以下は、2018年12月19日に出版された下記の本からである。
日本国民のみならず世界中の人達が必読。
はじめに
デフレ大好き人間たちー高橋洋一
本書は日経新聞(日本経済新聞)出身の田村秀男氏と大蔵省(現財務省)出身の筆者が、古巣の実態について語り尽くしたものだ。
行政とメディアはどのような関係を持っているか。政治家は財務省にどのように籠絡されるのか。
財務省は学者と新聞の論説委員を、日経新聞は学者を、どのように使っているのか……。
行政、メディア、学者の負のトライアングルの中で、日本経済についての本質論は置き去りにされてきた。
バブルとバブル崩壊についてトンチンカンな議論をし、デフレを放置して消費増税を行った。
その際、金融政策でトンチンカンに拍車をかけだのが「大蔵省の出張所」と筆者が呼ぶ日銀だ。
本書では日銀法改正の不純な動機についても語っている。
ここではそんな日銀の前総裁が披露した驚くべき認識について紹介しておきたい。
2013年に退任した日銀の白川方明前総裁が5年半の沈黙を破り、中央銀行について話した本が話題になっている(『中央銀行 セントラルバンカーの経験した39年』東洋経済新報社、2018年10月刊)。
著書は700ページ以上になるが、総裁当時などに日銀が公表したものからの引用が多く、突っ込みどころも満載である。
白川時代の日銀をどう評価するのが正しいのか。筆者の評価は、ハッキリ言えばデフレ脱却を妨げた戦犯である。
まず、2%のインフレ目標であるが、白川氏は、それを金融政策だけで達成するのは困難、と総裁時代からしきりに述べていた。
しかし達成できなかったのは、2014年4月からの消費増税が原因である。
消費増税までは、白川氏が反対していた異次元金融緩和政策によってインフレ率はいい感じで上昇していた。
14年5月には、消費増税による見かけの上昇分を除き、インフレ率は1.6%まで上昇していた。
消費増税がなければ、14年年内にも2%達成は確実であった。
しかし、消費増税により長期的な消費低迷に入り、それとともにインフレ率上昇にもブレーキがかかり、今日に至っている。
これらは、15年3月19日付け拙論「『2%インフレ目標未達』の批判は誤解で的外れ」(ダイヤモンド・オンライン)を参照されたい。
要するに、金融政策だけでインフレ目標2%は実施できたはずなので、白川氏の金融政策に関する予言は外れたのである。
白川氏の著作や発言から疑問なのは、何のために金融政策をやっているのか、本人もきちんと理解していないのではないか、ということだ。
この点が致命的である。
白川氏は、テレビのインタビューでも、中央銀行の役割は何かで意見が対立しているといっている。
白川氏の経済観では、我々は常に長期均衡の問題ない世界にいるかのようだ。
失業もなし、円高でもいいという具合だ。これは、かつてケインズが批判していた古典派経済学者と同じ構図だ。
ケインズは「長期的には、われわれみんな死んでいる」といった。
世界の常識は「金融政策が雇用政策」であるが、白川氏の著作や発言には雇用の話はまず出てこない。
しかも、著作では「インフレ目標2%の意味がわからない」という内容が書かれている。
これはある意味で正直であるが、そういう人が中央銀行総裁だったとは空恐ろしいことだ。
インフレ目標2%の理由は筒単だ。
最低の失業率を目指しても、ある下限(経済学ではNAIRU、インフレを加速しない失業率という)以下にはならずに、インフレ率ばかり
高くなってしまう。
そうした下限の失業率(これは日本では2%台半ばから前半)を達成するために最小のインフレ率が2%程度になっているからだ。
この意味で、インフレ目標は、中央銀行が失業率を下げたいために金融緩和をしすぎないような歯止め、逆にいえば、インフレ目標までは金融緩和が容認されるともいえる。
このような基本中の基本がわからないで、日銀総裁をやるから、その成果は散々であった。
雇用の観点から、白川氏の日銀総裁時代を評価すると、失業率について就任時08年4月は3.9%だったが、退任時の8年3月は4.1%であり、点数をつけられない。
リーマン・ショックや東日本大震災があったのは不運であったが、その対応でも落第である。
リーマン・ショック後の超円高に関するところに、それが端的に表れている。
当時各国中央銀行は失業率の上昇をおそれて大幅な金融緩和を行ったが、日銀はやらなかった。
その結果、円が各国通貨に比べて相対的に少なくなったので、その相対希少性から猛烈な円高になった。
これで苦しんだ企業は多かった。
しかし、その無策を反省するでもなく、「実質為替レートでみたら大した円高でないので、それを言うと叩かれるから放置した」という趣旨の記述が著作中にある。
逆にいえば、名目的な円高は大したことないのになぜ大騒ぎするのかという彼の告白である。
これには驚いた。
実質だけを見てデフレで実質所得が高くなるからいいだろうという、典型的な「デフレ思考」である。
その当時円高に苦しんだ人は、この白川氏の本音を聞いてどう思うだろうか。
デフレも円高も、円が、それぞれモノ、他国の通貨量に対して相対的な過小状況から引き起こされる現象である。
相対的に過小なので、通貨の価値が高くなり、その裏腹にモノの価値が下がりデフレになり、円の価値が高くなって円高というわけだ。
それが不味いのは雇用が失われるからだが、この人には金融政策で雇用を確保できるという考えがすっぽり抜けているので、デフレや円高が悪いものと思っていなかったのだろう。
このほかにも、人口減少デフレ原因論を長々と書いていたのにはあきれた。たしかに5年ほど前には一世を風靡した論だ。
が、いまでも人口減少は続いているにもかかわらず、デフレは脱却しつつあるので、もう否定されているものだ。
白川日銀時代、白川氏は人口減少デフレ論を展開したが失敗した経緯があった。
12年5月30日、日銀の国際シンポジウムでの講演で、白川氏は人口減少デフレを示したつもりだった。
しかし、これは国別データの取り方を恣意的にしたもので捏造レベルの問題だったので、筆者は月刊誌『FACTA』(2012年7月号)で恣意的な方法を含めて批判した。この日銀総裁講演や図は、さすがに今回の白川本にはでていない。
しかし、白川本では、「日本銀行は、デフレは低成長の原因ではなく、結果であると反論した。この点で興味深いのは先進国における(人口1人当たりの)潜在成長率と予想物価上昇率の関係である(注8)。これを見ると、両者の間には明確な正の相関関係が観察される(図10ー5)。」(341ぺージ)と書かれている。
そこで、注8で引用されているものを見ると、「米欧英では、中長期の予想インフレ率と潜在成長率が無相関」となっており、白川本の記述は間違っている。
要するに、まだ懲りずに、人口減少デフレ論を展開しているが、その論拠はデタラメだったわけだ。
また、白川氏は、日銀の所管外である日本財政について、危機であると本当に信じ込んでいる。
これも白川本に書かれているが、筆者からみれば信じがたい。
本書で詳しく述べるが、いまではIMF(国際通貨基金)でもそうではないと言い始めている。
いずれにしても、白川氏はまぎれもない消費増税積極論者である。
冒頭に述べたように、2%のインフレ目標が達成できなかったのは消費増税が原因である。
さらに、白川氏が消費増税賛成派なので、もし白川氏がいまも日銀総裁だったら、さらに酷いことになっていただろう。
というのは、金融政策で2%を達成できないというくらいで金融緩和は手抜きだろうから、当然2%には届かず、その上、消費増税なので、デフレに逆戻りだっただろう。こうした現実を見ると、白川氏はまさにデフレ大好き人間なのだと妙に納得してしまう。
この人が日銀総裁でなくて本当に良かった。
こういうデフレ大好き人間が、財務省や日経にもたくさんいて、日本経済のウソを拡散している。
それを本書であきらかにしたい。
2018年11月 高橋洋一