政治系切り抜き動画 総再生数35億超 誰が何のために?
政治家の発言を切り抜いて、文字などを載せて編集する“切り抜き動画”。近年、選挙の際にも話題になり、影響力が増しているとされています。
こうした動画を主に配信するチャンネルはここ数年で急増。NHKが調べたところ、総再生数は35億回にも上っていました。
いったい誰がどんな目的で行っているのか、発信している当事者を取材しました。
「切り抜きをしたら結構バズって」「収益化できてなんぼ」
「国会議員の中でも知名度のある方の切り抜きをしたら結構バズって、登録者数も増えて、このままやればおいしいんじゃないかなと思って。政治家さんの言っていることに自分なりの意見も載せて発信すれば、とても公益性の高いチャンネルになるなと」
国会中継などから政治家の発言を切り抜いた動画をYouTubeで配信している、石川県在住の30代の男性。
自分が共感する保守系とされる政治家の発言を切り抜いて紹介しています。

2024年春から本格的に始め、動画のチャンネル登録者は数万人に。
最も多いときには月に90万円ほど稼いだこともあり、これまでにあげた収益は400万円あまりに上るといいます。
「自分の思想と近い政治家の発言を発信していますが、収益にならなかったらちょっとやる気が出ないんで、やっぱり収益化できてなんぼという感じです」
政治系を選んだ理由は…
もともと公務員で、数年前に映像関係の事業を始めた男性。能登半島地震をきっかけにYouTubeでの発信を始めました。
「自宅が半壊して、事業ができなくなってしまった。パソコンひとつでできることがないかなと、トライしてうまくいかないままになっていたYouTubeをやってみようと思ったんですね」
男性は政治系の切り抜き動画を選んだ理由について、政治家の側から見ても主張を広められるメリットがあるため、その映像を使っても著作権侵害を訴えられにくく、「公益性」もあると考えたといいます。

動画では政治家の発言だけではなく、若い女性のキャラクターが感想や解説を述べたり、誰と誰が対立しどう協調しているかなど、自分なりに政治家どうしの関係も描こうとしたりしています。
視聴者は46歳以上が7割、そして、男性が9割と、一定のファンも付くようになりました。
「自分のチャンネルを見ているファンはどういった人が多いのかを意識しながらやっています。起きている間は、国会見たりとかXでどういったキーワードがトレンドになっているだろうかとか、そういうインプットは常にしています」
【配信はこちら】キャスターがプレゼンで解説
配信期限:3月1日(土) 午後10時まで

ここ数年で急増 総再生数は35億超に
去年の東京都知事選挙や兵庫県知事選挙でも注目された政治系の切り抜き動画、ここ数年、急増しています。
おもに政治系の切り抜き動画を扱っているYouTubeのチャンネルは、NHKが調査したところ、少なくとも332ありました。

政治家の動画発信が盛んになり、短尺の動画「YouTubeショート」が始まった2021年ごろから増え始め、参議院議員選挙が行われた2022年に急増。
2023年からは広島県の安芸高田市長だった石丸伸二氏に関連するチャンネルが増え、2024年には新たに110、開設されていました。
もともとゲームの実況をしていたチャンネルや、街歩きの様子を配信していたチャンネルが、最近になって政治系の切り抜き動画に「くら替え」しているケースも複数みられました。
私たちが確認した332のチャンネルの総再生回数は、政治家の切り抜き動画やその関連動画を合わせ35億超。再生数が1億を超えているチャンネルも5つありました。
再生回数3億超のチャンネルも
今回、再生回数が3億3000万回と最も多かったチャンネルの運営者に、直接話を聞くことができました。
待ち合わせた場所にやってきたのは、東京都内に住む30代の男性でした。

「もともとYouTubeはやったことがなくて、政治に特段興味があったわけでもないんですけど、やっぱりきっかけは石丸伸二さん。見れば見るほど、自分の中にたまっていくのがもったいないと思って、自分が持っている知識を発信したほうがより伝わるし、多くの人に伝えられるんじゃないかと思って始めました」
男性のチャンネルでは石丸氏の発言を中心に、毎日、動画を配信しています。これまでに投稿した動画はおよそ1000本に上ります。
男性は、勤めていた会社をおととしに辞め、いまはYouTubeの配信を専業に。
作業は1人で行っていて、議会の動画を作る際には、議会での発言のすべてを少なくとも4回は視聴してから作るとしています。

「収入は会社員時代の2倍、働いている時間も2倍になった」と述べる男性。
取材を行った日も朝まで動画を制作し、昼や夜、平日や休日の区別がないような生活になっているといいます。
動画を見た人からは「政治に興味はなかったけど初めて選挙に行こうと思いました」などといったコメントが付くようになりました。
「発言している人の意図を損ねないこと、あとは視聴者に分かりやすく伝わりやすくすること。僕の主観でしかないんですけど、落としちゃいけない情報はやっぱりあるし、いかに言っていることをブーストして伝えるかってところですね」
「自分がやっていることで世の中の人が興味を持って、例えば選挙だったら投票に行ってくれる。そんな仕事ができているって話じゃないですか。いろんな仕事がある中で影響力がある方の仕事かなと思う」
配信する理由、収益は

NHKでは、このほかにも、政治系の切り抜き動画を投稿しているチャンネルを対象に取材を試みました。
比較的再生回数が多かった68のチャンネルに取材の依頼をメールで送ると、対面でのインタビューに応じた2人以外に、4つのチャンネルから回答がありました。
その中で見えてきた、動画を発信する理由は…
「当初は収益が目的だったが、政治について意見交換するためのコミュニティーの役割も感じている」
「目的は収益だが、政治家の話を聞くことに面白みを感じはじめ、興味とも一致したから」
さらに、収益については…
「月30万前後」
「平均して一般のサラリーマン程度」
「月に50万から150万程度」
アウトソーシングも盛んに
政治系切り抜き動画の「ブーム」とも言える状況、中には編集作業を外注するケースも多く見られます。

大手の求人仲介サイトで政治系の切り抜き動画に関する求人がどれくらいあるか調べると、この1年だけでも600件以上見つかりました。
動画の編集や表紙に当たるサムネイルの作成、文字起こしの作業を1件当たり数千円ほどで募集しているものが多く見られました。中には、運営そのものについての求人で数十万円を提示しているものも。
私たちが取材した中にも、こうしたサービスを使って実際に外注していると答えた人や、運営が安定したら外注したいと答えた人もいました。
政治への関心高めるメリットの一方…

急増する、政治系の切り抜き動画。
インターネット上の情報の広がりを研究している東京大学の鳥海不二夫教授は「政治に対する関心を高める」「より多くの情報を得ることができる」というメリットがある一方、「情報が偏ること」や、偽情報や誤情報の拡散、ひぼう中傷などの問題があると指摘します。
「たとえば選挙において、街頭演説で候補者を見る機会はなかなかなくても、切り抜き動画で候補者の主張を聞けるという意味ではメリットがあります。候補者にとっても自分に関する多くの情報を出してもらえるということで、メリットがあります」
「デメリットとしては表示される情報が特定の候補者に偏ってしまうことがある。間違った情報を流していたとしてもそれがどんどん拡散してしまったり、ほかの候補者に対しての攻撃的な言動といったものが切り抜かれて拡散することも起こりえる」
情報の真偽はどう判断?
石川県で政治家の切り抜き動画を配信している男性のチャンネルでも、去年の兵庫県知事選挙に関する誤った情報がみられました。
政治団体「NHKから国民を守る党」党首の立花孝志氏が、1月に亡くなった元兵庫県議会議員の男性について「警察の任意の取り調べを受けていた」などと発言している動画の切り抜きで、兵庫県警が否定し、立花氏も謝罪しましたが、このチャンネルでは現在も削除されずに公開されています。
どう考えているのか。男性はこう答えました。

「あくまで切り抜きチャンネルなので。情報の真偽はある程度精査して、正しいと思っている人をフィーチャーして発信していますが、1人でのファクトチェックには限界があるし、ひぼう中傷とかを一個人では止めることができない。加担しようとも思っていないですし、そこは波に乗って、流れに任せてという感じです」
メールで回答を寄せた人たちからは…
「直接政治家に話を聞いたり、記者会見の場に参加することはできないので、ノーカットのものを見るようにしている。思い込みや予測で言うときは『臆測』や『邪推』といった個人の主観であることを伝える」
「SNSによる誤情報、ひぼう中傷があることも事実なので、ないように尽力したい」
著作権の問題も…
また、許諾を得ずに映像を切り抜いているという問題も。
政治系の切り抜き動画では、ネットの番組や国会のインターネット中継など著作権のある映像を使っているケースも多く見受けられます。
取材した人の中には、著作権についてあまり認識せずに映像を使っている人もいた一方で「使用する動画について切り抜きOKと明記されているものや、不明なものは許可が取れたもののみを使用するようにしている」といった回答をした人もいました。
国会インターネット中継の切り抜き「打つ手がない」
国会での審議の様子をインターネットで中継している衆議院の事務局は「あくまで報道と教育に使用されることを想定している。衆議院に著作権はあるものの、一般の方がYouTubeなどでアップすることは想定していないし、確認もしていないので答えようがない」としています。
また、参議院の事務局も「参議院のクレジットをつけていたとしても、パソコンで収録して保存することは許可していない。配信して収益化をすることも許可しているわけではない。YouTube上の動画は引用元が分かりづらく打つ手がなかなかないというのが現状だ」としています。

YouTube側の見解は
YouTubeを運営するグーグルは、会社で定めるガイドラインに反するような誤情報や選挙妨害を促すようなコンテンツなどがあれば削除の対象となるとしています。
また、著作権については、「著作権利者が有効な申し立てをした場合には動画を削除して著作権侵害に関する警告を適用する」としているほか、90日以内に3回の著作権侵害の警告を受けた場合、そのアカウントは関連するチャンネルも含めて停止されるとしています。
“動画が表示される仕組み”を知る
政治系の切り抜き動画を私たちはどう受け止めていけばいいのか。東京大学の鳥海不二夫教授は、いま、YouTubeで見ている動画がどのような仕組みで表示されているのか知ることが大事だと指摘します。
政治系の動画についていうと、一度、ある候補者の動画を見始めると、「利用者はその候補者の情報を得ようとしている」と判断する「アルゴリズム」の仕組みが働いて、特定の候補者の情報ばかりが表示されるようになります。

東京大学 鳥海不二夫教授
「多くのプラットフォームではAIによる推薦システムを導入していて、できるだけ再生回数を増やす方向に動いていく。AIによって特定の動画を見させられているというような状況が作られていると思います」
また、配信した動画が多く再生されると広告収入が多く得られる、注目されることがお金になる「アテンションエコノミー」の仕組みもあります。
刺激が強い動画のほうが注目を集めやすいことに、注意が必要だといいます。
「自分の動画以外にも多くの動画があった場合、他の動画よりも自分の動画が選ばれるようにより刺激的であったり、より興味や関心を引くような動画を投稿しなければいけないということになります。よりよい情報を出して関心を奪うということであれば特に問題はないですが、より刺激的であったり、本当かうそか分からないけれどもみんなの興味を引きそうなもののほうがより再生されることになります」
「現在のこの情報空間がアテンションエコノミーに支配されているということをきちんと理解するのが必要と思います。情報空間がどのように成り立っているのか、きちんと理解するのは非常に重要なことではないかなと思います」
選挙のSNS活用で国の動きも
選挙期間中のSNS規制については、政治の側でも議論が行われています。
選挙でSNSの活用が広がる中、真偽不明の情報や偽情報の拡散が議題になっているとして、与野党7党は「選挙運動に関する各党協議会」を設けました。
協議会では、収益化の規制やプラットフォーム事業者の責任の明確化、それに公職選挙法の「虚偽事項公表罪」の適用の厳格化などについて話し合いを進めています。
情報も、食事と同様にバランスを
国やプラットフォームに求められることについて鳥海教授は。
「表現の自由と、それによって生じるリスクのバーターになると思いますが、私自身は民主主義の根幹である表現の自由を侵すべきではないという立場です。構造的なところから変えていく必要があると思います」
「国は情報空間全体がどうあるべきかというところをきちんと考えるべきだと思います。AIの力によって情報空間そのものがゆがめられていることを踏まえた上で、根本的な解決というところを目指すべきではないかなというふうに思います。技術的な壁や法的な壁もありますが、最終的には情報の接し方を自分たちでコントロールする権限を取り戻すことを目指すべきなのではないかと考えています」
最後に、私たちがいまできることについては。
「与えられる情報だけをそのまま摂取していくと、AIにコントロールされてしまうことになりかねません。食事を取るときに健康に気を使うのと同じように、刺激的でおもしろそうな情報に飛びついていいのか、それを信用するべきかどうかなど、慎重に考え、バランスよく情報を得ようと気を付ける必要があると思います」
(機動展開プロジェクト 籏智広太、金澤志江 / 経済部 岡谷宏基)