TCC・竹島クラフトセンター TAKE-LOG 竹ログ

愛知県の観光名所[竹島]の俊成苑に構える手織り工房
[竹島クラフトセンター]の主人が送る大きなひとりごと。

TCC・竹島クラフトセンター、蒲郡竹島の海が消えた!

2006年03月31日 | 三河木綿の手織り体験
今日は風が強く、強風で海の波が逆巻き
カモメが風に舞う光景を見に来たのですが、

「あれ!」

「海が見えない!」

海に水が無くなりました。

竹島まで橋が無くても渡れます。

まさか東海大地震の津波の前触れではあるまい

もしも地震の後に急にこのように潮が引いたら
高い所に避難して下さい。

これは潮が引いた状態の竹島です。
今日は中潮で干潮の時はこんな状態になるのですね、 

私達は、私達の住む地球の日本で愛知県の竹島海岸
でも宇宙的規模の自然の摂理の中で生きているのだと
思い知らされる現象です。

何をバカな事をほざいているんだ、そんな事は海
だから当たり前だ!と言われます。

この辺の人ってこんな言い方する人が多くない?
頭が固いのか、保守的なのか、わからないけれど・・・、
(主人の大きなひとりごとです)

私の様に海なんぞ見たことがない人には、これは
珍しい現象に感じますが・・・、この辺が観光の
送り手と観光を受け取る人との感じ方の違いでしょう。

でも、宇宙の月の動きによって竹島の海の水が
上がったり下がったりするのって不思議だよね~。

地球の裏側にあった海水が反対側に引っ張られて
盛り上がるんだって、その時この地球が少しゆがむ
となると、こりゃ大変じゃない?

もう子供の頭の感性になっている竹島クラフト
センターの主人でした。

写真を見ても潮干狩りの人が一人もいないです。

蒲郡竹島海岸の潮干狩りは4月12日~6月17日です。
みんな来てね、アサリが待ってるよ~!





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TCC・竹島クラフトセンター、美濃和紙の織物

2006年03月30日 | 三河木綿の手織り体験
昼の竹島海岸は雨も上がり薄日が差して来ました。
まだ寒気があり4月になるというのに橋の上は風が
冷たいです。

前の岡崎市のKさんの三河縞に続いて
豊橋の木村さんが美濃和紙を織り込んだ織物の
完成です。

経て糸に綿糸を使用しています。
緯糸に藍染めの綿糸とご自分で漉いた美濃和紙
を木村さん自身の考案した方法で糸に裂いてあります。

美濃和紙の方にも藍が染められています。
作品は衝立になるそうです。

美濃和紙を通した日の光が優しく映る衝立を
想像するだけでも心が温まる木村さんの
美濃和紙織りです。

11月4・5日に開催する
「蒲郡クラフトフエアー2006」に出展
されることを楽しみにしている
TCC・クラフトセンターの主人でした。
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TCC・竹島クラフトセンター、三河縞が織れたよ・2

2006年03月30日 | 三河木綿の手織り体験
今日の竹島は雨です。
昨日からの冷え込みで、春の気分も吹っ飛んで
竹島パルクのみやげ物店のおばさんも
「今日は寒いね~」

の言葉しか出てこないこの寒さです。

”はーるよ来いはーやく来い”

「ご主人さんもう春ですよ桜も咲いてますよ」

なんてスタッフとの会話の最中に

「私三河縞が織り上がったわ」

と岡崎市のK子さんが広げて見せました。
見事に一反を織り上げています。
(写真は紺の色が紫に写ってしまいました)
K子さんは2月の18日にご自分の作務衣を
作り上げたばかりです。

「おー!これは良いわ!」

「店で売らせてちょうだい」
と言うと

「だめ!これは家の旦那様の物を作るから」
と即座に断られてしまいました。

織り始めて3年ですが、織りに集中できる
環境と、彼女の織りに対する情熱が素晴らしい
作品を生み出すのだと感心して見入る
TCCの主人でした。

(彼女はアシュフォードのテーブルルーム
 60cm幅の織機で三河縞を織っています。)
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TCC・竹島クラフトセンター、[アンテナショップ夢織人]

2006年03月28日 | 三河木綿の手織り体験
今日の竹島海岸は午後は雨になりました。
久しぶりにMTN・ミカワテキスタイルネットワーク
協議会と繊維業者の団体と市が運営する
[アンテナショップ夢織人]を取材に出かけました。

そこにはショップのスタッフの丹さんが
いましたのでお話を伺いました。

蒲郡市は三河木綿の産地です。
最近は中国から輸入される安物商品に押されて
産地業者は大変な窮地に落ち入っています。

そこで[地産地消]に生き残りをかけた生産者や
町の洋裁デザイナーも巻き込んだショップが
誕生したのです。

三河縞、三河木綿を主体にした小物やファッション
を売っているユニークなお店です。

観光交流都市蒲郡においでの時はレストランハウス
[オンディーナ]も隣にあるからいっぺん寄ると良いよ、

場所は蒲郡駅前の[蒲郡商工会議所]南の
住所:蒲郡市港町1150
海賓館マリンセンターハウス内
三河繊維産品・アンテナショップ夢織人
℡0533-68-2105

お店は海岸堤防の外側(海側)にあります。
本当に海の側で港を眺めながらのロケーション
は抜群です。
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TCC・竹島クラフトセンター、潮溜りの宇宙

2006年03月28日 | 三河木綿の手織り体験
今日の竹島は暖かい一日でした
久しぶりに竹島一周の海辺の探検にやって
参りました。

満潮の時なら1.5mの深さの海底を歩けます。
岩のごろごろした波打ち際を行くと
あちこちに小さな水の溜まった潮溜まり
あります。

その中を覗くと大きな海の小さな世界を
垣間見ることが出来ます。

「おー!」

「何だこりゃ!」

思わず声を上げてしまった。

黒い物体がモゾモゾ動いています。

体中にトゲをつけた生き物が
頭に髭の触覚を動かしながら
やってきます。

「見たことがあるぞ、」

「アッ!これはナマコだ」

長さ15センチのナマコだ

好きな人には美味しそうに見えるのだろうか
緩慢な動きは見るからに不気味
この潮溜まりの世界の怪獣ナマコ
の登場に時間を忘れる記者でした。



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TCC・竹島クラフトセンター、手織教室(筬通し)

2006年03月25日 | 三河木綿の手織り体験
TCC・竹島クラフトセンターに行ってみました。
今日は手織の作業で筬(おさ)通しをやっていました。

前の記事で紹介した整経の次の工程なので
早速取材する事にしました。

織物に必要な長さの経て糸を一本、一本分離して
作動出来る様にする整経の作業をお終えた経て糸を

いよいよ織機にセットします。
筬とはどのような物でどのような働きをする物で
しょうか?
筬は皆さんよくご存知の[鶴の恩返し]でおつうが
織機の前に座り、緯糸を通すごとに引き寄せる
板状のクシのの様な物を筬と言います。

筬は織る布の幅を決めてその間に経糸を均等に
振り分ける役目と、緯糸を直線状に整え引き寄せる
役目を持った、織物を作る上で大変重要な役目を
持った部品です。

経て糸の密度等によって、筬の密度も変えます。

写真は、経糸を筬通しと云う道具(ヘラ)を使って
1本づつ、畦で分離された経糸を通す作業をしている
ところです。

この工程が終わると、整経した経て糸が織機の
一部分として載る事になるのです。

〈続く〉

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TCC・蒲郡竹島クラフトセンター、今日の竹島は春到来!

2006年03月25日 | 三河木綿の手織り体験
今日の竹島海岸は上天気で暖かく
まさに春到来といった穏やかな一日でした。

海岸を散策する人々は良い天気に誘われて
気持ちも優しく、穏やかな表情で、
自然の心地よさを楽しんでいました。

自然の大きさは人の心も広く大きくしてくれる
のです。お年寄も胸を張って手を振って歩く
姿を見ていると、春っていいな~と思います。

作り物の観光地には無い優しさと豊かさを
感じる竹島海岸でした。
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TCC・竹島クラフトセンター、手織教室(整経)2

2006年03月25日 | 三河木綿の手織り体験
TCC竹島クラフトセンター手織教室の(整経)1

のところで、整経する作業のところで畦(アゼ)を
とると書きましたが、畦の部分の拡大写真です。

右から来る糸と、左から来る糸は必ず交差して
います。

交差させる事で、右から来る糸と左から来る糸は
分離独立して分けた動きをさせる事が出来るのです。

この写真の整経枠は洋式ですが、日本の古いやり方
でも、畦をとる理論は同じです。

畦の中央に赤い糸が見えますが、この糸は20本
ずつ束ね、本数を確認しながら進める為の糸です。

続く
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TCC・竹島クラフトセンター、手織教室(整経)1

2006年03月25日 | 三河木綿の手織り体験
今日の竹島海岸は風はまだ少し冷たいものの
春を感じる穏やかな海でした。

竹島橋の中央では、さすがに海上の風は強く
海の自然の厳しさをを感じる春の風でした。

春休みに入り、学生さんや子供連れで賑わう
竹島海岸でした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

竹島からの帰り際、TCC竹島クラフトセンターに
寄ってみると、スタッフの一人が織物の工程の
最初の作業の整経を始めていたので取材してみました。

整経とは、読んで字のごとしで、織物の経糸を整える
事を指します。

これから製作する織物に必要な長さの経糸を
必要な本数だけ均等に張る作業です。

それと同時に一本一本分離して独立した動きが
出来るように、畦(アゼ)を取ります。

最も簡単に解りやすく言うとこんな感じかな?

写真の上にあるのが経糸の巻いてあるチーズです。
四角い木の枠を整経フレーム(整経枠)と言います。

整経フレームについている棒(スティック)に経糸を
左右に巻きつけながら糸の長さを作ります。

そしてその作業は経糸を均等な張力で張る作業でも
あります。

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TCC・蒲郡竹島クラフトセンター、夕景の竹島

2006年03月21日 | 三河木綿の手織り体験
もう彼岸だと言うのにね~。

今日の竹島も風は冷たかった。

今日は夕方の竹島の取材になって
しまいました。

夕日の竹島の写真は沢山の写真家や
カメラマンが取り上げていますが
あえて、へたくそな記者の私も挑戦
して見ました。

登山用防寒スタイルで竹島海岸に
出て見ると、なんと素晴らしいでは
ありませんか、


橋の向こうに夕日が沈む、

刻々と赤みが差し

海原を染め渡る

吹く風も赤く染まり

カモメの踊りも

波のざわめきも

赤の踊りだ

なんて!気分にさせてくれた竹島海岸でした。
こんな時は恋人と語り合えたら
最高の竹島だね・ね・ね・・・。





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TCC・蒲郡竹島クラフトセンター、第四回手織場展だよ

2006年03月21日 | 三河木綿の手織り体験
今日は、蒲郡市博物館で開催されている
手織場展へ行って来ました。

蒲郡市は三河木綿の産地です。
江戸時代から農家の副業として棉の栽培が
行われていました。

その棉を紡ぎ、糸を藍染めや草木染めをして
農家の自家用の布として使っていました。
当時全国の各地域でこのような織物が作られて
いたのです。

江戸時代の蒲郡の木綿は[三白木綿]の名前で
江戸へ送られて、染め加工されて使用されて
いたようです。

その後明治時代中期になってから、西三河地方の
矢作川流域で生産が始まったガラ紡積の発達に伴い

塩基式染料を使って染めた糸で豊田式動力織機の
普及により蒲郡は綿織物生産地として発展し、
三河縞、三河木綿の名で全国に知れ渡りました。

今回の手織場展は、その最も古い江戸時代の
農家で生産されていた技法を復元して作品を
展示しています。
そして、棉繰り、紡ぎ、整経、手織、の作業
工程を実演、体験できますよ!



当地蒲郡は織物産地として、この三河縞の復元を
原点と捉え、新たな産地としての方向性を模索
しています。

手織場展の開催されている蒲郡市博物館から
少し離れた、マリンハウス内に[夢織人アンテナショップ]
がございます。

ショップには明治大正の製造方法で作られた三河縞が
売られていますからぜひお立ち寄り下さい。
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TCC・蒲郡竹島クラフトセンター、今日は強風の竹島だった

2006年03月17日 | 三河木綿の手織り体験
今日の竹島は晴れたのにもかかわらず
昨夜の低気圧の通過に伴う西高東低の気圧配置で
朝から強風が吹き荒れています。

海は白波が立ち、いつもは穏やかな三河湾も
今日は自然の力を見せ付けるようであった。

波は逆巻き、水しぶきを上げて橋を突き抜ける、
橋の下を吹き抜ける時、風の流れが変化するのか
海のしぶきを巻き上げ霧のように舞い上がる様は、
何時もと違う竹島を見せていました。

カモメ達も強風の吹き付ける方向に頭を向け
風の抵抗を減らしてじっと耐えている様子でした。

浜でカメラを構える記者も風圧に押され画角が
狂ってしまい、この写真も右へ傾いてしまった。

この強風で観光客の姿も少なかったが何時もと
違う竹島を見る事が出来ました。

前の取材の霧の竹島も良かったが、今日の強風の
竹島も素晴らしい竹島でした。
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TCC・竹島クラフトセンター、手織りショールが織りあがったよ2

2006年03月16日 | 三河木綿の手織り体験
〈前から続く〉

チロルさんのショールが織機から切り離されます。

チロルさんの織機に何時も掛かっていた織物が
今、経て糸が切られて織機から離れ、一つの
独立した物として誕生する瞬間です。

鋏が絹の経糸をジョキジョキと音を立てて
切られて行きます。

お相撲の断髪式に似ていますが、経糸が切られる事により
一つの物が生まれるのですから、
臍の緒が切られて生命が誕生する大変おめでたい儀式です。

織機から離れ、柔らかな手に吸い付くような絹の布が
揺れながら光る様を

「おー!」

「素晴らしい!」

「地紋が光って浮かび上がるようだわ」

「厚いと思ったけど軽くていいわ!」

この物を身に着ける者が幸せになるよう、心で祈りながら、

キラキラ光って浮かび上がる絹の地紋を眺め、
心に熱いものを感じるチロルさんとスタッフでした。

チロルさんは、ミカワ・テキスタイルネットワーク、
MTN協議会[アンテナショップ夢織人]の[チロル工房]
のブランドを持つアパレルのデザイナー作家さんです。

(チロルさんの服は記者も愛用しています)

自ら手織と草木染めの勉強をしながら、近い将来に自作の布に
ご自分のデザインのファッションが誕生することでしょう。

TCC・竹島クラフトセンターからお伝えしました。
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TCC・手織で絹のショールの織り上がり1

2006年03月16日 | 三河木綿の手織り体験
今日の竹島は雨だった。
今日は低気圧の通過に伴う雨が降り始めました。
空も雲も海も島も暗く沈んでいます。
それでも、横殴りの雨の中を元気に橋を渡って行く
若者達がいます。

そういえば卒業式も終わり、社会へ出る人、
上級学校(かなり古めかしい表現だなァ)
へ行く人、それぞれの人生の中でほんの一時、
重荷が下りた明るい心の青春の1ページを、
楽しんでいる若者達の声が響く竹島海岸でした。



竹島クラフトセンターへ行くと、夢織人アンテナショップ
手織教室第一期卒業生達が、手織をやっていました。

その中でチロルさんが絹のショールを織り上げるるところ
でした。
8枚のソウコウを使い、複雑な織り柄の入ったゴージャスな
ショールです。(写真)


「この緯糸一本入れたら織り上がりだわ」

チロルさんは感慨深く、ため息の様に言いました。

この作品も約一年の時間をかけて織り上げています。
チロルさんにとって初めての絹織物で、糸質や織り組織に
戸惑いながらの一年でしたが、立派に織り上げていました。

織物は、織りのデザインが決まると、初めに経糸を決定
し整経をして織機に載せ、筬通しとソウコウ通しの
面倒な作業をしてしまえば、後はひたすら織るだけです。

一口に言えば、経糸の支度が終わった時点で、作品の
ほぼ70%の出来不出来が決定してしてしまう怖さがあります。

それでも懸命に良い作品にしようと緯糸選びや、緯糸の
打ち込みを加減しながらの思考錯誤を繰り返しながら、
作業が続きましたが、チロルさんはその迷いを潜り抜け
ようやく完成したのです。



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TCC・竹島クラフトセンター、今日の手織体験

2006年03月13日 | 三河木綿の手織り体験
今日のTCC・竹島クラフトセンターを覗いて見たら
一人の女性が手織体験の最中でした。
小柄な可愛らしい、知的な雰囲気を持つ落ち着いた
女性でした

彼女は、タイやラオスなど東南アジアの文献を本訳する
仕事をしています。

民族衣装や織物文化を紹介する文書の中で織物に関する
機械や織機のことや、織物技術に関する事が出てきますが、
自分が実際に手織を体験する必要に駆られて、
今日はTCCに来ています。

手織体験をしながら、東南アジアの話から日本の織物文化の
話になりました。

織物は、エジプト文明の遺跡から織物が発見されています。
ミイラを包んだ麻の織物を見ても現在の機械で織られた物に
ひけをとらない緻密な織物が織られていました。
5000年以上前にすでに現在と同等の織り技術を持って
いたのです。

そして糸を作り、織るという基本の方法は世界共通です。
日本でも弥生時代には織物はありました。
アイヌの人たちの織物の織機の基本も同じでした。

日本の弥生遺跡から出土するスピンドル(紡ぐ道具)
は現在も使われています。南米ペルーでも子供が
スピンドルを使い羊やヤクの毛を紡いでいる光景を
目にした事があるでしょう。

現在でも未開のジャングルの奥地で使われている
イザり機は日本でも弥生時代や平安時代には使われて
いました。

織物、染物で日本古来の物と言いますが、
基本は、日本古来の物ではないのです。
それは世界共通でその国の気候や土地の立地条件などで
それぞれ違った発達をしています。

その土地の人達の糸を紡ぐ、糸や布を染める、
織物を織るという行為や創る心は同じです。

日本の藍染めは、東南アジア山岳部、タイ、ミャンマー、
ラオス付近が元だという研究もあります。そこから台湾、
沖縄そして日本と渡ったのです。
だから昔しは縞木綿ではなく島々を渡ってきた嶋木綿で
あったのです。

日本で始めてコットン(棉)が渡来した三河の西尾市に
ある天竹(竺)神社の由来である崑崙人(コンロン)はインド人
とありますが、インドの崑崙人ではなく、私はベトナム
半島南部の地名にカムロン(Cam Renh)、とかクアンロン
(Quan Long)とか云う地名があることと、

崑崙人が持っていた一弦の琴はベトナム付近の楽器で
あることを考えれば、私達三河縞を研究している
[穂の会]では崑崙とはベトナム南部の地名が訛って
聞こえたのではないだろうかと考えている。

などとTCCの主人の自論と彼女のタイ、ラオスの文化や
日本人のルーツの話しに華が咲いているうちに、
織り進めたランチョンマットが見事に織り上がりました。

彼女の様な研究家と知り合い、交流出来る事が出来た
TCCの主人は幸せ一杯の表情でした。











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