毎年恒例の河口湖自動車博物館・飛行館が今年も8月のみ一般公開される。
今年の目玉は零戦52型。
ほぼ完成した状態での展示ということで期待も高い。
8月1日(金) 午前4時07分出発。
4時26分:四谷の笹寺前を通過。気を付けて行ってきます。
5時20分:八王子片倉町のコンビニで小休止。
空はだいぶ明るくなってきた。
5時40分:京王線・高尾山口駅到着。
6時47分:都留市内に入る。
富士吉田市内に入ってからは渋滞が続くが、
7時33分:ジョナサン富士吉田店に到着。
朝食「焼鮭定食・ドリンクバー付」852円也。リッチな朝飯。
ゆっくり朝食を採った後は付近をお散歩。残念ながら富士山はまったく見えない。それにしてもこんな所にドンキあったか?。
9時30分:出発。スバルライン入口。
オバサン4人の乗った車に道を尋ねられる。
「この道まっすぐ行けば5合目ですよ。」
ドギーパークを過ぎたら次の信号を右折。
標識が目印。
途中にある溶岩洞窟のひとつ。ここで足を停めたのは28年ぶり(苦い思い出)。
中はそうとう狭いところもあって、しゃがんだまま進んだり、腹ばいに近い状態で進入する箇所もあったはず。
それにしても同じ名前のフ○ツちゃん、元気かなぁ?。
開館時間の10時ジャストに到着。
晴れていれば、屋上のF-104DJの真後ろに富士山が見える。
零戦が展示されている飛行館はあちらの格納庫。
入口左側には“彗星”のものと思われる水冷エンジンが3基。
愛知航空機のマークが確認できる。
同盟国ドイツのダイムラー・ベンツ“DB 601A”をライセンス生産したもの。
入館するといつもの光景に出会う。初日、ほとんどの訪問者の目当ては零戦のスクラップパーツの購入。館長が心血注いで復元した機体には興味がないらしい・・・。中にはヤフオクに出す輩が必ずいるんだよな。
零戦52型
エンジンカウリングは外して展示されている。
栄21型エンジン
補機類も完璧。
機体下面も完璧。
増槽タンク取付け部が確認できます。
大分手狭になってきました。全景が撮れないのが残念。
機体の前には20㎜機銃が展示。
驚異の仕上がり。
翼端灯や風防最後部は未装着。
取回し時にできたのか右主翼前縁にヘコミが・・・。
でも、21型と52型が同時に見れる博物館はここだけだ。
主(ヌシ)、21型。今回から“空母・赤城”搭載機のマーキングに変更。
今年もたっぷり堪能させていただきました。来年も楽しみです。
お土産は復元状況を記録したDVDを購入。
この後は、時間もあるので久しぶりに富士山の麓を一周することに。
今年の目玉は零戦52型。
ほぼ完成した状態での展示ということで期待も高い。
8月1日(金) 午前4時07分出発。
4時26分:四谷の笹寺前を通過。気を付けて行ってきます。
5時20分:八王子片倉町のコンビニで小休止。
空はだいぶ明るくなってきた。
5時40分:京王線・高尾山口駅到着。
6時47分:都留市内に入る。
富士吉田市内に入ってからは渋滞が続くが、
7時33分:ジョナサン富士吉田店に到着。
朝食「焼鮭定食・ドリンクバー付」852円也。リッチな朝飯。
ゆっくり朝食を採った後は付近をお散歩。残念ながら富士山はまったく見えない。それにしてもこんな所にドンキあったか?。
9時30分:出発。スバルライン入口。
オバサン4人の乗った車に道を尋ねられる。
「この道まっすぐ行けば5合目ですよ。」
ドギーパークを過ぎたら次の信号を右折。
標識が目印。
途中にある溶岩洞窟のひとつ。ここで足を停めたのは28年ぶり(苦い思い出)。
中はそうとう狭いところもあって、しゃがんだまま進んだり、腹ばいに近い状態で進入する箇所もあったはず。
それにしても同じ名前のフ○ツちゃん、元気かなぁ?。
開館時間の10時ジャストに到着。
晴れていれば、屋上のF-104DJの真後ろに富士山が見える。
零戦が展示されている飛行館はあちらの格納庫。
入口左側には“彗星”のものと思われる水冷エンジンが3基。
愛知航空機のマークが確認できる。
同盟国ドイツのダイムラー・ベンツ“DB 601A”をライセンス生産したもの。
入館するといつもの光景に出会う。初日、ほとんどの訪問者の目当ては零戦のスクラップパーツの購入。館長が心血注いで復元した機体には興味がないらしい・・・。中にはヤフオクに出す輩が必ずいるんだよな。
零戦52型
エンジンカウリングは外して展示されている。
栄21型エンジン
補機類も完璧。
機体下面も完璧。
増槽タンク取付け部が確認できます。
大分手狭になってきました。全景が撮れないのが残念。
機体の前には20㎜機銃が展示。
驚異の仕上がり。
翼端灯や風防最後部は未装着。
取回し時にできたのか右主翼前縁にヘコミが・・・。
でも、21型と52型が同時に見れる博物館はここだけだ。
主(ヌシ)、21型。今回から“空母・赤城”搭載機のマーキングに変更。
今年もたっぷり堪能させていただきました。来年も楽しみです。
お土産は復元状況を記録したDVDを購入。
この後は、時間もあるので久しぶりに富士山の麓を一周することに。
零戦って呼び方も“レイセン”が正解だ!。なんてことはなく、当時の関係者も普通にゼロセンって呼んでたようです。
着くとはさすがですね~。
脚カバーの閉じるシステム、こんな風に
なってたのですね。なんだかヤカンの取っ手
みたいのが(笑)この部分のブルーが青竹色
って言われてる色でしょうか?