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はまやわらかいブログ。

風邪が治らない

2006-05-20 17:43:16 | Weblog
 歳を痛切に感じる。鼻水が止まらない。3週間も続くとさすがに萎えてくるものだ。さて、今日は熱力学を。


 数学と物理のメジャーな違いは、定義から始まるか定義に終わるか、という点だろう。もちろん前者が数学で後者が物理。物理は理論の跡をつけていくことよりも、概念を創り出すことを目標としているように見える。定義が出来ればそこでいったん終了し、今度は更に先を目指してまたそこに定義をたてる。物理の定義はロッククライミングで打ちこむハーケンであり、数学の定義は、再び山登りで言えばベースキャンプみたいなもんだろう。困ったらそこに帰ってくれば、少なくとも遭難はしないからだ。いっぽう物理の定義は、間違ったところに打ちこむと何がなんだかよくわからなくなる。物理の理論は「自然」でなければならないからだ。

 また、これは物理に限らない事だろうが、すでにわかっていることからスタートするのがほとんどだ。それは実験結果であったりほかの物理の分野だったりするが、理論物理ではできるだけ、実験事実を認めるだけ、という態度を取らないよう努力する。当然、それが完全に達成される事はありえないのだが、そこに向かっていこうとするのが科学の精神といっていいだろう。

 こんな風に物理と数学の一般論を述べてもとくに意味はないのかもしれない。しかし、物理にはハーケン的定義では不十分な分野がある。力学と熱力学だ。この二つはさまざまな分野の基礎となっているので、数学的に厳密に表現して、しっかりと平地にくくりつけたベースキャンプになってもらわねばならないからだ。

 このうち、力学はとてもよい数学的表現を与えられている。19世紀の解析の分野は、主に力学を代表とした物理学に牽引されたといっても過言ではないほど、数学になじんでいる。「古典力学の数学的方法」などという本まである。(アーノルドの名著。いつか読みたい。)また、20世紀後半では、Lie群・Lie環や多様体のような代数的・幾何学的対象も力学(主に量子力学)にとりこまれつつある。今世紀になってから力学、言いかえれば相互作用する主客のミクロな関係を学ぼうとする人は、まず数学を一通り学ぶ必要があるかもしれない。(ランダウミニマム?)

 ところが、である。上で掲げたうちのもう一方、熱力学にはなかなか日の光があたらない。言ってしまえば地味なのだ。前の段落で書いたように、力学ではかっこいい数学がたくさん出てくる。カラビ・ヤウ多様体とか単連結Lie群とか言うと、なんか頭がよくなった気になる。しかし熱力学には、どうもこういう複雑な数学表現が適さないのだ。なぜかはわからない。ひょっとしたら統計的な結果には等式は似合わず、不等式でのみ記述されるからかもしれないし、物理学者がサボっているだけかもしれない。もしかしたら、熱力学は簡単で、複雑な数学などいれる意味がないのかもしれない。

 少し話は変わるが、統計力学というのがある。これは、力学から熱力学を導出するものと思ってもらえればいいが、ここにはけっこうかっこいい結果があるし、数学者もいろいろ仕事をしている。カオスとか複雑系とかそういうやつを考えたりするのが統計力学の最近のテーマだったりする。ということで、やっぱり力学に根ざしているものはかっこいい。それに、もし統計力学で熱力学を説明できるのなら熱力学はいらないではないか。なんて思う人もいる。


 しかし、私は熱力学は必要であると思う。しかも今より数学的精度を上げてさらに統計力学に依存しない形で定式化する必要がある、とも思う。

 まず第一に、熱力学は必要条件を求める学問である、という点だ。要するに、物理現象たるもの、かくあらねばならず、というセンテンスを創り出す学問であるということだ。一方力学は、出発点に一番強い条件(運動方程式)があって、上手く行くときはそれを同値変形し、そうでなければ(それが大半なのだが)そこからどんどん弱い命題を作っていく。そうすることで初めて、私たちが使える形になるのだが、そればかりではサイエンスではない。やはり、世の中にはどういう制約がかかるのか、という基礎的な問いかけは必要であると思う。

 あと時々、「熱力学は現象論だから重要だ」という人がいるが、それは力学との程度の違いだけである。力学だって現象論的側面はあるし、熱力学にだって還元論的側面はある。

 また、数学的精度を上げることで初めてわかることがある。熱力学のような抽象度の高い理論研究では関数解析その他の数学を使う必要がどうしても出てくるし、世の中の仕組みはたいてい日常言語では語れないからだ。


 今、熱力学は用語は出揃っているのに、定義をずらしたり引っ込めたりしている段階なのかもしれない。この意味において、熱力学はまだ終わっていない。