「地面師」がミナミを舞台に多額の“取り引き”か その実態は
「もうええでしょう」
緊迫した売買交渉の場で、男が発する名ぜりふ。去年、配信されたドラマは大きな話題を呼んだ。
所有者になりすまして土地を無断で売買し、多額の金をだまし取る「地面師」。
ドラマの世界だけではない。8年前には、東京都心の一等地をめぐって大手住宅メーカーが55億円をだまし取られ、世間を驚かせた。そして今度は、大阪の街を舞台に事件は起きた。
被害総額は14億円余り。どのようにして多額の“取り引き”を成立させたのか。地面師の実態を取材した。
「地面師」グループは男女4人か
詐欺などの疑いで逮捕されたのは、大阪 東大阪市の会社役員 福田裕容疑者(53)と住所不定 無職の粂陵平容疑者(24)。
(福田容疑者は6月25日に詐欺罪で起訴)
警察によると、去年2月から3月にかけて、大阪の繁華街 ミナミにある3か所の土地と建物の所有者になりすまし、不動産会社2社と売買契約を結んであわせておよそ14億5000万円をだまし取った疑いが持たれている。
土地と建物は、70代の女性が社長を務める会社が所有していたが、2人は偽造された女性の運転免許証などを使ってうその法人登記を申請し、社長が交代したように装った疑いがある。
さらに警察は、2人とともにうその登記の申請に関わったなどとして、60代の女の容疑者を逮捕したほか、別の70代の女性についても任意で捜査を続けている。
“鍵が開かない” 現れた見知らぬ5人
事件が発覚したきっかけは、物件の住人からの連絡だった。
管理人によると、去年3月中旬「建物の鍵が開かない」と所有者側に連絡があり、様子を見に行ったところ、入り口の鍵穴が勝手に交換されていたという。
驚いた管理人。
さらに、建物の階段から見知らぬ5人の男性が降りてきた。
5人は、今回の事件で多額の金をだまし取られた不動産会社の関係者などだった。
管理人に対し「なぜ鍵を持っているのか」と聞いてきた上、「支払いも終わっている。売り主から『鍵はなくなった』と聞いたので交換した」と説明したという。
“寝耳に水”だった管理人は、物件の所有会社の社長にすぐに連絡。
社長は「売った覚えはない。地面師かもしれないから警察を呼んでほしい」と頼んできたという。
管理人は取材に対し「何が起こっているのか分からず、頭がついていかない状態だった。物件を買ったという相手は建物を解体する予定だと話していたので、現場で鉢合わせていなかったら大変なことになっていた」と振り返った。
「地面師」の影…気付いていた“異変”
一方、物件の所有会社の社長も、取材に対し、去年2月の時点で“異変”に気付いていたことを明らかにした。
社長は当時、別の用件で司法書士に会社の登記を確認してもらった際、「代表取締役」の欄が知らぬ間に「粂」という人物に代わっていたことが分かったという。

慌てて区役所と法務局を訪れ、登記の申請に使われた書類などの確認を求めたが「個人情報なので見せられない」などとして取り合ってもらえなかった。
その後、所有する物件をめぐり複数の不動産会社から問い合わせが来るようになったことなどから「地面師」の存在に気付いたという。
社長は「法務局などにうその登記だと説明しても『本物の書類が提出されている』として信じてもらえず、民事裁判で相当な時間と費用をかけるはめになった。怒りのやり場がない」と話す。
制度を悪用か なりすましの手口
容疑者らは、どのようにして不動産の所有者になりすましたのか。手口の詳細が、取材で明らかになってきた。

捜査関係者や民事裁判の資料によると、容疑者らはまず、不動産の所有会社の社長を務める女性が容疑者側から金を借りたとする「うその借用書」を作成。
これを区役所に示し、債権者を装って社長の住民票の写しを取得した疑いがある。
住民基本台帳法では、債権を回収する目的があり、申し出が相当と認められる場合は、自治体が債務者の住民票の写しなどを交付することができるとされ、警察はこうした制度が悪用されたとみている。
こうして不正に入手した、社長の住民票の個人情報。

これをもとに、容疑者らはグループの1人とみられる70代の女性の顔写真を使って運転免許証を偽造し、社長が粂容疑者に代わったとするうその臨時株主総会の議事録を作成。
その上で、法務局に法人登記の変更を申請した疑いがあるという。
スーツケースで現金手渡しか

不動産の所有会社の社長になりすました粂容疑者。
去年3月、福田容疑者とともに買い手の不動産会社2社との売買交渉に臨んだ。
捜査関係者などによると、交渉は相手のオフィスで行われ、司法書士や仲介業者を含めて10人ほどが同席。
粂容疑者は真の所有者である会社の70代の社長を「おば」だとした上で、売却する理由について「事業を始めたいとおばに相談したところ『不動産を処分して資金を調達すればいい』と言われた」などと説明したという。
売買契約はすぐに成立。14億5000万円のうち、手付金の5000万円を除くほとんどが数日後に現金で支払われたという。
現金は、スーツケースに入った状態でやりとりされたとみられる。
捜査関係者によると、事件は福田容疑者が主導し、社長役の粂容疑者らに指示するなどしたとみられている。
ただ福田容疑者は、警察の調べに対し、みずからの上にもさらなる指示役がいることをほのめかす供述をしているということで、警察が解明に向け捜査している。
狙われる大阪 万博+インバウンドで地価上昇
なぜ、大阪の物件が狙われたのか。背景にあるとみられるのが、地価の上昇だ。
事件の舞台となった大阪 ミナミの3つの物件は、建物は築50年以上がたっているものの、大阪メトロのなんば駅から徒歩10分前後という好立地。
ミナミは最近、府内でも特に不動産取引が活発で、国交省がことし1月1日時点の土地の価格を調べた「地価公示」によると、地価の上昇率は去年と比べて高いところで20%を超え、大阪市内で価格が高い上位10地点のうち6地点をミナミが占めている。
大きな要因とされているのが、大阪・関西万博と外国人観光客の増加だ。

不動産関係者によると、ミナミは外国人観光客にも人気で、飲食店やホテル、民泊などの需要が高い上、東京と比べると割安感があるため不動産市場で大きな注目を集めているという。
一方、売りに出される物件は限られているため、外国人投資家も含め、いわば“争奪戦”になっている。
大阪府不動産鑑定士協会の松永明会長は「東京の不動産価格が高止まりする中、ミナミの不動産は投資家たちの間で非常に魅力的に映っている。売りに出したらほぼ言い値で取り引きされる状態で、中心部から離れた物件のニーズも高まっている」と話す。
“あそこの土地か!” 業界で出回った情報
こうした中、3か所の物件がまとめて売りに出されるという情報が去年、一部の不動産業者の間で出回った。
当時、情報を耳にした不動産仲介会社によると、価格は決して安くないものの、立地のよさから買い手のニーズはあると考えたという。
ただ、この仲介会社は情報の出元がはっきりしないことなどから不審に思い、取り引きには関わらないことにした。
不動産仲介会社の社長はNHKの取材に対し「ニュースで事件のことを知り、『あそこの土地か!』とすぐに分かった。不動産業界では情報が出回っていないほうが希少価値が高いという考え方が根強く、ひとづてに伝わってくる情報をもとに個人間で取り引きすることも多い。地面師にとってはつけ込みやすい面がある。一歩間違えば、不動産のプロでも見破ることは難しいのではないか」と話している。
容疑者と交渉した不動産関係者が証言
NHKの取材班は、今回被害に遭った不動産会社とは別に、去年、福田容疑者と売買交渉を行ったという不動産関係者にも行き着いた。
取材に対し、関係者は当時の詳細な状況を明かした。
この関係者は去年1月「大阪の物件ででかい話がある」と知人から連絡を受け、ミナミの3か所の物件が売りに出されるという情報を耳にした。
これらの物件は、関係者の間では市場に出回らないことで知られていた。
窓口として福田容疑者を紹介され「所有者側の親族間でもめごとがあり、早く売却したい」との説明を受けたという。
話が本当なら、大きなビジネスチャンスだ。容疑者との交渉に臨むことにした。
交渉が行われたのは去年2月。場所は、大阪府内にある民泊の1室だった。
なぜ「民泊」なのか。
「交渉は通常、オフィスなどで行うが、福田容疑者から『会社はだめだ』と言われた。そこでホテルを提案したものの、『もめている最中なので人目につきたくない』と断られ、結局、民泊になった。車の中も提案されたので、よほど何かを気にしていると思った」と振り返る。
当日、関係者は民泊の入り口で福田容疑者と物件の所有者を名乗る粂容疑者の2人と対面。
名刺は渡されなかったという。
粂容疑者は落ち着かない様子で、運転免許証による本人確認が終わるとすぐに、近くに止めてあった車に戻っていった。
その後は、福田容疑者とこの関係者を含む買い手側数人が部屋に入り、ソファーとベッドにそれぞれ座って交渉が進んだ。
関係者によると、この場で福田容疑者は「所有者の資金管理を行っている」と説明した上で、3か所の物件であわせて5億5000万円の価格を提示してきたという。
物件の内覧を断ったり、手付金として5000万円を即日支払うよう求めてきたりと不自然な点もあったが、関係者は「親族間でもめている」という特殊な事情が関係していると考え、容疑者の話をいったんは信じ、契約書の作成を始めた。
交渉での福田容疑者の印象については「堂々として落ち着いた様子で、こちらの質問に対してはすべて100%の回答だった」。
ただ、物件の所有者でないにもかかわらず説明が詳しすぎることから、次第に違和感も抱くようになったという。
結局、書類の不備などもあってその日の契約は保留に。
翌日、福田容疑者から「買い手が決まったのでお断りさせていただく」などと連絡があり、その後は音信不通になったという。
関係者は「容疑者らは同時に複数の業者と交渉を進めていたのだと思う。説明に対する違和感から最後は慎重になったが、詐欺事件と知り、金を出さなくてよかったという気持ちだ」と振り返る。
専門家「事件 いつ起きてもおかしくない」

今回の事件について、不動産取引の事情に詳しく、地面師をテーマにしたドラマで登記や取り引きのシーンの監修も手がけた司法書士の長田修和さんは「万博とインバウンドという“ハイブリッドバブル”によって大阪の不動産の需要が著しく高まり、買い手に困らない状況になっていることが大きい」と指摘。
買い手どうしの競争が激しく、不利な契約内容だったり、不審な点があったりしても冷静な判断が難しくなるため、地面師に狙われやすいという。
事件の舞台となった3か所の物件はいずれも、40年以上にわたって一度も売りに出されていない、人の出入りが少ない、抵当権が設定されていないという特徴がある。
こうした物件は、所有者に動きを察知される可能性が低い上、抵当権が設定されていなければ売買の際に金融機関などの同意を得る必要もないため、地面師のターゲットになりやすいと話す。
手口について、長田さんは「うその借用書を使って住民票の写しを取得するなど行政手続きの穴をついており、制度を熟知した人物が関わっている可能性がある」と指摘する。
その上で「地面師グループは、さまざまな手配をし、人脈をたぐり寄せ、“物語”を描けるリーダーの存在が必要だ。今はインターネットなどを通じて手口に関する情報が簡単に手に入る時代で、条件さえそろえばまたいつ事件が起きてもおかしくない」と話す。
だまされないポイントは
では、地面師による被害を防ぐにはどうすればいいのか。
長田さんはまず、高額なのに現金での支払いを求められる、契約から決済までの期間が短い、物件の内覧をさせてくれない、といった不審な点があれば買い手側はいったん立ち止まり、1つひとつ検討することが重要だと指摘する。
特にリスクのある取り引きでは、ベテランの司法書士などの意見も聞きながら、本人確認や物件の確認を徹底するなど、慎重に交渉を進める必要があるという。
不動産の所有者も、登記簿を定期的にチェックしたり、売買の際に金融機関などが関われるよう抵当権や根抵当権を設定したりして、地面師への対策を徹底してほしいと話している。
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