新・落語で読む法律講座 第22講
ある端師(はたし)が、掘り出し物の骨董を探して、地方をずっと回っていた。中仙道熊谷在の茶店で、店の主人(おやじ)とよもやま話などをしているうちに、何の気なしに土間を見ると、猫が飯を食っている。その皿が、絵高麗の梅鉢の茶碗で、三百両は下らない代物。
「ははぁん、どうやら猫にこの皿で飯を食わせているようだ。そうすると、あの爺さん、この皿の価値が分かってないんだなぁ。ようし、なんとかふんだくってやろう。なあ爺さん、この猫くれねぇか。まだ他にもいるんだろう。一匹くれよ。ただで貰おうってんじゃないよ。鰹節代置いておこう。小判三枚で、これを売ってくれ」と持ちかけ、猫を三両で買い上げる。
そこで初めて気がついたかのように、「この皿で、猫に飯食わせていたのかい? 猫っていうのは神経質な生き物だから、皿が変わると食わないっていうから、この皿持っていって、これで食わせてやろう」。ところが、おやじは、「それは駄目です、皿ならこっちのを……」と、汚い欠けた皿を出す。
「こんなところに置いてありますが、高麗の梅鉢と言いまして、三百両くらいにはなるんです」、「それじゃあ、どうしてそんな高価な皿で猫に飯なんか食わせるんだい」、「へぇ、そうしておくと、ときどき猫が三両で売れますんで」。
実際には売る気のない高麗の梅鉢をおとりに、猫を売る。茶店の主人ではないが、われわれの日常でも、これと似たようなことがある。
たとえば、新聞に「眼鏡が半額8,000円」とか「フレームを買うとレンズ無料」と書かれた折込チラシが入っていたので、店に買いに行ったところ、「8,000円はフレーム代で、レンズ代は別なんです。合計で2万円いただきます」などという。あるいは、「無料レンズは合わないですよ。無理にかけても眼が疲れますからね」といわれ、高い有料レンズを買わされるハメになる。
このように、実際には売る気のない商品が広告されている。広告を見て店頭に買い物に行ってみると、店頭に商品がまったくない。広告商品と実際に販売されている商品とで、価格・品質・色・サイズ・柄・メーカーなどが違っている。広告では販売数量や販売時間等の制限がないのに、実際には制限されている等々、実際に行われる取引と相違がある広告を「おとり広告」とよび、不当表示のひとつとして規制の対象となる(景品表示法4条3号)。
広告で気に入った商品を、業者に問い合わせたとき、「残念ながら、それは売切れなのですが、別の商品がございます」などといわれた場合には、おとり広告の可能性もあり、それ以上は話を聴かないのが無難である。
かつて、おとり広告で社会問題化したものとして、ミシン販売にかかわる悪徳商法があった。安価なミシンを広告しておきながら、問い合わせた客には別の高額なミシンを販売するほか、無料点検と称して家庭を訪問しては、何十万円もするようなミシンを売りつける悪質な業者が横行し、被害が続出した。とくに訪問販売の場合には、消費者がわざわざ店舗に出かけなくてよいという長所がある反面、勧誘が不意打ち的であるし、現物をみずに購入してしまうことなどから、消費者トラブルが発生しやすい。
そこで、訪問販売や通信販売を公正にし、消費者トラブルの防止を図るために定められたのが「特定商取引に関する法律」である。この法律では、自宅訪問販売(営業所以外で申込みを受ける販売)、キャッチセールス(路上で声をかけ店舗へ連れて行って契約を迫る販売)、アポイントメントセールス(電話やハガキなどで呼び出して契約を迫る販売)について、契約書面の交付を受けてから8日間は無条件解約が認められている。これがご存知「クーリング・オフ」の制度である。
これとは逆に、茶店の主人のほうから、「この皿がほしいんなら、猫も一緒に買っとくれ」といえば、抱き合わせ販売の疑いがでてくる。抱き合わせ販売(英語では、”tying arrangement”)とは、独占禁止法19条に定める「不公正な取引方法」の一類型であり(独禁法2条9号・19条)、公正取引委員会によれば、「相手方に対し、不当に、商品又は役務の供給に併せて他の商品又は役務を自己又は自己の指定する事業者から購入させ、その他自己又は自己の指定する事業者と取引するように強制すること」とされている(一般指定10項)。
さて、噺に登場する「絵高麗の梅鉢」。その名前からは、朝鮮産と思われそうだが、実は中国・宋時代の陶磁である。数年前の話にはなるが、落語ブームの火付け役となった、宮藤官九郎脚本によるテレビドラマ『タイガー&ドラゴン』では、『猫の皿』の絵高麗の梅鉢が、ヴィンテージもののジーンズとリンクされていた点が面白かった。
【楽屋帖】
原作は、滝亭鯉丈(?~1841)が文政4(1821)年に出版した滑稽本『大山道中膝栗毛』中の一話。過去には五代目古今亭志ん生や三代目三遊亭金馬がよく口演していた。
ところで、抱き合わせ販売といえば、平成10(1998)年、マイクロソフト社の日本法人が家電メーカーに対し、自社のアプリケーション・ソフト(エクセルとワード)の抱き合わせによる販売を強制したとして、公正取引委員会より指摘を受けた事件が有名だ。
また、愛知万博(愛・地球博)でも一騒動が起きた。平成17(2005)年3月28日、万博会場内への飲食物の持込み禁止について、名古屋・仙台・札幌の弁護士3人が公正取引委員会に告発したという。当時の報道によれば、野球場などと異なり、瓶・缶類は危険物とはならないのに、入場者は、指定した飲食物販売業者と取引するよう強制されているとし、こうした制約が「抱き合わせ販売」にあたると訴えたらしい。この告発内容の当否はともかく、その後、時の小泉首相の鶴の一声により、一転して弁当の持込みは解禁となっている。