文明のターンテーブルThe Turntable of Civilization

日本の時間、世界の時間。
The time of Japan, the time of the world

急変する日本周辺の安保環境に、首相の安保政策は取り残されている。安保3文書で一歩を踏み出した首相は、次の一歩を踏み出さなければならない。

2023年05月01日 21時43分35秒 | 全般

以下は本日の産経新聞に掲載されていた櫻井よしこさんの定期連載コラムからである。
本論文も彼女が最澄が定義した国宝、至上の国宝である事を証明している。
日本国民のみならず世界中の人たちが必読。

核戦略 日本目覚めよ

2月18日、北朝鮮は大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星15」を発射した。
2日後、戦術核運用部隊が短距離弾道ミサイルを日本海に向けて発射し、北朝鮮はいずれも「発射演習」だと発表した。
実戦配備済みの火星15は米国を、戦術核は日本と韓国を標的としたものだ。
その両方で彼らは実用に入っている。 
韓国の尹錫悦大統領はこの危機の意味を直ちに理解し、1月11日、祖国防衛には米国の核兵器の再配備か、自前の核の保有が必要だと表明した。
韓国国民の約70%が自前核の保有を支持し、保守系有力紙、朝鮮日報は2月20日の社説で「韓国独自の核保有しかない」と支持した。 
国防の危機の前に尹氏は日本との関係改善に励み、その成果を引っ提げてバイデン米大統領との会談に臨んだ。
両首脳は北朝鮮の核への抑止力強化をうたった「ワシントン宣言」を発表し、いざ有事のとき、米国の核運用計画の作成段階から韓国が協議に加わる核協議グループ(NCG)の新設を明記した。 
韓国も日本も安全保障を米国の核に依存するだけに、口シアの核使用を恐れてウクライナ戦争に軍事介入しない米国への不安が高まるのは当然だ。
米国が核の拡大抑止を言葉で強調するだけでは不安はもはや拭えない。
確実な誓約を取りつけるべく、尹氏は米韓首脳会談に臨んだ。
米国は韓国に核拡散防止条約(NPT)厳守と引き換えに、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)搭載の戦略原子力潜水艦を韓国に寄港させ、米軍の核戦力を定期的に目に見える形で展開して北朝鮮に見せつけることなどを公約した。 
米韓の合意は素早く実行されつつある。
米韓首脳会談当日、米海軍はオハイオ級原潜「メーン」がグアムの米軍基地に寄港中だと発表。
20基のSLBM「トライデントH」を搭載可能な戦略原潜がグアムに寄港するのは異例で、ミサイル発射命令など潜水艦への通信を中継する海軍機「E16B」も同時にグアムに展開中だ。北朝鮮の核の脅威から国と国民を守るという尹氏の必死さが、1980年代以来約40年ぶりに米国の核搭載原潜の韓国寄港を決めた。 
北朝鮮の核の危機に目覚め、自前の核開発まで主張した尹氏は「基本的に正しい」と、米外交専門誌「フォーリン・アフェアーズ」が論評した。
米ハーバード大ライシャワー日本研究所のジェニファー・リント氏らが同誌に寄稿した「韓国の核の選択肢」は、かつて欧州が旧ソ連の核に直面したのと同じ構造がアジアで再現されている中で、韓国が米国の意思確認に動くのは当然であり、韓国は北大西洋条約機構(NATO)の決断に学べと忠告する。
日本にも当てはまる論評だが、岸田文雄首相は北朝鮮や中国の核の脅威への危機感を本当のところ実感しているのだろうか。
かつて欧州が旧ソ連の柆の脅威に直面したとき、フランスのドゴール大統領が米国のケネディ大統領に、米国は本当にパリのためにニューヨークを犠牲にするかと尋ねた。
ケネディ氏は「する」との意思表示で保証しようとした。
だが、欧州指導者らは納得せず、米国は多数の戦術核を欧州に配備し、北大西洋条約機構(NATO)同盟諸国と核の共有体制を作らざるを得なかった。
それでも英国は1952年、フランスは60年に自前で核兵器を持ったと、米ハーバード大ライシャワー日本研究所のジェニファー・リント氏らは指摘する。
その文脈で、すなわち、核の共同使用や自前の核開発まで行ったNATOに韓国は学べと言っているのだ。 
リンド氏らは米韓の努力をもってしても北朝鮮の核の脅威を抑制できなければ、韓国が核武装の度合いを高める可能性、つまり核武装に至る可能性もあるが、「世界はそれを理解するだろう」とも書いた。 
韓国および日本が直面している危機はこれほど深刻なものであることを国際社会は冷静に理解している。
首相は年初に米ジョンズ・ホプキンズ大学高等国際関係大学院(SAIS)で講演し、前年12月に閣議決定した安全保障関連3文書について「戦後の安全保障政策を大きく転換する決断をした」と語った。
自身の決断は吉田茂、岸信介、安倍晋三の3首相による安保政策とともに「歴史上最重要の決定の一つ」だと誇った。
そこまではよい。
安保3文書も大いに評価する。
だが、首相が演説で語ったように歴史は大転換している。
北朝鮮だけでなく、ロシアのプーチン大統領は今年3月、米露の新戦略兵器削減条約(新SIART)が規定する核弾頭、ミサイルなどの相互査察を「ウクライナ戦争の最中、ばかげた芝居だ」として拒絶。
新STARTは2026年に期限切れとなり、核戦力増強に拍車がかかるだろう。 
ロシアとともに歴史の大転換を推し進め、中華式世界を築くと決意しているのが中国の習近平国家主席だ。
最重要手段の一つが最後に物をいう大規模核戦力の増強である。
米戦略軍司令官は1月26日、上下両院の軍事委員会に、陸上配備の固定式と移動式の新型大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射台数で米国は中国に凌駕(りょうが)されたと報告した。 
昨年、米国は核戦略指針「核態勢の見直し(NPR)」で、「2030年代までに米国は歴史上初めて戦略的な競争相手、また潜在的な敵対者として2大核大国と対峙(たいじ)することになる」と記述し、国防総省は35年までに中国の核弾頭は1500発に達する見込みだと報告した。 
日本が直面する中国の脅威は北朝鮮のそれとは次元が異なる。
にもかかわらず、安保3文書では日本国は核戦略の構築には触れていない。
国内総生産(GDP)比2%の防衛費確保はあえていえば、戦略ではなく戦術である。
急変する日本周辺の安保環境に、首相の安保政策は取り残されている。 
安保3文書で一歩を踏み出した首相は、次の一歩を踏み出さなければならない。
19日に開幕する先進7力国首脳会議(G7広島サミット)で自由主義陣営の安全保障の土台をなす核戦略を話し合うことだ。
中国の核戦力増強の最前線にさらされている日本の立場から問題提起し、中国への核抑止の具体策を論じ合い、日本が果たし得る役割を積極的に語ることが首相の責任であろう。
その上で、憲法改正こそ、岸田政権の公約であることを一瞬たりとも忘れてはならない。

 

 



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