9月20日に書いた以下の文章を、再掲します。
特に、黒字化した部分を読んで下さい。それでは、京都に行ってきます。
まるで、神様が、芥川に、「京都物語」の書き出しと、一刻も早く、日本を糾しなさい、と告げているかのように、6時過ぎの京都市の天気予報では、完全に、曇りだったのに、見事な太陽が射しているのですから。
僕の時代には最も優秀な選手で最初から政治家に成ろう等と考える者は居なかった…ただ結果的には…我が母校の先輩の様に、大蔵省主計局長…エリートの頂点に到達し、当然ながら、仕事は国の運営を考える事…治国にとって一番大事な事は経済、文化はその後に付いてくる物だと言っても過言にはならない…政治に向かう優秀な人間は担保されていた。
世襲政治家の類がどんどん増えている今を作ったのは誰か?
私たちの国の大新聞やマスコミが認識している事と僕が認識している事は正反対。
185年前の不幸…文明のターンテーブルはまだ米国に廻っていなかった…植民地主義の連鎖の最後のチャンピオンだった英国に文明のターンテーブルが在った時代。
その時作った体制の必然としての、忌むべきファシズム、史上最悪の戦争。
何も無くなって…ヨーコ・オノが歌った様に…ヒロシマ、sky is always blue…頭上の空の青さが証明した自由を得た私たちは幸いな事に今の様な東京一極集中ではなかった。全国に俊秀が存在していた。みんな頑張った。そして奇跡を起こした…それは人口13億人である事で躍進している事とは違う、大事なものだった。
駄目にしたのは、貴方方が言う様な経済至上主義なんかじゃない…資本主義であるのだから経済至上主義になるのは当然な事。
貴方達の民主主義に骨が無かったのだ…自民党の田舎政治=旦那衆政治の延長=田舎で、貴方の両親や祖父母が、その人間に1票を入れる事が、国や世界にどう影響するのかなぞは、これっぽちも考えず、漁業協同組合や農協etc.が、貴方の父母、祖父母に「今回は、この先生に」と1票を取りまとめに来る。
ずっと旦那衆政治=封建主義と言ってもよい…アフガニスタン当たりの族長政治と何ら変わらないと言っても過言ではない…対立軸の労働組合勢力は負け続けて来た60年。豊かに成って、みんなが少しづつ或いは一気に知的になった。
僕は、神様が与えた試練通りに、完全なアウトサイダーとなって、先ずは生きる事にまい進した…実業の世界で、基本を繰り返して頑張った。20数年前、リタイアして書きだすべき時が一瞬在ったのだが、神様は、そうはさせなかった…今と成ってみれば、まだまだ、国の根幹の経済に対する勉強が、洞察が足りないぞ。だったのか
幼年から青年時代の家庭的な不幸の苦しみも簡単なものではなかったが、この20年の苦しみは、それ以上だったと思う…何故なら、それは経済的な苦しみ、事業家としての道を閉ざされた苦しみだったからだ。
当然ながら、僕は、今の様にして、言葉を書きだす余裕も無かった。貴方たちには山ほど有ったのに、田舎政治家が、民主主義の根源であるもの、何よりも大事なもの…言論の自由に対して、事あるごとに口を出していた時、
彼らの心臓を抉る言葉を発する事が出来る者が誰一人居なかった…つまり民主主義は全く完成されていなかった。
実業に着いて居ない貴方達の致命的怠慢…貴方たちの仕組みがそうさせたのだろう…記者クラブでの御用聞きを民主主義と勘違いして本当のジャーナリズムを見失った、自らの頭脳で考え、思索し続けていれば、こうは成らなかった。
元々、真の一流とは、常に本質を、根本を見るものだ。其処に「私」なぞないものだ。二流とは常に小手先を見、己を考えている者。
わたしたちの国の蹉跌は、最高レベルのマスコミが読書欄等の文化面に於いては一流、政治・経済に於いては二流であった事に依っている事は、僕の文章を通読して頂けたら分かるはず。
僕は一刻も早く、先ずTV6局を、地方に分散すべきだと提言する。
例えば、このアメーバに顕著な様に、驚くほどのタレント…そのうちの大半は可愛い人たちだ…が、居る。そして、その全てが東京に居る事。彼女、或いは彼らは、それぞれがメインとするTV局と一緒に地方に散らばるだろう。
地方は一瞬にして華やぐだけではなしに、猫も杓子も東京に向かう風潮も一瞬にして終わるのだ。
新聞や雑誌も、それぞれの地方に散らばるだろう。僕が、この事を言うまでは、政治家もマスコミも、中身の無い、魂のない地方分権を言っていた事に、読者諸兄は気づいたはず。
人が集まる、経済が栄える。マスコミよ、貴方達が自分を一流だと思っているのなら、率先して7大地方に分散すべきなのだ。何故?一流の知性のない所に一流の文化は育たないからだ。
経済の疲弊・衰退は、文化の疲弊・衰退をもたらす。
その結果が、この20年の、全ての地方に於ける殺人列島ジャパンの進展。
作ったのは誰か?自分の父母、祖父母が60年間進めて来た旦那衆政治、封建主義を批判する事を選択せず、己だけは東京に向かった。そのつけが来ているのであって、貴方達が言うように経済至上主義の結果では、100%ない。
その反対なのだ。毎日、朝から晩まで、どのチャンネルをひねっても、誰もが幸せそうに、着飾り、装い、美しく、笑ってる。
一方、取り残された地方に居る自分の生活は?何と言う落差!何と言う惨めさ。おまけに、この20年、働き口さへなくなった。
かつて高橋和己は、こう書いた「家を出て働きに行き、帰って憩うのが人生と考えるならば、そこに帝王さまは要らない」と。
今、貴方達が、90%の国民の前で、朝から…家を出る時から…憩うまで…自らを帝王と錯覚しだして、特に茶の間を支配している事の危険に気づいたら、即刻、地方に分散して、今の在り方を変える事を選択すべきだろう。
民放よ、君たちがやっていることは、新しい全体主義、そして君たちは、今、とんでもない愚か者なのに、帝王として、我が国に君臨しているのだ。本当のジャーナリストなら、そんな立場に居られる訳がないだろう。
今すぐ、地方に分散するのだ…貴方達の手本は当代最高の映画監督、山田洋次。彼が、特に、「男はつらいよ」で映像に焼き付けた日本各地の美しさ。
それぞれの地方に無数に在る、「美しい場所…How fair this place」…この世と、
あの世が繋がっている様な、美しい場所を映像に焼き付け、そこで哲学に思いを凝らす…私たちの有限の人生…生きて在る事、死する事…を映像に焼き付ける、それが映像に関わる人間の務めだろう。
殺人事件や、3万5千人にも上ろうかと言う自殺者が大幅に減少すると、僕は断言する。
何故なら、人を、最も絶望に追いやるものは、画面や新聞を通して立ち現れる、今を盛りの、貴方たち東京に居るかたがたの、眩しい程の華やかさに比して、
そんなつもりで生きて来たのではないのに、精一杯、必死で生きて来たのに、何の蓄えもなく、ただ醜く老いさらばえた、或いは、このまま朽ちて行くしかないと知る絶望以上に、生きる気力を奪ってしまうものは無いからだ。
貴方達は、自分たちが、今、地方に居て、或いは、働き口すらもない人たちが、貴方たちの眩さに絶望を感じる…貴方は…自分たちは、そんな存在ではない事を知っているはずだ…だからこそ、一刻も早く、貴方たちは、地方に分散すべきなのだ。
民放6社よ。新聞、雑誌社よ。
貴方たちの役割は、真実を描く、映す事であって、虚飾や愚かしさで、大地や海で生きている人たちに、絶望感を味わせる事ではないはずだ。
海にも山にも森にも、深めるべき思索は無限に在るぞ。
本当の思索が無いのは東京なのだと一刻も早く気付く事。それが、書く事、喋る事を生業とする貴方たちの喫緊の仕事です。