ただのおじさんの「フルス フルス フルス」    ………フルス(葫芦絲)は中国雲南省生まれのひょうたん笛です………

まろやかな音色のフルスに一目(耳)惚れした「ただのおじ」さんが日本でフルスを普及させようと一念発起。はてさて………。

若者が興味を示した

2010年01月21日 | 日頃の活動
 さっそく結婚式の後にフルスを教えてほしいと頼みにきた高本君に電話をした。彼は市内の居酒屋の料理長である。30歳を少し過ぎたぐらいの若者だ。時間を見計らって電話をすると、弾んだ声が帰ってきた。本当にフルスを始めたいのかをもう一度確かめたら、やっぱり是非やりたいという。

 「6000円でファ鍵付きフルスと練習曲テキストと50曲入りの伴奏曲CDをつけてお世話をします。それに、初期指導もするので、場所と時間を指定してほしい。」と、話した。一般的な値段から言うと2万円でも大変安いのだが、普及のためにがんばっている。高本君は「今月は休みはないので、2月になったら電話をします。」と言うことだった。今まで、どちらかというとフルスは中高年に広まっていたが、こういう若者が興味を持ってくれるとありがたい。
 3月には「長崎ランタンフェスティバルに出るよ。」と話したら、さらに声を高めて「私は長崎出身です。すごいですね。」と言ってくれた。もちろん会場の「香港上海銀行長崎支店跡」の「ホンシャン銀行」も理解してくれた。

 本格的な普及活動を始めて、まだ、1年もたたないのに長崎でしかも、ホンシャン銀行で演奏できるなんて夢のような話である。

結婚式でフルスを披露

2010年01月20日 | 日頃の活動
甥の結婚式があった。友だち、親戚に囲まれて、盛大な結婚式だ。幸せそうな二人を祝福する挨拶や出し物が続いた。私の出番はないとは思っていたが、まさかに備えて、フルスを持っていった。
宴も終わりに近づく頃、いきなり、マネージャーがきてカラオケをお願いしますときた。ご指名なのだ。私は持ってきた伴奏用CDを使えるかと聞いたら、OKだった。
私は長渕剛の「乾杯」を吹いた。もの珍しいので、会場はものの見事、シーンと静まりかえった。最後に日本で普及活動をしていますと、紹介した。
知り合いのビデオ屋さんが、私に話しかけて、「すごくよかったですよ。」と言ってくれた。実はこのビデオ屋さんの前で一度吹いたことがある。そのときに比べれば格段に上手になっているのは間違いない。

式後、ロビーで一人の若者が「フルスを教えてください。」、と頼みにきた。最後に万歳の音頭をとってくれた高本君だ。「本当ですか。」と何度も聞いたが、「本当です。」という。甥の先輩なのか、同級なのか分からないが、しっかりした人のようである。フルス普及のチラシを渡して、その場は分かれたが、2~3日後に連絡を取ってみようと思う。宴の後の話だったので、どうか分からないが、本当にその気だったらうれしい限りだ。

フルスとの出会い(1)

2010年01月03日 | フルスとの出会い
2005年10月、定年退職後第二の人生を主体的に生きようと、中国で日本語教育のボランティアを始めていた。初めて中国に渡って2回目の日曜日の朝のこと、窓の外から聞こえてくる何とも不思議な笛の音で目が覚めた。

中国大陸は河北平野のど真ん中、滄州市にある日本語研修センターの寮でのことである。

流れるような中国独特のメロディーとまろやかで響きのあるその笛の音は私をさわやかに目覚めさせ、南側の窓辺に誘い寄せた。その笛の音は確かに窓の外から聞こえてくるが、それらしきものは何も見えない。
そこで、「何か物売りの呼び笛かもしれない。でも物売りにしては芸術的すぎる………。」などと頭をひねりながら1階の玄関に下り、あたりを見まわしていたがやはり何も見当たらない。そこにやってきた研修生に聞いたら、「ああ、肖さんですよ。」と言って、奥の部屋に案内してくれた。2段ベッドが並ぶその部屋にはなんとも奇妙奇天烈な形をした笛を吹く肖君の姿があった。
「こんな楽器見たことない! こんな音色聴いたことない!」
これはそのときの率直な感想を書き残していたメモだが、このフレーズはその後、コンサートなどの時のキャッチフレーズにしょっちゅう使うことになる。