逝きし世の面影

政治、経済、社会、宗教などを脈絡無く語る

1898年2月15日、戦艦メイン号の爆沈

2009年02月15日 | 社会・歴史
111年前の1898年2月15日に突如勃発して、米西戦争の原因となった「メイン号事件」は色々な意味で、最初から最期までアメリカがかかわった(アメリカが主役)の事件であり、アメリカ合衆国の本質を語る上で避けて通ることの出来ない事例であろう。

米西戦争とは、徹頭徹尾アメリカによる、アメリカらしい、アメリカの為の戦争であった。
この戦争以後、アメリカは新興の世界帝国として世界の歴史に登場してくる。

メイン号は爆沈3年前の1895年9月17日に就役した排水量 6,682トン のアメリカ海軍の最新鋭戦艦。
乗員 士官、兵員374名。沈没で日本人6名を含む260名が死亡。
原因不明で有るにも拘らず外部からの機雷による爆破だと、アメリカ海軍の調査委員会が発表し、このような状況をつくりだした責任は全てスペインにあると断定した。
これでスペインを糾弾する声が一気に高まり、Remember the Maine(メイン号を忘れるな)の合い言葉も生まれた。
後のRemember Pearl Harbor(真珠湾を忘れるな)は、ここに「ルーツ」があるわけである。

これまでも、アメリカが戦争に突入する際にはしばしば、劇的な事件が発生する。
事件に刺激されて、アメリカ人の間に戦争支持の気運が文字どうり劇的に高まるというプロセスが繰り返される。
しかし、後になると決まって、それらの事件そのものが疑われたり、あるいは事件への対応の当否が問われたりしている。




『対スペイン戦争』

アメリカの戦艦メイン号がハバナ港内で原因不明で爆沈する。この事件を引き金にアメリカとスペインが開戦(米西戦争)。

かつて世界的強国であったスペインは19世紀後半までの数世紀の間に国力が低下し、太平洋、アフリカおよび西インド諸島など、少数の散在した植民地しか残っていなかった。
その中で、キューバやフィリッピンでは長年に渡る独立運動が続けられゲリラ戦争が行われていたが、当時のスペイン政府はこれらの反政府活動を一気に壊滅させるだけの軍事力を持っていなかった。

そこでスペイン政府はキャンプを構築し住民と独立軍を分離し独立軍への支援を止めさせる手段を取った。
さらに反逆者と疑わしい人々の多くを処刑。また、反乱分子のいると思われる村々に対しては虐殺を繰り返すなどの、1960年代のベトナム戦争と同じような事が行われていた。

一方、アメリカの新聞はキューバ人に対する残虐行為を誇大に報道し、アメリカ国民の人道的感情を刺激した。
その結果、キューバへの介入を求める国民運動が巻き起こった。
さらに、アメリカ財界も開戦を要求していた。

当時のネブラスカ州上院議員は露骨に、本音を語っている。
『スペインとの戦いは、アメリカの鉄道ビジネスおよび所得を増加させるだろう。
それ(対スペイン戦争)は、すべてのアメリカの工場の出力を増加させるだろう。
そして、産業と国内通商のすべての流通を刺激するだろう。』
アメリカは以前からキューバへの軍事介入を狙っていた。

ハバナ湾で米海軍の戦艦メイン号爆発の原因に関する証拠とされたものは矛盾が多く決定的なものが無かったが、当時の米国のメディアは、スペイン人による犯行であると主張した。
この報道は、一層米国民を刺激することとなった。

戦争をしたくないスペインは爆沈事件の合同調査をアメリカに申し入れるがアメリカに拒否される。
スペイン首相サガスタは、キューバから国民を撤退させてキューバ人に自治を与えるなど、戦争を防ぐ為の多くの努力をしたが、アメリカとの関係を修復ことはできなかった。
一方、アメリカでは4月19日にキューバの自由と独立を求める共同宣言を承認する。
これを受けて、スペインはアメリカとの外交関係を停止した。

5月1日のマニラ湾でアメリカ太平洋艦隊が、スペイン艦隊を攻撃し、6時間でスペイン艦隊は壊滅。

5月19日にパスクワル・セルベラ提督率いるスペイン大西洋艦隊がキューバのサンチャゴ湾に入港。
アメリカとの戦いに準備したが、アメリカ大西洋艦隊はサンチャゴ湾を封鎖し、陸海軍共同でスペイン艦隊を攻撃するなど、アメリカは圧倒的な軍事力でスペインを圧倒し戦闘の勝敗は数時間で決する。

スペインは、太平洋艦隊、大西洋艦隊を失い戦争を継続する能力を失い、その結果、交戦状態は1898年8月12日に停止。
和平条約は1898年12月10日にパリで調印され(パリ条約)、アメリカはフィリピン、グアムおよびプエルトリコを含むスペイン植民地のほとんどすべてを獲得し、キューバに軍政を引き保護国として事実上植民地化していく。




『ルシタニア号撃沈事件』

1915年年にも、やはり船舶の沈没事件がアメリカを戦争へと導く。
イギリスの定期客船ルシタニア号は、ニューヨーク港を発って一週間後の5月7日、アイルランド沖で、ドイツのUボートが発射した魚雷を受けて、同船は爆発転覆し、1198人が生命を落とした。
そのなかの約1割にあたる128人がアメリカ人であった。
この客船には、銃弾などの戦時禁制品が大量に積まれていた。
また、出航前にドイツ側から、イギリス船の旅行者に対する、撃沈の警告が行われていた。
しかしアメリカ政府関係者からは乗客に対する警告は全く行われる事はなかったので、ほとんどのアメリカ人が、こうした事情に注意を払わなかった。
だからドイツ政府の警告に応じて他の船に乗り換えた人もいなかった。



『全ての戦争を終わらせる戦争』

第一次大戦は欧州の諸国を真っ二つに二分して戦った戦争ですが、どちらの側にも大義名分はない。
有るのは帝国主義的な征服欲、自分勝手な所有欲。
例えるなら、悪餓鬼どもの間の玩具やお菓子(植民地)の奪い合いで喧嘩になった。
ましてや、欧州の戦争である第一次世界大戦への、大西洋を隔てたアメリカの参戦には全くといって言いほどの『大儀』がない。

『全ての戦争を終わらせる戦争』とは、アメリカが大儀のない戦争に国民を引きずり込む為の『苦し紛れの言い逃れ』にすぎません。
何故そんな今から見れば噴飯物の『馬鹿馬鹿しい言い逃れ』をしたかの謎はアメリカが『民主国家』だからですね。議会の承認(議決)が無いと戦争が始められない。
嘘でもなんでもいい。
何か国民を騙す『大儀』がいる。
ルシタニア号撃沈事件で対ドイツ強硬論、『ドイツ撃つべし』の世論がマスコミで作られて十分に準備したのちに、2年後に大陸諸国が長年の戦乱で疲弊しつくした頃を見計らって、アメリカ軍は大西洋を越えて第一次世界大戦に参戦する。





『戦艦アリゾナ爆沈』真珠湾攻撃

1941年日本軍による真珠湾奇襲であるが、色々な意味でメイン号事件やルシタニア号事件と類似した事件である。
ハワイの真珠湾で、アメリカは自慢の軍事力に対して、屈辱的な打撃を受け、ここから太平洋を戦場と化する戦いがはじまった。
しかし、当時のフランクリン・D・ローズヴェルト大統領が、日本の奇襲攻撃を予め知っていたのではないかという疑惑が長く囁かれつづけてきた。
当時ブリテン島など僅かを除き、ヨーロッパロシアを含む全欧州大陸はドイツ等枢軸国が軍事占領していてイギリスは風前の灯火状態であった。

日本軍の暗号文はイギリスに完全解明されていていたにも拘らず連合艦隊は無線封鎖を行わず何週間も航海を続けていた。(ハワイ近海でアメリカ商船に傍受されている)
宣戦布告の外交機密電文はアメリカが管理する海底電信で送られるお粗末さ。
これでは日本大使館からアメリカ政府に届くはずの宣戦布告は開戦まで届く事はなかったのは当たり前であろう。
戦艦アリゾナなど大型艦8艘が撃沈され2300人以上が死亡。
この日本軍による奇襲の成功により、第一次世界大戦参戦による10万人のアメリカ兵の戦死者を出した影響で、反戦に傾いていた世論を一気に開戦に大転換する事に成功する。
真珠湾攻撃の翌日、『反戦』の公約で大統領に当選していたフランクリン・ルーズベルトは、日本に対する宣戦布告をアメリカ合衆国議会に要請。
戦艦アリゾナの沈没は、国民世論を激高させてまんまと開戦にもっていくことに成功して、アメリカは戦争に突入していく。



『トンキン湾事件』

良く似た戦争の発端に、べトナム戦争時の、いわゆるトンキン湾事件がある。
1964年8月2日に、アメリカの戦艦マドックス号が、トンキン湾で北ベトナムの高速魚雷艇の攻撃を受けたと発表。
この後、直ちに報復攻撃がはじまり、北べトナム沿岸各地がアメリカ軍の執拗な爆撃にさらされた。
8月5日には、アメリカ議会が、ジョンソン大統領に軍事特別権限を与えている。これがいわゆる「トンキン湾決議」である。
ここからべトナム戦争は拡大の一途を辿っていった。
 
しかし、ベトナム軍の魚雷攻撃が戦争拡大の為の『自作自演の謀略』であっと事は、その後アメリカのマクナマラ国防長官自身が認め、結論が出いる。




『メイン号の歴史的意味』

メイン号事件 以降、アメリカの国力は飛躍的に拡大していき、南北アメリカ大陸と太平洋からスペインの影響力が一掃され、代わりにアメリカが入れ替わって影響力を持つという、結果として、覇権の移譲がされた。

スペインは戦後、植民地を失ったために国力が低下し、新興国家アメリカにあっけなく敗れたことから、欧州での国際的地位も発言力も同時に失った。
ルネッサンスから始まったポルトガル・スペインの古い形の帝国主義が破綻し、産業革命に支えられた新しい帝国主義へ完全に移り変わった事件であった。
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