文化調査船「ガラクタ号」 プログ版

ツイッター連携・まとめ投稿機能が終了してしまったので、体調と気分次第で転載するしか・・・とほほ

3月27日(水)のつぶやき その2

2013年03月28日 04時17分44秒 | 個人的な感想とか意見

@kumai0204 色々詳しい説明ありがとうございました。冷やかしや興味本位ではない対話だったと伝わると嬉しいです。


また壊れはじめた。今日はどうもだめだなあ。



3月27日(水)のつぶやき その1

2013年03月28日 04時17分43秒 | 個人的な感想とか意見

生徒性格「障害系」「超低学力」 札幌市立中資料で表現 - 47NEWS(よんななニュース) 47news.jp/CN/201303/CN20… 私は扱いが面倒な生徒だったので、きっと注意事項が列挙された資料が作られただろう。今回問題視されたのは資料そのものではなく表現だけだと思う。


(外に出たら問題になるような”内部資料”なんてゴロゴロしていると思う。表現に問題があるという指摘をしたところで変わらないと思う。「差別的表現」の歴史と同じく、言葉を次々に切り替えるだけだ。何故そういう表現をしようとするのかから問わないと、似た事件は起こり続けると思う。)


「暴力根絶」に山下理事=助成金調査は外部第三者委設置―全柔連(時事通信) - goo ニュース news.goo.ne.jp/article/jiji/s… 全柔連だけがこの様な体質を持っているとは思わない。日本の組織・団体では一般的であると思う。政治・経済・労働・教育・文化・スポーツなど全て。


(身近なところでは、自治会とか親睦団体とかでも。「一般構成員と幹部」のような構造ができた途端、一般構成員と幹部とは別の方向を向くようになるのはどうしてだろう。)


.@k_hisane さんの「無礼討ちについて」をお気に入りにしました。 togetter.com/li/477867


@kumai0204 突然済みません。フォローしていませんが、ツイートを時々読んでいます。私は断念と妥協について逆の感情を持っています。自らの意志・感情に反してするものが断念で後悔が強いです。折り合いをつけて自ら決めた結果が妥協で前に進めます。やはり人によって違うものですね。


日本原子力学会、事故調査委中間報告を公表 地震の影響を否定 fnn-news.com/news/headlines… #FNN @FNN_Newsさんから 「証拠」が表に出るまでは可能性を否定しつづけた方が都合が良いという姿勢を感じる。別に「日本原子力学会」だけの姿勢ではない。


@kumai0204 フロイトの発言の真意はわかりません。その文での断念は、後悔をしそうな何かを残さないように(私の使う"妥協"をして)上手く「関心から切り離す」過程のように感じます。防御機制の一つなのでしょうか?ROMに戻ります。


2児放置死、懲役30年確定へ=母親の上告棄却―最高裁(時事通信) - goo ニュース news.goo.ne.jp/article/jiji/n… 「死亡させる可能性が高いことを認識しながら、何の手だても講じなかった」として殺意を認定。


夏目漱石や太宰治、著作権が切れた「文豪の小説」を勝手に編集しても問題ない?(弁護士ドットコム) - goo ニュース news.goo.ne.jp/article/bengos… 「一定の期間で消滅するのは財産権的な権利」「人格権を害する行為は作者の生前はもちろんのこと、作者の死後も禁止」


その著者が書いていないことまで著者名を利用して勝手に創作されたら困るからなあ。


昔話とか童話とか説話などで、原著者名しか明示せず大きく改変した物が氾濫しているので意識されていないのかもしれない。しかし今でも映画や漫画やアニメなどで、「設定だけ利用した全く別物」が原著作者の作品と思われるのは創作者の困惑・迷惑を生んでいるようだし。このへんが難しい。


まあTwitterでも「数あるつぶやきの一部を利用した全くの別物」を原発言者の「作品」と思う人がいて、原発言者の困惑・迷惑を生んでいるようだし。Twitterの特性という訳ではないのだろうね。


まあ「著作権」を財産権的な面から考える機会が多いから、人格権的な面を考える機会も欲しいなあ。


@kumai0204 わざわざ返信ありがとうございます。やはり私の使っている用法と、フロイトの理論では逆の結果のイメージですね。克服できた・欲望の解決→断念できた、克服できていない・欲望の抑圧→妥協した、ということでしょう。私は内省中心なので、客観化する精神分析の話は面白いです。


米最高裁で同性婚訴訟の審理始まる、全米が注目 cnn.co.jp/usa/35030043.h… @cnn_co_jpさんから 「婚姻」は当事者、「婚姻制度」は文化、「婚姻制度による法的保護」は国家の問題だろう。文化・国家の変化は急にできないと思う。


何かを諦めることができるから幸福になれるのだろう。諦めきれないから幸福だと感じることができない。私が幸福と感じないのは、諦めが足りないからだろう。執着から自由になる訓練を重ねるしかないのだろう。しかしそれを求める心からは自由になれない。混乱するばかりだ。


考える行為を止めて「信じること」でしか、幸福になれないのだろうか?


取り敢えず、思考停止するために夕食を摂って軽く寝てみた。睡眠リズムを取り戻す為に起きていたかったが、壊れていくのを自覚し続けるのは厳しい。確かに考える力は弱くなったの。無理せずに寝た方が良さそうだ。


@kumai0204 内省は「自分なりの論理世界」「言語化された世界」「言語にならない何かの表面」までしか到達できないというのは、私の経験でもわかります。精神分析は、その奥を探るブラックボックス解析なのでしょうね。面白いです。


@kumai0204 精神医学の概要については、私が高校生の時に精神的に不安定な状態(診断が転々として、現在はブログのプロフィールに掲載してる躁鬱病ですが)に入ってから、色々と勉強しました。フロイトとユングも30年前の普及書レベルですが。


@kumai0204 説明で出てきた「超自我」に挑戦して、論理思考の積み重ねで解体しようとしてきたのでしょうね。その過程で内省を繰り返して性格も変えてきました。きっと専門家の手を借りていれば、もっと楽にできたのかもしれません。内省ができる状態をなかなか維持できませんが。


@kumai0204 数人の精神科医に掛かりましたが、そのレベルの話をする人はいませんでしたよ。


@kumai0204 病状や病気の種類によって精神分析を適用することが困難になるとか悪化させる場合があるということでしょうか。それもまた難しい問題ですね。何処に原因があるかを探して解消しようという試みは、強力な効果が期待できるけれど、手間暇が膨大に掛かるということはわかりました。


@kumai0204 まあ害にならない程度に勉強して見ます。放送大学の講座があるので ouj.ac.jp/hp/kamoku/H25/…