足立幸雄は、失恋した。
叶わぬ恋であった。
幸雄はその日、他に客の居ないので、熱い思いを告げた。
「付き合ってくれますか」
「私、結婚しているのよ」相手は冷たい視線を彼に向けるのだ。
幸雄が通い詰めていた水道橋のバー「秋」は、ママの秋子と妹の由紀子の店であった。
時々、店に男性が手伝いに来ていたが、その人が由紀子の夫だったのだ。
「あんな、可愛い子に男が当然いるよね」気落ちした幸雄は、店を変えて独り酒を飲む。
そして、ドイツへ仕事で向かう。
その途次に、歯科衛生士の山形佐知子と出会う。
同じ、旅行ツアーであった。
フランスのパリでの散策。
まさに芸術の都だった。
その街に日本の三越デパートがあったのだ。
オペラ座で山形佐知子と席に並んでオペラを鑑賞した。
「私、声楽を学んだ時期もあったの」
「そうですか」
ルーブル美術館では、彼女は何度も立ち止まり絵画に見入っていた。
幸雄は、絵画の多くを流し目て観ていた。
そして、二人はモンマルトルの丘へ向かう。
路頭に居る画家たちが、自ら描いた絵を旅行客たちに執拗に売り込むのだ。
幸雄はそのことに、うんざりして嫌な気分となるが、佐知子は笑顔でいなす。
彼は、その姿に好意を抱く。
「この人は、包容力のある人なんだ」と彼女の横顔に魅入る。
「私、絵も描いていたのよ」微笑む笑顔に彼は惚れこむ。
「そうですか」彼は自分の言葉の貧しさを意識する。
「この旅が、ずっと続けばいいのにね」彼女が複雑な表情する。
「パリには、何度も来たいですね」
「ようよね。できれば、あなたと一緒に・・・」
佐知子は、そのあと、自分が既婚者であることを彼に告げたのだ。
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