7/19(月) 6:12配信
文春オンライン
「みんな頑張って働いているのに幸せそうに見えない」 斎藤幸平がマルクスから見つけた、労働問題の“答え” から続く
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晩期マルクスの思想の新解釈から、気候変動などの環境危機を脱するヒントを探り、30万部のベストセラーとなった『 人新世の「資本論」 』(集英社)の著者の斎藤幸平さん。そして、不安定な時代を生き抜くためのブックガイドである『 読書大全 世界のビジネスリーダーが読んでいる経済・哲学・歴史・科学200冊 』(日経BP)を上梓した堀内勉さん。「知の水先案内人」であるお二人に、先行きの見えない時代を生き延びるための教養・ビジネス書について語っていただいた。(全2回の2回目。 前編 を読む)
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斎藤 『 人新世の「資本論」 』にもくわしく書いた通り、今まさに資本主義の限界や気候変動という危機的な状況にあります。興銀、ゴールドマン・サックス、森ビルCFOの経歴を持つ堀内さんに、是非お聞きしたいことがあります。果たして資本主義サイドには、われわれサイドへの歩み寄り、もしくは変革の動きはあるのでしょうか。
「人間らしさ」に即した見方こそ経済社会の出発点
堀内勉さん
堀内 はい。じつはビジネスや経済の領域においても、人間らしさを考えることに注目が集まっています。私が『 読書大全 』のなかで最初に紹介した『 道徳感情論 』(アダム・スミス著)から説明させてください。アダム・スミスが前提としているのは、古典的な経済学で想定される単なる合理的経済人ではなく、相手に「共感」や「同感」するリアルな人間です。スミスは、秩序というものは抽象的な「べき論」ではなく、相手との生身のやりとりや共感を通して出来ていくのだ、とします。だから、トマス・ホッブズが言うように、「法という社会契約を結ばないと、血で血を洗う『万人の万人に対する闘争』になる」と、ことさらに言い立てる必要はない。これはいわゆるイギリス経験論の考え方ですが、人間をきめ細かくかつ深く観察している。私はこうした人間の現実に即した見方こそが、すべての経済社会の出発点であるべきだと思っています。
2冊目は『 プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神 』(マックス・ヴェーバー著)です。ここでは、プロテスタンティズムの世俗的禁欲主義が、資本主義の精神に合致していることが、逆説的に説明されています。これが現代の労働観のもととなっている一方で、いまや当時の宗教色は完全に失われ、利潤追求だけが自己目的化しています。3冊目は『 経済学は人びとを幸福にできるか 』(宇沢弘文著)です。シカゴ大学で数理経済学者として大活躍していた宇沢先生。けれども日本帰国後は、リアルな人間がどうしたら幸せになれるかを考える、より現場に近い活動家としての経済学者に変わっていくのです。
現在のSDGsに通じる考え方
斎藤 宇沢さんは、社会的共通資本という概念も提案していますね。私の考える〈コモン〉(共有財産)とも近い考え方です。
堀内 はい。水や空気や山などの自然、道路や電力などのインフラ、教育や医療などの制度を、社会的共通資本と呼んでいます。これらは、国家や市場に任せるのではなく、専門的知見があり、職業倫理をもった専門家が管理・運営すべき、と言っています。現在のSDGs(持続可能な開発目標)の考え方にも通じるものですね。
そんな宇沢先生と対極にあるのが、新自由主義の象徴とされる経済学者ミルトン・フリードマンです。フリードマンは、人間の自由の重要性を強調して、全てを市場にまかせるべきだとして、「べき論」を追求します。人間のリアリティを超越して、市場という万能のシステムを作ってそれをうまく動かせば世の中がうまく回る、と提唱しています。けれどもこうした考えだと、そこに組み込まれる個々の人間は、必ず疎外されてしまいます。
斎藤 まさに、マルクスが指摘した疎外に通じますね。
人間的なものに目を向けるという教育
堀内 4冊目は『 イノベーション・オブ・ライフ 』(クレイトン・M・クリステンセン他著)です。イノベーションのジレンマで有名なハーバード・ビジネス・スクール(HBS)の教授が、最終講義で学生に伝えたメッセージです。クリステンセン教授は、エンロンのCEOになったHBSの同級生が不正会計事件を起こして刑務所に入ったことに衝撃を受けたそうです。それだけでなく、職業的な成功にもかかわらず不幸になる卒業生が同校にはあまりに多い。本当の人生の意味を問いかけたこの本もひとつのきっかけとなり、リーマンショック後、HBSは徳や人格を重視する人格教育へ舵を切ったそうです。
斎藤 人間的なものに目を向けるという教育ですね。堀内さんは、人間のリアリティをきめ細かく観察するビジネス書・経済書の系譜が好きなのですね。
堀内 ええ。人間へのリアリティが前提にないと、どんなシステムを作っても必ず人間疎外が起きます。そして、システムをうまく利用する数パーセントだけが勝ち組になり、残りの大半の人たちは負け組になる。
斎藤 市場というシステムが暴走すると、働いている労働者たちの幸福も、人間として持っている資質も、歪められてしまいますよね。資本主義を野放しにすれば、暴利をむさぼる人たちばかりになってしまう傾向がある。
これからの社会が生き延びるために読むべき本
堀内勉(以下、堀内) 「堀内さんはずっとエリート街道を歩まれてきましたよね」と言われることがあるのですが、実際は挫折の連続で、結局はシステムの歯車として働いていたに過ぎません。とても充実した人生と言えるようなものではなく、自分の仕事に対する疑問を払拭できず、銀行も証券会社も退職することになります。そして、自分を取り巻くシステムである資本主義について、独学で研究を始めました。
しかしながら、「資本主義」という人間存在そのものに関わるテーマは壮大過ぎて、ビジネスや経済の分野からだけでは解明できない。必然的に、哲学、歴史、科学へと関心領域が広がっていき、古典から現代の名著まで200冊を紹介してまとめた『読書大全』まで書いてしまいました。
こうした私の目に、改めて資本主義のその先を展望する斎藤さんの著作『人新世の「資本論」』は、とても新鮮に映りました。特に、斎藤さんが次にどのような社会を構想なされているのかとても興味があります。本日は、われわれがこれからの社会が生き延びるために読むべき本を挙げつつ、資本主義のその先を考えていければと思います。
資本主義における労働は不断の競争に駆り立てる
斎藤 となれば、まず取り上げたいのは、マルクスですね。『資本論』でもいいのですが、今日は『経済学・哲学草稿』(カール・マルクス著)、いわゆる「経哲草稿」を紹介したい。これは彼が20代のときに書いた若さみなぎる作品で、まさに資本主義の歯車として働くことの「疎外感」を論じたものです。その中で彼は、資本主義における労働は、お互いを不断の競争に駆り立てる楽しくないものだ、と述べています。競争の激化によって、労働が、ご飯とお金を得るためだけの手段になっていて、人間が持っている様々な能力を失っていき、貧しい人生を送らざるをえない。本来の人間らしい自己実現や豊かさからは、程遠くなっていることを批判したのです。
私は大学生の頃にこの本を読んだのですが、みんな頑張って働いているのに幸せそうに見えないという、自分自身が社会に対して感じていた違和感をずばり見事に説明してくれていることに感銘を受けました。
晩期マルクスの思想の新解釈から、気候変動などの環境危機を脱するヒントを探り、30万部のベストセラーとなった『人新世の「資本論」』(集英社)の著者の斎藤幸平さん。そして、不安定な時代を生き抜くためのブックガイドである『読書大全 世界のビジネスリーダーが読んでいる経済・哲学・歴史・科学200冊』(日経BP)を上梓した堀内勉さん。「知の水先案内人」であるお二人に、先行きの見えない時代を生き延びるための教養・ビジネス書について語っていただいた。(全2回の1回目。後編を読む)
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斎藤幸平(以下、斎藤) 堀内さんは、日本興業銀行でMOF担(旧大蔵省担当)をなさり、ゴールドマン・サックス証券に転職、森ビルのCFO(最高財務責任者)も務めたというご経歴ですよね。まさに資本主義の最前線でキャリアを積まれたわけです。一方、私は『人新世の「資本論」』で痛烈に資本主義を批判し、脱成長まで提案している。そんな私ですが、さまざまな名著をベースにして、今日は堀内さんといろいろお話ししたいと思っています。
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