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ただのおじさんの「フルス フルス フルス」    ………フルス(葫芦絲)は中国雲南省生まれのひょうたん笛です………

まろやかな音色のフルスに一目(耳)惚れした「ただのおじ」さんが日本でフルスを普及させようと一念発起。はてさて………。

もう一つの1000分の1の確率

2011年03月13日 | 泰安にて

 

研修生が働いていた日本料理店。街の中心の一等地にある。

 昨年の大牟田日中友好協会春節祭の折り、近くに座っていた研修生に「どこから来たの。」と聞いたら、「泰安から来ました。」と答えた。「そう、実は私は泰安で研修生に日本語を教えたことがあるよ。」といったら、すごく喜んで、遠い席にいた泰安出身の研修生を呼んできて、大喜びをしていた。泰山に登った話や街の中心地の銀座デパートの話で盛り上がった。
研修生送り出し機関は私とは別のところだったので、直接は関係ないが、自分のふるさとを知ってもらっているだけで、それほどうれしいのだ。

ところが、昨年10月に再び泰安に行き、私の任務が終わる頃、新しくできた日本料理店に行った。日本語が上手なウェイトレスがいたので、おそらく研修生上がりではないかと思い、「日本へ行ったことがありますか。」と聞いたら、「はい、三重県へ研修に行きました。」という。さらにそこに通りかかった別のウェイトレスに聞いたら、福岡県という。「福岡県のどこですか。と聞くと、なんと「大牟田です。」いう。まさかと思い、「大牟田のどこですか。」と聞いたら、新勝立町という。間違いなく大牟田だ。これも、1億2千万分の12万で、まさしく1000分の1の確率だ。

色々話したあと、もうすぐ大牟田に帰ると、言ったら、「じゃ、残っている研修生たちにおみやげをあげたいので、持って行ってくれませんか。」と言う。そこで、帰る直前に、もう一度立ち寄ることにして別れた。立ち寄る日、私は時間がなかったので、別の方にたのんで、預かってきてもらった。中身は飴がたくさん入った袋だった。申し訳ないけどで、荷物が一杯なので、半分だけ預かって来てもらった。

日本に帰ってから会社に持っていったが、会社の人は「元気にしていたんですねえ。」と我がことのように喜んで頂いた。この会社の第1期の研修生だそうだ。残っている研修生たちも、わずかばかりの飴を食べながら、先輩研修生のことを思い出したことだろう。

実はこの研修生との遭遇についてはフルスに関わるもう一つのちょっとした話がある。


フルスの先生は大変なお方だった

2010年11月14日 | 泰安にて



左から奥さん、娘さん、イ先生、一人置いて奥さんのお父さん、息子さん
みんな演奏家だ。



息子さんとの演奏

話をしていると、フルスの先生、イ先生は大変なお方であるということが分かってきた。

明さんから私のフルスの指導をお願いしていただいたとき、CCTVに出演のために北京に行っておられるという話を聞いていた。CCTVとは日本で言うなら国営放送NHKだ。 中国のことだからとちょっとまゆつばと思って聞いていたが、写真を見せて頂き、本当のことだと分かった。
それもつい最近のこと、北京のコンクールで優勝され、その結果家族一緒にテレビに出演されたとのことであった。まさに現在進行形の出来事だったのだ。

イ先生一家は本当の音楽一家だ。娘さんも青島のフルスコンクールで優勝されたとも聞いた。

こんな先生の指導を受けることができることは大変ありがたいことだ。5年間、フルスの先生を探し求めてきた結果、ここに実ったと思う。

実際のレッスンは泰安滞在中、8回しか受けられないが、その間、しっかり練習したいと思っている。


フルスの先生(老師)来訪

2010年11月13日 | 泰安にて



フルスを習おうとする日本人がいるらしい。
フルスの先生の仲間が大集合



すばらしいフルスの演奏
こんな先生に習いたかった。

私たちの歓迎会の時にセンター長の明さんに電話で話をつけてもらっていたフルスの先生は昨日来られる予定だったが、突然中止になった。
理由は聞かないまま、この話は終わったのかなと思っていたら、今日突然電話があり「今、先生がセンターに来られました。すぐ家に行きます。」という。
アパートの階段を昇ってくる気配を感じたので、ドアを開けたら、「大勢でおじゃまします.」と、陳先生を先導に6人の来訪者だった。
センター長の明さんをはじめ、フルスの先生(老師)の関係者で二胡の先生、バイオリンの先生、その親戚の方もご一緒だった。
日本人がフルスを習うのはとても珍しいので、大勢で見に来られたらしい。

にぎやかに和やかに話は進み、私は中級から入門することになった。先生はフルスとバウと中国笛子で演奏を披露されたが、いずれも、大変上手だ。 私はバウは初めて生で聴いたが、音が出る原理がフルスと同じのなので、これもフルスに負けず劣らずいい音だ。しかし、バウは横笛なので、全ての国民(ただし現在60歳以下)がリコーダー(たて笛)を吹ける日本ではまず、フルスを普及することが必要だと思う。

私は皆さんの前で、例のごとく「竹田の子守唄」(中国名「祈祷」)を吹いた。先生評では基礎はしっかりできているが、技巧的な表現が乏しい、ということだった。

実はその指摘は全く当たっている。
私は今まで、先生につけなかったので、基礎的な吹き方はしっかり自分で練習してきたが、変な癖が付かないようにと、指先の技法や装飾音符をつけた奏法は故意に避けてきたからだ。

さらに、日本ではサークル活動として合奏を指導し、施設等への慰問活動や地域の行事等への参加を主とするので、ビブラートや装飾音は慎重に扱わないといけないからだ。

しかし、今回は中国人の先生に教わり、本格的に中国的な技法を中心に正式に教えてもらい、技量を上げるつもりだ。


寒さ対策

2010年11月12日 | 泰安にて

 

一般の中国人よりはうんと着込んで……… 



公園のなかの通勤道

泰安に着いて10日あまり。今まで、この時期に中国に来ると必ず風邪を引き、大変つらい思いをしていた。
今回は、来たときには大変寒く感じたが、ちょっと慣れたのか、それほど感じなくなった。センターまで、アパートのドアを開けて、6分程度。それでも、九州よりは確実に寒いので、万全の体制で通勤する。おかげで、今のところ風邪は引いていない。中国人も一応冬服を着ているが、私ほど、着込んではいない。このあと、もっと寒くなるので、さらに耳当てと、もう一つ厚い防寒着も買った。

右手に持っているのはゴミ袋。3日に1回ぐらいはセンターの入り口のポリバケツに入れる。マスクは中国製の業務用の物を30枚ぐらい持ってきた。帽子はこちらで買った。

それから、フルス。私の仕事は昼までだが、その間に15分の休み時間が2回ある。教官室で一息つくときにフルスを吹くことがある。同じ部屋の陳先生もフルスを吹くので、日本や中国の文化や言葉についておしゃべりしたり、フルスの練習をしたりする。

私はまだ聴いていないが、研修生の張君もフルスを吹けるらしい。張君は日本に行っても、フルスを吹いてもらいたいものだが、荷物の量が制限されてるので、持っていけるかどうかは分からない。


フルスの先生は大変なお方だった

-0001年11月30日 | 泰安にて







話をしていると、フルスの先生イ先生は大変なお方であるということが分かってきた。
明さんから私のフルスの指導をお願いしていただいたとき、CCTVに出演のために北京に行っておられる
話を聞いていた。CCTVとは日本で言うなら国営放送NHKだ。

中国のことだからとちょっとまゆつばと思って聞いていたが、写真を魅せて頂き、本当のことだと分かった。
それもつい最近のこと、北京のコンクールで優勝され、その結果家族一緒にテレビに出演されたとのことであった。
まさに現在進行形の出来事だったのだ。
イ先生一家は本当に音楽一家だ。娘さんは青島のフルスコンクールで優勝されたとも聞いた。

こんな先生の指導を受けることができることは大変うれしいことだ。
5年間、フルスの先生を探し求めてきた結果、ここに実ったと思う。

実際のレッスンは泰安滞在中、8回しか受けられないが、その間、しっかり練習したいと思っている。