以下は前章の続きである。
「たとえ反対でも裁可する」
天皇陛下のお叱りを受けて首相が辞職し、さらに亡くなったというのは大変なことだ。
そこで牧野仲顕や西園寺公望などのいい意味でリベラルな元老級の人たちが、若き天皇陛下に「立憲君主制ですからそういう発言はなさらないほうがよろしい」と諌めたらしい。
それ以後、天皇陛下は政府の方針に不満があっても一切、口を挟まなくなった。
昭和天皇ご自身がこう回顧されている。
「こんな云ひ方をしたのは、私の若気の至りであると今は考へてゐるが、とにかくそういふ云ひ方をした。それで田中は辞表を提出し、田中内閣は総辞職した。(中略)この事件あって以来、私は内閣の奏上する所のものは仮令(たとえ)自分が反対の意見を持つてゐても裁可を与へる事に決心した」(『昭和天皇独白録』文春文庫刊)
その結果、憲法上、日本の」番弱いところを露呈することになる。
明治憲法を作る時に、伊藤博文たちは首相を作らなかった。
首相になった人間が徳川幕府のようなものを作るのではないか、という心配が明治政府にあったからだ。
この感覚は後世の人にはわからないだろう。
徳川幕府がいかに強大であったか。
その幕府をどれだけの苦労をして倒したか。
それを知っている人たちが、首相という権力を作ることを避けたのである。
実際は内閣がなければ国が動かないので、明治18年(1885)に内閣職権というものができた。
明治憲法が発布されたのは明治22年(1889)だから、その4年前のことだ。
その内閣職権には首相の職務権限が記述されているが、明治憲法にはそれがない。
天皇が統治権を総攬し、「国務各大臣ハ天皇ヲ輔弼(ほひつ)シ其ノ責二任ス」と定められ、行政は各大臣の補弼により天皇自らが行なうとされていた。
そのような天皇陛下しか命令する人がいない法体制のなかで、なぜ日清・日露戦争で一糸乱れず戦い、勝利することができたかというと、元勲たちが健在で、元勲たちが推した人が首相になったからだ。
元勲と明治天皇は一体だと思われていたから、天皇陛下と首相とのタッグが組めてすべてがうまくいったのである。
ところが元勲たちが他界してしまうと、本当の中心は天皇陛下であるにもかかわらず、立憲君主制の原則に従って天皇陛下は発言せずに、政府だけで物事を進めるようになった。
そうして、5.15事件(昭和7年〈1932〉)のようなものが起こる土壌を作ってしまったのだ。
5.15事件で犬養毅首相を殺した青年将校は死刑にもならずに懲役15年で済み、しかも皇太子殿下(今上天皇)がお生まれになったので恩赦になった。
天皇陛下はいろいろおっしゃりたいことがあったと思うが、口を出されなかった。
そのような状態の天皇陛下が口を出されたのは2.26事件(昭和11年〈1936〉)の時だった。
当初、岡田啓介首相が殺害されたと伝えられたのを受けて、天皇陛下は青年将校たちを「反乱軍」だとおっしゃった。
当時、陸軍大将などの偉い人たちは腰抜けで、即座に反乱軍だと決めつけることができなかった。
下剋上の風潮がすでに蔓延していたからだ。
しかし天皇陛下にしてみれば、明らかに反乱軍だった。
なぜならば、軍隊が訓練以外で実弾を発砲できるのは平時編制から戦時編制に切り替えた時だけであり、その命令を出すのは天皇陛下だけだからだ。
命令も出していないのに、実弾が発砲された。
だから即座に反乱軍だと判断され、取り締まらないのなら御自分が近衛兵を連れて出ていくとまでおっしゃったのである。
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