基づき、真実を中立の立場で冷静に書かれていると感じた。
単に「強制連行」はあった、無かった。
幼い少女達までが犠牲になった。などの机上の水掛け論ではなく、今まで知り得なかった事実を垣間見ることが出来たような気がします。
「従軍慰安婦」に関する書物は何冊か読んできたが、最初にこの著書に出会っていたらと痛感しました。日韓問わず多くの人に読んでもらいたい良書。⇒
【本文より引用】慰安婦問題は、「強制があったかどうか」以上に重要な問題ーー男性による女性の強姦や輪姦が、国家や男たちによって許されていた、という問題をわたしたちに突きつけている。
それは、強姦を別にすれば「合法」の名で許されていた、男性による女性の”手段化”、”モノ化”、”道具化”の状態だった。そしてそのような状況を支えていたのは、相手に対する差別意識である。
資料に基づいて、感情を入れることなく冷静に書かれていると思う。
大変興味深い内容でした。 ただ、小説を題材にされている部分があり、私としては小説というのは創作も入っているという印象があるので、情報元の精度が気になりました。
国、時代等によってその時の解釈、今の解釈、いろいろあるかと思いますが、互いに解釈の仕方が違うということをお互いに認め合うことから始まるのではないかと思います。
ただし、事実でないことを事実として扱うのは論外ですが。 これを書いて訴訟になるということはちょっと信じられませんが・・・。
「慰安婦」、同じ女性として胸の痛む辛い言葉だ。眼を背けて来たがようやく手に取る。
女性蔑視が根本にあり幼女に対する人道的問題との認識で読み始めたが、それだけでないと知る。
植民地化や冷戦という歴史的な背景、戦後日本政府の対応とそこに含めた心情、韓国の当事者と支援者の目指す方向の隔たりなど。
各時代と立場に沿って丁寧に拾い上げてあると感じた。立ち位置にこだわるがゆえに解決に近づけない状況も問題点が変わってしまった経緯もわかった。和解を目指して穏やかな声で読み解いてくれた隣人は日本女性からの返事を待っていると感じた
非常に興味深い指摘。学生時代(まさしく90年代)に資料を読んでたのを思い出しながら。どれほどこの問題から離れていただろうか…。
読みながら、日韓が和解できるとしたらこういう方向だろうと感じた。実相を知る、ワンパターンにしない。リアルだったな。家長制度、貧困、国家の価値観の押し付けあるいは忖度(大和撫子、良妻賢母)することは、現代にもつながるので、ぞぞっとする。
読み易く内容充実した本だった。誠意ある学者らしく、都合が良いことばかり積み上げたり、都合悪いことを無視せず、出来る限り事実を淡々と拾って客観性を重視したことがよく分かる。
事実を正視し、そして次の未来を見据えないとモノゴトは進まないと改めて感じた。
慰安婦問題を巡る動きは事実認識の時点でものすごい溝があり、典型的な二項対立の陥穽に嵌っているように思える。問題が政治・国際問題化したのが90年代というのが意外だった。
つまり対立の構造ができたのはつい最近のこと。今まで掬われてこなかった当事者の声などを克明に描き出し実態を再現し、国際的にどう問題の折り合いをつけるかを法的にも考察しながら道を模索している。日韓双方の食い違いも丁寧に取り上げており、疑問が少し氷解した。今の日本の人の中に反戦意識は培われたが、反植民地主義の意識が薄いとの指摘になるほどと思った。
</form>ネタバレ【メモ1】 ①慰安婦問題は、単に日本軍と朝鮮人慰安婦の構図で、その他の要素が捨象されて対照的に理解されるようになった、②(多くは朝鮮人)中間業者の存在、直接的に過酷な労働を強制、お金も搾取③植民地である朝鮮の慰安婦は、「準日本人」として「大日本帝国」の一員であった、④朝鮮人慰安婦と日本人兵士の関係は、構造的には「同志的関係」、⑤兵士も慰安婦も国家によって「戦力」にされた
</form>2011年12月、ソウルにある日本大使館前に少女慰安婦の像が設置された。それは慰安婦問題をめぐる日韓の溝が取り返しのつかないほど大きく開いてしまった象徴的出来事であった。
その約2年後の2013年8月に『帝国の慰安婦』はまず韓国で出版された。つまり、日韓の対立がピークに達した時期と言っていいだろう。慰安婦の声に耳を傾けることに徹する姿勢で書かれた本書は、慰安婦問題が再燃する遥か以前、1973年に刊行された千田夏光の『従軍慰安婦“声なき女”八万人の告白』の証言を重要視する。日本人が読んでいて「ここまで日本寄りで大丈夫か?」と心配するほどの内容ではあるものの、日本にも痛烈な批判を本書は忘れていない。
高橋源一郎をして「わたしは、これほどまでに孤独な本を読んだことがない」と言わしめた理由がよくわかる。
資料の偏りにより著しく根拠に欠けていたり、引用が意図的に操作され、都合のいい部分だけが採用されていると、研究者から厳しく批判を受けている本書ではあるが、しかし、それでもなお、本書は慰安婦問題における日韓の対立を解決に導く有効な道筋が記されている。
それは、帝国主義的観点から慰安婦を捉え直すことで見えてくる、日韓双方が被害者であり加害者であるという構図だ。日本語版刊行から1年後、慰安婦問題日韓合意が成された。しかし、そこには、肝心の帝国主義的視点が決定的に欠けている。そのような慰安婦問題の本質をスルーした政治的決着は、やがてこの問題を再再燃させる火種を大いに残している、かりそめの決着に他ならない。
とても複雑な読後感。共感、賛同できる箇所と、受け入れがたい箇所の混在する評価の難しい本だった。
慰安婦問題を帝国主義と植民地支配のうちに位置づけつつ、一面的な「慰安婦」イメージに回収されない慰安婦像を探る試みは重要だと思ったが、そのようにして描かれた慰安婦像は歴史的、倫理的両面でかなり問題含みなものであったり…。
日韓が延長された冷戦構造を生き続けていることが、問題を左右対立のかたちで政治化し、深刻化させたという指摘にはうなづいた。
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