NHK
「安心して取り引きに参加できるように、全力でサポートします」
偽の動画広告から誘導されたLINEグループに登録した記者のスマホに、毎日送られてくるチャット。
送り主は、著名な投資家のアシスタントをかたっている。
深刻な被害が続くSNSを悪用した投資詐欺。今回1か月以上にわたってなりすましアカウントとやりとりし、手口の実態を追った。
(科学文化部記者 絹川千晴)
入り口は偽広告 AI悪用も
「LINEの無料投資研究グループに参加すると、私の投資ノウハウを直接シェアしますよ」
動画投稿サイト「YouTube」では、著名人や投資家をかたる偽の動画広告が表示されるケースが相次いでいる。
実業家の前澤友作さんをはじめ、日銀元総裁の白川方明さん、著名な個人投資家として知られるテスタさん、ユーチューバーとしても活動する節約オタクふゆこさんなど。なりすまされる対象はさまざまな人に広がっている。
音声は生成AIで作られたとみられ、聞いてみると実際の本人の音声とかなり似ている。
当初はフェイスブックやインスタグラムなどのSNSで、画像として表示される偽広告が多かったが、最近は動画の偽広告も目立つようになってきている。
ことし6月ごろに偽の動画広告が表示された節約オタクふゆこさんのもとには、見た人からの問い合わせが100件以上寄せられ、動画サイトの運営会社に通報するなどの対応に追われたという。
節約オタクふゆこさん
「LINEでの活動は一切やっていないし、SNSやYouTubeの広告は出していないです。率直に許せないですし、自分の顔が勝手に使われ、嫌な気持ちです。プラットフォーム事業者には詐欺被害にあう人が出ないように対策をしっかりしてほしい」
偽の動画広告 記者がクリックすると…
著名人になりました偽の動画広告をクリックすると、いずれもメッセージのやりとりができるLINEに登録するように誘導される。
誘導されたLINEではどのようなやりとりが行われるのか。
実態を取材するため、私たちはことし6月から今月にかけて、著名人をかたる10件余りのLINEアカウントを友達登録し、やりとりした。
著名人をかたるアカウントからアシスタントを名乗る人物を紹介され、さらに投資の勉強会と称するグループチャットの2つに強制的に追加された。
これまで取材してきたSNS型投資詐欺の典型的な手口と同じだった。
グループチャットに参加していたのはそれぞれ70人から90人ほど。
そこでは金融の基礎知識を学ぶと称する勉強会が毎晩開かれ、株価の日々の動きに関する投稿などが行われていた。投稿の内容はその日のニュースや株価の動きと合っていた。
一方、アシスタントを名乗る人物からは個別のチャットで「分からないことがあったらサポートします」といった投稿があり、学習教材だとする文書ファイルを送ってきたり、勉強会の出席状況を記録したりしてきた。
数日経過すると「きょうは何をして過ごしていますか?」「暑くなってきています。水分補給をしっかり忘れずにしてくださいね」といった個人的なやりとりが始まり、こちらに寄り添ってくるような文言がたびたび送られてきた。
投資資金の振り込みを求める内容はなく、しばらくは勉強と個人的なやりとりが続いた。勉強会に参加を続けていると、雑貨や商品券などのプレゼントを贈りたいと言って、住所を尋ねてくることもあった。
2~3週間後 チャット内容が変化
チャットの様子が変わり始めたのは、登録して2週間から3週間ほど経過したころ。
グループチャットでは「言われたとおりの株を専用口座で買ったら収益が増えた」とする投稿が多くなっていた。
同じ時期にアシスタントの個別チャットからは「特別な取引に参加するための専用口座を開設しないか」といった誘いが来るようになった。
「機関投資家と連携していてみんな利益を上げている」「希少なチャンス」などとうたい、個人情報を登録して、口座を開設するように繰り返し勧めてきた。
私たちは詐欺ではないかと問いただしたが否定され、そのまま口座を開設しないでいると、次第に連絡は減っていった。
ズルズルと引き込まれ…
実際に勧められた投資口座を開設するとどうなるのか。
投資詐欺で6000万円余りをだまし取られたという埼玉県の50代の女性に話を聞いた。
きっかけはことし4月、夫のスマホアプリに表示された「AIで株の無料診断ができる」とうたうネット広告をクリックしたことだった。
診断を依頼したところLINEグループに誘導され、夫婦で勉強会の投稿を見るようになったという。
勉強会への参加を続けていると、10回参加したプレゼントとして雑貨なども送られてきた。
そして3週間ほどたったころ、アシスタントを名乗る人物からチャットで専用口座への登録を勧められ、試しにと思い口座を開設し、100万円を振り込んだという。
50代 女性
「老後のこともあるからやってみようかなと思って始めて、投資の勉強も楽しいしっていう感じで、そこからズルズルとという形になってしまいました。アシスタントも相談に乗ってくれるし、もう1人のたぶんサクラだと思うんですが、その方も『じゃあ頑張ろう』『頑張ろう』って毎日連絡をくれるんです。そうすると信じてしまって…」
取り引き画面では利益がどんどん増えていっているように表示され、グループチャットの投稿にも促され、借金までして振り込みを続けた。
さらに女性が現金を引き出そうとすると、一転して口座が凍結されてしまうなどと言って焦らせ、追加の振り込みを求められたという。
口座を開設して2か月余りで、最終的に振り込んだ被害額は6000万円余りにのぼっていた。
50代 女性
「詐欺だったと分かったときはものすごくショックで、もう本当に力が抜けると言いますか、なんてバカなことをしたんだろう、なんでだまされたんだろうって」
LINEアカウント 認証制度悪用も
警察庁によると、SNS型投資詐欺で被害にあうときの連絡手段の9割がLINEだという。
今回、実際に友達登録して取材したところ、著名人になりすましたLINEアカウントに共通点があることも分かった。私たちがふだん利用する個人のアカウントではなく、企業などを対象にしたビジネス向けのサービスを使って、多くのアカウントが作られていた。
このうち実業家の前澤友作さんなど、複数のなりすましアカウントには、運営会社側の審査を通過して、認証されているように見える青いバッジが付与されていた。バッジが付与されると、信頼性を高めることができる。
ではなぜ、なりすましアカウントにもかかわらず、認証バッジが付いているのか。
LINEヤフーに取材すると、「LINE WORKS」と呼ばれる関連会社が運営するサービスを悪用して、なりすましアカウントが作成されていたことが分かった。「LINE WORKS」は、主に企業内コミュニケーションに使うことを想定したサービスで、有償でアカウントを作成した場合に、審査なしに青いバッジが付与されるようになっていたという。
このためLINEヤフーとLINE WORKSでは、
▽本人確認などの審査体制や認証のあり方の見直しを検討しているほか、
▽モニタリング強化や不正なアカウントの停止などの対策を進めるとしている。
また、利用者に対して、なりすましアカウントや不適切なやりとりを見つけた場合には、積極的に通報してほしいとしている。
LINEヤフー
「当社サービスを悪用してこのような不正行為が行われていることは一切許容しておらず、利用規約においても禁止事項として定めています。LINEプラットフォームが詐欺などの不正行為に用いられることは大変遺憾であり、今後とも、関連会社とも連携して、犯罪被害の撲滅に向けて対応を進めてまいります」
一方、偽の動画広告について、YouTubeを運営する「グーグル」は、なりすまし広告を出すことを利用規約で禁止している。継続的に広告を審査し、問題がある広告が出た場合には直ちに削除する措置を講じているとしている。
ただ偽広告の表示は続いており、ネット広告の問題に詳しい専門家は、プラットフォーム事業者は、事前審査や削除の体制をより強化することが必要だと指摘している。
慶応大学メディア・コミュニケーション研究所 水谷瑛嗣郎 准教授
「プラットフォーム事業者にはかなり重い責任があり、より一層対策を強化しないと詐欺の被害を防げない。事業者は国内外の法執行機関と最新情報を共有するなどして連携して対応していく必要がある」
投資詐欺 見抜くポイントは
巧妙化する投資詐欺にだまされないためには、どうすればいいのか。詐欺の手口や被害者の心理に詳しい日本大学危機管理学部の木村敦教授に、対策を聞いた。
1つ目が投資に関するインターネット広告はうのみにせず、疑うこと。偽広告が紛れ込んでいる。偽広告には、著名人のなりすましだけでなく、証券会社やAI診断をかたるなど、さまざまな種類がある。
2つ目がLINEやSNSのチャットやダイレクトメッセージで、投資に関するやりとりはしないこと。「やりとりしても自分は見抜ける」と思うかもしれないが、木村教授は、詐欺師は巧みな仕掛けをいくつも用意していて、ふつうの人は太刀打ちできないと指摘する。
それでも万一やりとりを始めてしまった場合は、3つ目の、お金を振り込む前に、家族など周囲の親しい人に相談すること。信頼関係を作られてしまうと、自分で気付くことが難しくなる。冷静な第三者に相談することで被害を防げる可能性がある。
木村教授は詐欺の手口を知り、「自分もだまされるかもしれない」と常に身を引き締めることが重要だと話す。
日本大学危機管理学部 木村敦教授
「よく注意喚起で『お金の話が出たら気をつけて』と言われますが、実際には詐欺師は信頼関係を十分築いてからお金の話をしてくるため、そこで被害を防ぐのは難しいと思います。最近はSNSのダイレクトメッセージで接触してきて、趣味の話題などで信頼関係を構築してから投資詐欺に誘導する手口も増えています。まずはよく分からない広告や知らない人から来たダイレクトメッセージでやりとりを始めない、危ないところには近づかないという心構えが重要です」
ほかにも警察などは対策として以下のポイントをあげている。
▼投資先が実在しているか、国の登録業者かどうか、金融庁のホームページで確認する。(※登録業者になりすましている可能性もあるので注意が必要)
▼「必ずもうかる」「あなただけ」といった文言に注意する。
▼投資に関係する「暗号資産」や「投資アプリ」が実在するか、インターネットで検索する。
▼振込先が個人名義の口座になっていたり、振込先が毎回変わったりしていないか確認する。不審点があれば警察に相談する。
取材後記 抜本的な対策を
「なぜ投資詐欺にだまされるのか」
こうしたニュースを取材していると、だまされた人を責める感想が寄せられることがある。
しかし今回1か月以上にわたって、なりすましアカウントとやりとりし、私自身、手口を知らないとだまされるかもしれないと感じた。
ネット広告やSNSなどが悪用され、犯罪グループの検挙もなかなか進んでいない。
どうすれば被害をなくせるのか。国やプラットフォーム事業者、捜査機関などが連携して、より抜本的な対策に取り組むことが求められている。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます