「先輩、知ってます?この道、出るらしいですよ」
助手席の小林が携帯を弄りながらボソリと言う。
空調メンテの会社に勤め、隣県にもまたがったエリアを任されて、今夜みたいに仕事帰りが夜中になることもしばしばだ。
ここは国道とはいえ幹線道路から外れた山道で、対向車とすれ違うことも滅多にない。出る、という噂は私も聞いたことがある。
首のない赤ん坊を抱いた狂女が車を追いかけたとか、トンネルを抜けた途端生首が目の前に落ちてきたとか。
だが今この状況でそんな会話はご免だ。
「ホントらしいっすよ。この道、出るっての」
小林が重ねて言う。私はため息ひとつ。
「なあ小林、その手の話ってタダの噂なんだ。誰に聞いても誰かから聞いた話なのさ。尾ひれがついてひとり歩きしているだけ」
車がトンネルへ吸い込まれ、車内もトンネル内の照明でオレンジ色に染まった。
「ほら、トンネルの照明でフロントガラスに汚れを拭き取った跡が浮かび上がったろ?子供たちがてのひらをペタペタ押しつけて手の脂分を付けてたら、てのひらが浮かびあがるんだ」
「フロントガラスに手がたくさん見えたっての、それが正体なんですね」
「うむ。子どもがフザケて顔なんか押し付けてたらフロントガラスに顔ってことになる。怖がっていたら何でも怪奇現象に見えちまうわけさ」
「なるほど。先輩みたいに割り切れたらいいなあ」
…?
話しながら、何かが変な気がしてきた。何だろう、この違和感。
「小林、なんか可怪しくないか?」
進行方向はトンネルが続くばかり。続く、ばかり…?!
ひたすら続いて、出口がない!
「小林、トンネルの出口がないぞ!どうなってるんだ?」
小林が携帯のGPSで位置を確認しようとする。
「おい、小林、さっきの撤回な」
その時、遥か先に小さく小さく黒い出口らしきものが…それは次第に大きくなって。
車が外に吐き出された。
長いトンネルをやっと抜け出た安堵感に満たされた。
落ち着くとすぐに背筋が寒くなった。
たびたび利用するこの道路、こんな長いトンネルなど断じて存在しない!
慌てて車を路端に寄せ、運転席を飛び出し後ろに目を凝らす。
暗い夜道だけ。今脱したはずのトンネルなど、どこにもない。
「トンネル、今のトンネルがない!」
助手席の小林を呼ぶが、助手席に人が座っていた形跡はなかった。
そうだ、同僚の小林は…
先月、交通事故で死んでしまったじゃないか。
仕事帰り、携帯を弄って運転を過って。確か、このあたりで…
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霊を否定する描写が、うまく盛り込まれていて面白いです。
小林さん、霊になっても携帯弄ってるんですね。
ああいう人はやっぱり幽霊になってもスマホを手放せなさそうですネ。