経済発展の足かせに
6月25日、北京で開かれた世界経済に関するシンポジウム。中国の李克強副首相は基調演説で、いつものセリフを忘れなかった。
「中国は世界最大の発展途上国として、他国と発展のチャンスを分かち合う………」
「途上国」と強調
2010年に国内総生産(GDP)の規模で日本を抜き、世界2位の経済大国に躍り出た中国。共産党の創立90周年に合わせて「先進国」への仲間入りを宣言してもおかしくないが、党指導部は中国が「発展途上国」であるとの立場を少しも崩そうとしない。
共産党のかたくなな姿勢の背後には、改革開放の生みの親である小平氏が打ち出した「韜光養晦(とうこうようかい=能力を隠して力を蓄える)」と呼ばれる外交路線がある。
「我々は中国のことで精いっぱいだ」。氏が初めて韜光養晦に言及したのは1989年9月、米国の学者と面会した際だったとされる。人民解放軍が民主化運動を武力制圧した天安門事件から3ヵ月後。
西側諸国が経済制裁に動き出すなか、氏が目指したのは「他国との摩擦を避け、経済建設に専念する」路線だった。
外資を導入し、安価な労働力と結びつけて輸出を増やすーー.韜光養晦は元々、氏が描いた改革開放の発展戦略と車の両輪の関係にある。
外資の導入や輸出の拡大は、いずれも他国との平和的な関係を維持しなければ実現しないからだ。
「韜光養晦」転換も
しかし、共産党の創立90周年を控え、韜光養晦の転換を予感させる動きが相次いでいる。中国海軍が大連港で改修作業を進める旧ソ連の航空母艦「ワリャーク」。中国初の空母となる同艦が、党創立90周年の7月1日に試験航行するとの情報が香港メディアをにぎわす。
真偽は定かでないが、資源確保を狙って外洋への進出を急ぐ中国に、国際社会は厳しい警戒の目を注ぐ。
「韜光養晦は人民の自国に対する自信を失わせる」。ジュネーブ外交国際関係大学院の張維為教授は最新の著書でこう述べた。北京の書店で党創立90周年の関連書籍と並んで置かれている同書は「中国はもはや発展途上国でない」と訴え、大国意識をくすぐる。
中国外交に詳しい中国人民大学国際関係学院の金燦栄副院長は「中国は韜光養晦の旗を降ろしていないが、経済発展に伴いより積極的な外交政策を求める声が増えているのは確かだ」と話す。
08年の金融危機からいち早く抜け出した中国は、世界に自国製品を買ってもらう立場から、3兆ドルを超す外貨準備で米国やユーロ圈の国債を買い支える立場に変わった。
「他国に遠慮する必要はない」との考え方が台頭するのは自然だ。資源確保の必要性から南沙(スプラトリー)諸島などを巡って他国との摩擦をいとわなくなった面もある。
小平氏の正当な後継者を自任する胡錦濤国家主席は韜光養晦を忠実に守ってきた。だが後継の地位を固めた習近平国家副主席がそれを引き継ぐかはわからない。
改革開放を支えてきた共産党の外交理念が揺らいでいるのは間違いない。