灼熱の中で作られる明珍火箸
スティービー・ワンダーさんが私のシンセサイザー音楽「月の光」を聴き、来日の折に「会いたい」と訪ねてきた。
お土産に「明珍火箸」を渡すと、すぐに音を聴き、たいそう喜んだ。
あれは何十年前のことだろう。
まだ蒸気機関車の時代、主要駅では燃料や水などを補給するため10分くらいの停車時間があり、弁当以外にも色々と売りに来た。
明珍火箸も姫路駅で停車中、たまさか買い求めただけだ。
東京に帰宅後、鳴らした瞬間の驚きは忘れない。
鋳型に流した鉄器では得られない妙なる音は間違いなく、灼熱の鍛冶屋仕事とともに育まれた本物だった。
1970年、大阪で開かれた万国博覧会では、黒川紀章さん設計の「東芝IHI館」全館の音楽を任された。
今のように音を自分のスタジオで作って持ち込むのではなく、現場で制作した時代、大阪のホテルでの拘束は3ヵ月に及んだ。
空き日を利用し、姫路駅を再訪した。
蒸気機関車は電車にとって代わられ、「もうホームで火箸は売らない。姫路城の売店ならある」という。
姫路城で明珍さんの工房の住所を教わって訪ねると、まさに灼熱地獄、大変な重労働の現場だった。
水風呂が備えてあり、熱に耐えられなくなるたび、ザブンと入る。
原理はサウナと同じだから、健康にいいのか、歴代長生きで「先代は103歳まで生きた」。
当主も健康そのもの、「先祖伝来の妙音といわれるが’、代が進むほど良い音ですよ」と指摘された時は、目からうろこが落ちる気がした。
ある楽器が昔どう弾かれていたかを調べるのは重要でも、製作者も演奏者も現代に生きる以上、いったん自分の体に入り込んで出した音でない限り、音楽にはならない。
私が明珍火箸を使うのも今、この音が素晴らしいと思い、創作に生かせるとの確信からだ。
最初は自作「源氏物語」のロンドン公演の際、ロンドン・フィルの打楽器奏者が雪の降る場面で何本か使った。
次いで司馬遼太郎さん原作のNHKドキュメンタリー番組の「街道をゆく」、さらに山田洋次監督の映画「武士の一分」……と大活躍してきた。
シンセサイザー以外では最も頼りになる楽器である。
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