菅原貴与志の書庫

A Lawyer's Library

商法(旅客運送関係)改正に関する意見 その3

2015-01-12 00:00:00 | 空法

2 手荷物に関する責任
(1)受託手荷物

 受託手荷物に関する運送人の責任は,国内航空運送約款上,運送人が注意を怠らなかったこと証明しなければ責任を免れないのが通例です(過失推定責任)。かかる規律は,陸上運送や海上運送と同様であり(商法591条1項・786条1項),また,従来の実務にも適っているため,国内旅客運送の立法化に際し,これを商法に明文化することに問題はありません。

 ちなみに,国内航空運送の場合,受託手荷物の易損性の申告および取扱いに関し,約款上は,そもそも易損品を手荷物として引き受けないのが一般的です。仮に受託・運送した易損品に破損が生じたことが確認された場合にも,運送人の過失が認められない限り,運送人が賠償責任を負うことはありません(もっとも実務では,受託時に易損性の申告を受け,旅客の要望により運送を引き受けることもあります。その場合には,当該手荷物を特別な扱いとすることはできないこと,および運送の過程において破損が生じ得ることにつき旅客の同意を得ることとしているようです)。

 高価品についても,一般に受託手荷物として認めていません。ただし,到達地にて受託手荷物を返還した後に,受託手荷物に含めていた高価品が紛失したと旅客から申告を受ける事例はあり得えます。この場合,旅客による損害の立証に応じ,運送人として必要な賠償を行うこととなります。

 また,商法592条2項の供託・競売権の規律を航空運送に及ぼすことにも問題はありません

(2)携帯手荷物
 機内持込みの携帯手荷物(unchecked baggage)は,原則として旅客の管理下にありますから,過失責任の原則によっています。また,航空実務では,狭義の手荷物のみならず,着用の衣類等の汚損についても同様な処理がなされております。

 したがって,国内旅客運送の立法化に際し,現行商法の旅客に対する責任と同様に(商法592条・786条1項),過失責任原則を維持することは,従来の国内旅客航空運送の実務にも適っており,商法に明文化することに問題はありません。

 また,損害賠償額の定額化や運送人の責任の特別消滅事由等の規定を携帯手荷物にも準用する点について,特段の異議はありません。

 ちなみに,国内航空においては,運送約款上,各旅客につき15万円の責任限度額を定めるのが一般的です。また,旅客は,従価料金制度を利用し,荷物を預ける際に申告価額の15万円を超える部分について1万円毎に10円を支払うことにより,個別に限度額を引き上げることもできます。この点,陸上運送や国内海上運送の約款に責任限度額の定めがないことなどを踏まえると,商法に責任限度額に関する規律を定めるのではなく,当事者間の契約に委ねるべきではないかと考えます。


第3 運送人の権利,その他
 航空の実務においては,現状も,運賃に関する債権が1年の短期消滅時効に服するものとして取り扱われています。したがって,かかる現行法の規律の維持に異議はありません。

 なお,危険物の通知義務に関する規律については,省略いたします。     以上

商法(旅客運送関係)改正に関する意見 その2

2015-01-11 00:00:00 | 空法
第2 運送人の責任
 1 旅客に対する責任
(1)過失推定と旅客保

 国内旅客航空運送おいては,約款上,旅客の死亡・傷害について,当該損害の原因となる事故・事件が航空機内または乗降のための作業中に生じたものであるときは,運送人が賠償責任を負い,その損害を防止するために必要な措置をとったこと(または,とることができなかったこと)が証明された場合には免責されると規定するのが一般的です(過失推定責任)。

 したがって,国内旅客運送の立法化に際し,現行商法の旅客に対する責任と同様に(商法590条1項・786条1項),過失推定責任を維持することは,従来の実務にも適っているものと考えます。

(2)精神的損害に対する賠償責任
 ところで,国際航空運送においては,身体の傷害(bodily injury)に,純粋な精神的損害(pure mental injury)を含まないというのが,実務で定着した取扱いとなっています(条約17条1項参照。Eastern Airlines v. Floyd, 499 U.S. 530 (1991)。ちなみに,“bodily injury”の日本語公式訳は,従前の「障害」から「傷害」に変更されたため,わが国では純粋な精神的損害を除外する趣旨と解することもできそうです)。
 この点,国内法においては,民法710条が非財産的損害に対する賠償を認めていることから,純粋な精神的損害に対する賠償も認められる余地がなくはありません(東京地判昭和61年9月16日判時1206号7頁)。

 しかし,純粋な精神的苦痛が損害賠償の対象たり得るのは,判例上,債務者に故意・重過失による注意義務違反があり,それが信義則に著しく違反する行為態様であった場合(最判平成16年11月18日民集58巻8号2225頁)や被害者の生命・身体に危険が迫るような過酷な状態に長時間おかれた場合(健康の毀損(impairment of health)レベル。東京地判昭和61年4月30日判時1231号117頁,東京地判昭和61年9月16日判時1206号7頁)など,人格的利益が侵害された事例に限られているように見受けられます(奥田昌道『債権総論〔増補版〕』(悠々社・1992)209頁)。

 したがって,商法規定を検討するに際して,身体の傷害に純粋な精神的損害を含まない旨を明確化することをご検討いただきたいと考えます。

(3)延着責任
 航空貨物運送の実務では,延着が問題となる事例は多くありません。航空運送において実務的に問題となるのは,むしろ旅客および手荷物が延着した場合です。

 国内旅客運送約款上は,延着責任を認めた明文規定を設けていない例が多く,大幅な出発遅延・延着,欠航等の運航イレギュラーが生じる場合,運送人は,自社便・他社便その他交通機関への振替による輸送,または未使用航空券の払戻しなどの措置を講じることとするのが一般的です。

 確かに,国内航空運送における定時性・定刻性は,航空運送契約の重要な内容ですが,それが運送契約の本質的な要素であるのか否かについては,さらなる考察が必要でしょう。旅客運送契約では,運送人が人の「場所的移動」という仕事の完成を引き受けます。この所定の場所的な移動と運賃の支払いは,いずれの要素が欠けても旅客運送契約が成立しないという意味において,運送契約の本質的な要素です。

 これに対して,航空運送人が時刻表等に表示された予定時刻どおりに場所的移動を行うという意味での「定時性の確保」は,航空旅客運送契約の内容に含まれる一つの重要な要素ですが,かかる定時性が欠ければ運送契約も成立しないというわけではありません。特に航空運送の場合は,空中という特別な区域を航行することから,①天候等の自然的要因に強く左右されるほか,②高度な技術の集積を必要するために,航空交通管制システムその他の技術的・人為的な影響を受けやすく,③安全への高度な配慮および慎重な対応も講じる必要があるからです。特に航空機事故により発生する損害の深刻性を考えれば,運航の安全性の確保が第一義であり,これは定時性に優先せざるを得ません。

 したがって,運送人の支配できないリスクの顕在化等により,定時性に優先する事情が生じた場合には,債務不履行責任を否定すべきではないかと考えます(東京高判平成22年3月25日(判例集未登載・平成21年(ネ)第2761号)。なお,原審の千葉地裁松戸支判平成21年2月25日(判例集未登載・平成15年(ワ)第1131号)は,航空運送の定時性は手段債務であると判示しています)。

 ちなみに,実務において,延着から生じた損害(damage occasioned delay)とは,本件延着が発生しなかったならば得られたであろう利益(得べかりし利益)の喪失を意味することが大半です。そして,得べかりし利益の算定は,種々の証拠資料に基づき相当程度の蓋然性をもって評価せざるを得ません。すなわち,かかる損害の算定・評価は,あるべき状態への回復という観点からして,旅客個々人の具体的事情を考慮して行うこととなります(最判平成9年1月28日民集51巻1号78頁)。

 このように,延着損害については,その性質上,画一的に賠償額を定額化することが困難なのが通例です。近年,欧米を中心にゲートおよび滑走路・駐機場(tarmac)における大幅な遅延や欠航発生時等における旅客の権利および運送人の義務が詳細に規律される状況もありますが(EUにおける航空便の搭乗拒否・遅延・欠航に関する規則として,Regulation (EC) 261/2004 of the European Parliament and of the Council of 11 February 2004, establishing common rules on compensation and assistance to passengers in the event of denied boarding and of cancellation or long delay of flights, and repeating Regulation (EEC) No 295/91。同規則に基づき,3時間以上の延着に対して金銭補償義務を認めたECJ判決が,Judgment of the Court (Forth Chamber, Joined Cases C-402/07 Sturgeon v. Condor Flugdienst GmbH and C-432/07 Bock and Lepuschitz v. Air France SA), 19 November 2009。福村麻希子「EUにおける欠航・遅延に対する航空運送人の責任について」空法54号81頁),国内法制化に際しては,延着損害の賠償額に係る規律を当事者間の契約に委ねるべきものと考えます。

(4)商法590条に反する特約
 商法590条1項の規定に反する特約(旅客の死傷に関する運送人の責任に限る)で旅客に不利なものを無効とする規律を設けることは一考に値しますが,わが国の裁判実務において,事案に応じて適切な対処がなされてきた経緯等にかんがみますと,消費者保護法8条・10条による保護で足りるものと思われ,商法に新たな規律を設ける必要性は低いのではないかと考えます。

 なお,運送約款の締結時に旅客が約款の内容を確認しているかどうかは実務的に重要な視点ではありますが,これを過度に強調いたしますと,消費者間の公平や交渉コストの軽減といった約款の有益性まで損なわれてしまう場合もあり得ます。約款における各条項の拘束力は,運送約款ごとに検討することになりましょうが,旅客側の合理的な期待に合致する限りは当該約款に合意したものと扱い,それに反する条項には拘束力が及ばないと解釈すべきものと思います。この点,法律の定めに基づく行政認可を得た約款については,原則的に政令・省令を補完する規範性を認めてもよいと考えております(笹本幸祐「普通取引約款」北居功=高田晴仁『民法とつながる商法総則・商行為法』(商事法務・2013)394頁)。

(5)商法590条2項の削除
 この点は、削除に異議はありません。

商法(旅客運送関係)改正に関する意見 その1

2015-01-10 10:00:00 | 空法
 法制審議会商法(運送・海商関係)部会・旅客運送分科会に提出した「商法(旅客運送関係)改正に関する意見陳述書」の一部を参考までに掲出します。



第1 旅客運送契約
 1 商法の役割

 国内航空運送には,私法規制が存在しないため,専ら運送人の約款に基づいて対処されているのが現状です。もっとも,航空運送人の国内旅客運送約款は,1999年「国際航空運送についてのある規則の統一に関する条約」(いわゆるモントリオール条約。以下,「条約」)の前身となる1929年ワルソー条約の諸規定を取り込んで作成された経緯があり(名古屋高判平成13年2月8日(判例集未登載・平成12年(ネ)第779号)),条約ないしそれに準拠した国際航空運送約款の内容と著しい乖離があるものではありません。

 また,運送約款は,作成および改訂に際し,国土交通大臣の認可を受けており(航空法106条1項)。その認可に際しては,①公衆の正当な利益を害するおそれがないものであり,②運賃・料金の収受や運送に関する責任事項について法の要請を充足することが要求されます(同条2項)。このことから,現行の運送約款の諸規定は,公衆の正当な利益に関し,行政による一定の配慮が施されているものと考えているところです。

 国内航空運送に関しては,運送人の約款および一般法理に基づき,ほぼ対処できているのが実務の現状であり,国内運送法の不存在が具体的な不具合・支障を招来しているといった深刻な状況も認められません。加えて,約款による規律は,取り巻く環境の変化に応じて,実務に即した変更を適宜行うことができるという柔軟性にも優れている面があります。

 しかし,各約款の規定は,最終的に裁判所の判断によって無効となる可能性もないわけでなく(東京高判平成元年5月9日判時1308号28頁),運送実務が約款のみに依拠することは,法的に不安定な要素を含むことも否定できません。したがって,商法の現代化にあわせて,国内旅客運送の規律を法制化することには,実務的にも大きな意義が認められると思います。


 2 運送契約の定義
 運送契約は,運送人が荷送人に対し,出発地から到着地まで場所的に移動することを内容とする役務提供を引き受け,その対価として運賃を支払うことを内容とする契約であり(諾成・双務契約),所定の場所的な移動と運賃の支払いは,いずれの要素が欠けても運送契約が成立しないという意味において,運送契約の本質的な要素であると考えております。

 なお,旅客運送については,航空運送契約をパーツとして取り込む企画旅行契約との整合性の問題もあります。旅行業者は,旅行者との間に企画旅行契約を締結しますが,特に国内航空運送を含む場合,国際航空運送とは異なり,個々の旅行者に対して航空運送契約成立の証拠証券たる航空券は発行されることなく,搭乗日当日に運送人により搭乗券が交付されるのみです。この場合,実務上は,運送人と旅行業者および旅客・旅行者個人との契約関係について明確かつ統一的な解釈がなされておらず,相互の調整および理解が整理されていないように思われます。この点は,実務的な問題点の指摘のみを一応させていただきます。

個人情報保護をめぐる昨今の課題

2015-01-05 00:00:00 | 情報法

1 ベネッセ事件の教訓
 個人情報保護法が全面施行されてから約10年が経過したが、新聞報道等により公になった個人情報漏えい件数は、引き続き増加傾向にある。
 特に2014(平成26)年夏に発覚したベネッセコーポレーションの顧客情報漏えい事件では、現行法の問題点もいくつか浮き彫りになってきた。

 ベネッセ事件で流出したのは、本来的に脆弱な立場にある子どもたちの個人データであった。これらが自由に流通すれば、未成年者の利益が不当に侵害される危険も高まる。子どもないし未成年者の個人情報をセンシティブ情報に準じて取り扱うなどの配慮が検討されなければならない。
 また、第三者提供の制限(法23条)と名簿業者との関係も課題である。個人信用情報を悪用する名簿業者に対しては、現行法の規制が十分に機能しているのかを検証しなければならない。さらには、委託先の監督(法22条)の実効性も大いに問題となった。

2 個人情報保護法改正の動向
 政府の高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部は、2014(平成26)年6月24日、「パーソナルデータの利活用に関する制度改正大綱」を決定し、個人情報保護法の改正案を翌27年の通常国会に提出することを目指している。
 この改正の骨子には、個人情報の定義(法2条1項)の明確化(グレーゾーンへの対応)、本人の同意を必要としない利用のための新たな枠組み、第三者機関の設立のほか、利用目的の変更、オプトアウトや共同利用の取扱い、保存期間などの見直しが含まれている。
 最近のスマートフォンやSNSの普及により、ビッグデータのビジネス利用のプライバシー侵害や悪評などのリスクが顕在化しつつあるが、端末識別ID、位置情報、画像情報、SNSでの書き込みなど、他の情報と組み合わせて個人を特定できるグレーゾーン情報の増加には特に留意が必要であろう。こうした改正が実務に与える影響については注視していかなければならない。

 また、ベネッセ事件を受けて、昨2014(平成26)年12月、経済産業省の個人情報保護ガイドラインも改正された。企業の情報管理の強化を図るため、委託先による情報管理の再委託を原則禁止し、個人情報へのアクセスや取扱いを監視することなども求めている。

3 弁護士業務と個人情報
 こうした課題の一方で、個人情報漏えいを警戒するあまりの様々な「過剰対応」も依然として認められるところである。かかる「過剰反応」は、深刻な萎縮現象と混乱を社会全般にもたらすばかりでなく、行政の透明性を目的とした情報公開法制の趣旨に反する情報非開示の動きさえ助長するという弊害を生んでいる。
 こうした個人情報保護法の規定の拡大解釈や誤解が蔓延した結果、社会が共有すべき情報とプライバシーとが混同されるに至っている(最判平成15年9月12日判時1837号3頁は、自己が欲しない他者にはみだりに開示されたくないと考えることが自然な個人情報が、プライバシーとして法的保護の対象となるとしている)。

 最近の状況を踏まえれば、従来型のプライバシーないし人格権侵害の事案のみならず、個人情報の保護が問題となる場面がますます増えていくものと思われる。したがって、弁護士としては、これらの救済申立てや交渉について適切に対応していく必要があろう。

                    (法曹親和会 2015年政策綱領「個人情報と人権」より一部抜粋・修正)

謹賀新年

2015-01-01 00:00:00 | あいさつ

 新年あけましておめでとうございます。

  謹んで新春のお慶びを申し上げます。
  皆様のご健康とご多幸を心よりお祈りいたします。



                  平成27年元旦

                         菅原貴与志