微笑微笑、美少女

あ、カワイイ。
車内に乗り込んだ乗客の中、ひときわ目を引く女子高校生がいた。
すっぴんの清楚な顔立ち。艶やかな黒髪をツインテールにしている。陶磁器みたいな首すじのホワホワの後れ毛も愛らしい。
制服もブラウスもピンとシワひとつない優等生タイプ。
みとれていると、顔を上げた娘と視線が交錯した。年甲斐もなく、照れるボク。
そのとき少女はボクに向かって微笑んだのだ。
とびきりの微笑で。
人生、四十年。こんなカワイイ娘にこんな微笑を投げかけられたことなどあったろうか。
間もなく少女は、同じ制服を着た高校生たちと同じ駅で降りた。
だが、会社に着くまでボクのドキドキは収まらなかった。しかも、その日一日、ボクは初恋をした少年のようにときめいていた。

翌朝、通勤電車の中、ボクは少女との再会にワクワクしていた。例の駅に電車が停まる。乗客をチラチラと確認する。
今朝は乗らないのか？次第に不安になってキョロキョロ見回したが、結局、微笑みの少女を見つけることができなかった。
その日一日、せつない気持ちがくすぶった。
次の日も、そして次の日も、少女を見かけることはなかった。大丈夫だろうか。怪我や病気をしていやすまいか？
妻子ある、白髪まじりの中年親爺が、自分の娘ほどの名も知らぬ少女の心配をしているなんて。

一週間後、娘が微笑んだ日と同じ曜日、ボクの期待が高まった。この曜日だけ、ボクの通勤時間と同じになるんじゃないだろうか？そうであってほしい。
駅に停まる。美少女が乗り込む。すぐにボクに視線に気がついて、チョコンッて首を傾げて満面の笑みを浮かべた。
笑顔が春の陽光のようにボクの心をジンジン温めていく。『ゴメンネ。心配かけちゃって』そんな声すら聞こえた気がした。
「お買い上げになりますか？」
そのとき、隣の席のセールスマン風情の男がボクに耳打ちした。
「この娘の微笑がアナタのものになるんです。あなたの通勤時間は最高にハッピー」
え？ボクが唖然としていると、男はお茶のペットボトルを掲げた。
「ひと昔前は、お茶や水は無料で供されるもので、買って飲むもんじゃありませんでした。でも、うまい水やお茶なら商売になる。そこにビジネスチャンスを見つけるか否かです。わが社は、微笑に目をつけたわけです」
なんだ、商売か。少女の微笑に一喜一憂していたのに。ガックリ。
「先週の微笑も？アレも売り物なのか？」
「あ、先週のアレと今日のは無料お試しサービス、試供品です。どうです？口座引き落とし年間契約の場合、なんと一日４８５円でご利用になれますよ。しかも、いまご契約になりますと、最大一ヶ月無料キャンペーン実施中」
「う～む、微笑が売り買いされるなんて世も末だなぁ」
などと口では言いつつ、契約書を真剣に読み始めるボクなのであった。



（最後まで読んでいただいてありがとうございます。バナーをクリックしていただくと虎犇が喜びます）