感想:池上俊一『魔女と聖女~ヨーロッパ中・近世の女たち~』

2006-09-25 01:27:52 | 本関係
1992年に出版された本書は、魔女狩りという現象がどのようにして生じたかを男性による女性観を中心に分析している。その中で、イブとマリアに連なる女性に対する両極端な見方が混在していることを明らかにし、その結果魔女狩りと同時期に聖女崇拝も盛んになったと述べている。またそこから女性の社会的・家庭的役割の変遷にも言及しており女性史の趣も強い。最終的には、女性が男性の(そしてキリスト教の)両極端な女性観の中でいかに向き合い、生きてきたかをうまく描き出していると思う。


その他私があまり西洋史に詳しくないのも関係しているかもしれないが、例えば十字軍に女性が(主に)妻として付き添い、戦場でも後方支援として活躍していたことなどは勉強になった。また女性が多くの本を所蔵し読んでいたという指摘も自分のイメージとは逆だったりなど、様々な示唆に富む内容だったと言える。


しかし、正直微妙なところが結構あるのも事実だ。まず時代区分についての説明がない上に、「中世後期」だとか「近世」「近代」といった単語を頻繁に使っている点がよくない。別に色々な時代区分を紹介して自分の時代区分の正当性を証明した上で使えとは(新書だし)言わないが、最低でも区分の中身(「初期中世は×世紀~○世紀」とか)とその分け方の根拠くらいは書いておくべきではないだろうか。でなくては、経済的要因で分けるようなものなのか、あるいは本書の中心となる思想史的な基準で分けたのか全くわからないくて混乱する。


また、筆者の主張なのか当時の認識の引用なのかがわかりにくい書き方をしている部分が特に前のほうで多かった。魔女狩りという内容上かなり酷い女性観が多く表れるので、そこははっきり分けたほうがよかったと思う。もっとも、前後の文脈を読んでいれば筆者の主張なのか当時の認識なのかは判別できるので、余計なお節介かもしれないが…あと、参考・引用文献の載せ方が悪い。巻末でまとめないのなら、文中できちんと書くべきだろう。


最後に構成の問題として、男性の女性観及び魔女狩りと、女性史という二つのことを扱ってしまったのがマイナスに作用していたように思う。その結果、個々のエピソードはおもしろいのだが、掘り下げが少し足りないため不完全燃焼のまま終わっているような印象がある。例えば、両極端な女性観を提示して聖女と認定された人々のあり方を具体的に述べていったことなどはおもしろかったのに、肝心の魔女のあり方についてはそこまで言及がなく、片手落ちという印象が拭えない。そうなったのも、後半が女性史に割かれていることに原因があるのではないか。男性(とキリスト教)が持つ女性観を提示し、それと女性自身の闘いや女性の実態を描いたのは悪くなかったと思うが、それを扱うならむしろ魔女狩りの話題を後ろに持ってくるなどした方がスッキリした構成になっただろう(もしかすると、魔女狩りの本があまりに多いのでその知識があるものと想定して書いているのかもしれないが、新書であることを考えればそれもあまり感心できない)。


その意味では、個別の内容がおもしろいだけにもったいないと思う。もしどちらか一方に限定して掘り下げて本を二冊に分けるなどすれば、もっとおもしろい本ができたのではないだろうか。とはいえ、西欧中世の女性に関して様々な発見を読者にもたらしてくれる素晴らしい本であると思う。魔女狩りや宗教を分析することに興味がない人に対しても、十分お勧めできる本と言えるだろう。

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