旅人―湯川秀樹自伝

2019年09月08日 11時38分10秒 | 社会・文化・政治・経済
 
 

毎日新聞 文学逍遥
湯川秀樹「旅人」

新連載「文学逍遥」 7日・土曜日から 文化面. 文学作品を読み直す魅力を、エッセーで紹介する新連載。
毎月1回、作家・翻訳家の松田青子さんと脚本家の大野裕之さんが、 隔月で担当します。

「旅人」を読んで驚くのは、文学者の回想かと見紛うほど、かれが古今東西の書物に親しんでいるところだ。
幼少より祖父に漢籍を叩き込まれ、論語には親しまなかったものの、荘子の思想に共感した。
また、父の書斎の本を片っ端から読み、ドストエフスキーの虜となった。
むろん、当時最先端の物理理論を洋書で読み漁った。
欧米の物理学の原書から、文学全集、西洋哲学、四書五経、歴史書、美術書に至るまであらゆるジャンルの書物が京都大学基礎物理学研究所の湯川記念室に残る蔵書。
懐かしい少年時代を生き生きと描く「旅人」の前半。
優れた科学者は同時に優れた文人でもあるのだ。
湯川少年は無口で「イワン(言わん)ちゃんと友人に言われ、自分の殻に閉じこもって空想にふける少年だった。また、友人から「アインシュタインのようになるだろう」と言われていたことをきっかけに物理学を目指すようになる。

 「旅人」内容紹介

博士の業績同様、その人を知る者は少ないであろう。自ら綴る生い立ちの記。【孤独な我執の強い人間】と自身を語り、その心に去来する人生の空しさを淡々と説く行文は、深い瞑想的静謐を湛える。

 日本人として初めてノーベル賞を受賞した物理学者の、少年期から青年期までを綴った自伝。
文学少年だった著者は、数学や哲学などの学問に触れながら、次第に物理学への興味を深めていく。「旅人」とタイトルにあるように、時代の空気、人や本との出会い、さまざまな偶然が人を予想も付かなかった場所に運んでいく。自伝という知識だけで読み始めたら、中間子の着想を得た所で終わってしまい拍子抜けしたものの、それでこの本の価値が損なわれるわけではない。中高生の時に読んでいれば、進路が変わったかもしれない。

湯川秀樹が、中間子を発見するまでの軌跡を、自身が振り返った本。優しく、ゆっくりと、自分とその周囲の世界を観察し、丹念に描く文体に人柄を感じる。理論物理学と哲学、対極にあると思われる2つの学問を同じ世界観で捉えている湯川氏は、本当に凄い人だと思う。

とにかく美文。上品としか言いようのない佇まい、開く・閉じるの配分の良さ、これが延々と続く。
内容は湯川秀樹の幼少から27歳までの回想で、27歳で止めたのは、本人曰く「これから先を書けば書くほど、勉強以外のことに時間をとられてゆく自分が、悲しくなってきそうだからである」とのこと。たしかに、勉強=娯楽な人で、それは素養もあるけれどその生活環境がとってもリア充だったのが大きい。でも性格は非リアである。大正期の京都の街の描写が素敵で、中でも、新京極への憧憬はとても刺さった。

【課題本】ずっと手元においておきたい本。湯川秀樹の幼少期からその時時にあったエピソードやそれらについて感じられたことが綴られていて、少年がどのような環境で、どのような過程をたどって物理学の道に進んでいくかが瑞々しく描かれている。何よりも感動したのは、文章の美しさ。読み手への優しさが感じられる。
児童文学も手がけてみたいというくだりがあったが、もしもあったらぜひ読んでみたいと思う。 ノーベル賞までの道は、着実に一歩一歩近づいていったのだなというのが読み取れ、何かを成すには努力の積み重ねが必要なんだなと思った。

日本人初のノーベル賞を受賞した湯川氏の少年・青年期の回想録。孤独を愛する穏やかな人だったことが文章の端々から伝わってきて、和む。「私は子供ながらに、なぜか孤独と親しんで行ったようだ。(略)しかし外へ向かっては、閉ざされた自分の世界の中では、一人で、だれに気がねもなく、私の空想は羽ばたくことができた」「私は孤独な散歩者だった。生来、無口な私は、研究室へ出かけても、一日じゅう、だれとも話もせず、専門の論文だけをよんでいることもまれではなかった」。フェルミの論文を読んで中間子理論の発想を得たエピソードも印象的

 
 

 

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