菅原貴与志の書庫

A Lawyer's Library

日本空法学会

2012-05-26 00:00:00 | 学会・研究会

 昨日、航空会館で開催された日本空法学会の理事会・総会と研究報告に出席しました。

     
 

 今回の研究報告のテーマは次のとおりでした。
1「衛星の所有権移転に伴う『打上げ国』の損害責任問題」青木節子(慶應義塾大学)
2「航空機産業に対するWTO補助金協定の適用」米谷三以(経済産業省)
3「国内旅客航空運送契約における『延着』責任に関する一考察」松嶋隆弘(日本大学)
4「EU規則における欠航・遅延に関する航空運送人の責任について」福村麻希子(全日本空輸)

 前記3および4は、Delayに関する運送人の責任について、松嶋教授が国内裁判例を考察され、また、福村氏がEU規則とEU判例を丁寧に分析しており、実務的にも意義深い研究報告だと思いました。
 ちなみに、松嶋教授が研究報告の題材とした東京高判平成22年3月25日は、私が主任訴訟代理人を務めた事件です。

欧米の契約観について(2)

2012-05-25 00:00:00 | 国際法務

国際法務入門 第22回
 疑義解決条項とEntire Agreement Clause

 国内契約には「本契約の内容につき疑義または紛争が生じた場合には、当事者において誠意をもって協議し、円満なる解決を図るものとする」といった疑義解決条項を入れるのが通常である。契約書に書かれていないことでも、後で話合いによって円満に解決しようという趣旨だ。ところが、国際契約にこのような疑義解決条項に対応するものは見当たらない 。
 これに対して、英文契約には、次のような完全合意条項(Entire Agreement Clause)と呼ばれる条項が書かれている。

 This Agreement constitutes the entire and only agreement between the parties hereto with respect to the subject matter hereof and supersedes and replaces any and all prior agreements or understandings, written or oral, expressed or implied, between the parties hereto.
(この契約は、本件に関する両当事者の合意の唯一すべてであって、本契約締結前における当事者間の書面または口頭、明示または黙示のすべての契約または了解にかかわるものである)

 これは当事者間の合意は契約書に書かれたことがすべてであって、逆に契約書に書かれていないことは合意していないことを意味している。要するに、後で契約内容に疑義が生じないためにこそ、契約書を交わすのである。だからこそ、そこに国内契約のような疑義解決条項を入れてしまえば、いったい何のために契約を交わすのか分からなくなってしまうというわけだ。
 欧米のビジネス・パースンにとって、疑義解決条項の存在はおよそ理解されない。その意味で、英文契約における完全合意条項は、国内契約の疑義解決条項とは、いわば正反対の考え方といえよう。

(次回に続く)

『悋気の火の玉』 悋気は女のつつしむところ?

2012-05-17 00:00:00 | 落語と法律
新・落語で読む法律講座 第17講

 浅草花川戸に立花屋という鼻緒問屋があった。ここの旦那が、女というものはわが女房より知らないという堅い男。
 あるとき仲間の寄合いの二次会で、悪友にさそわれて吉原に行った。遊んでみると、なるほどおもしろい。
 というわけで、たび重なるうちに、根が商人だから、算盤(そろばん)をはじいて考えた。こんなことをしていたら、いくら金があってもたまらない。
 そこで、馴染みの女を身請けし、根岸に妾宅をかまえた。

 はなのうち立花屋は、本宅に月二十日、妾宅へ十日と泊まっていたが、そのうち、妾宅のほうへ二十日、本宅に十日と、モノが逆になってくる……。

     

 こうなると、別居して本妻を顧みなくなっていくというのが、よくある話。可愛い子供でもいれば、妻の人生への希望はその子だけだ。
 ところが、そういう亭主に限って、月々の生活費もろくに渡さなくなって、ついには妻子の生活も破たんに向かっていく。しかしながら、妻としては、さしあたり離婚は避けたいところだろう。

 夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならないし(民法752条)、夫婦は、その資産・収入その他一切の事情を考慮して、婚姻から生ずる費用を分担することになっている(同760条)。
 妻が家事・育児に専念している場合には、夫は必要な生活費を渡さなければならない。妻にも子にもそれを請求する権利がある。その金額は「夫婦双方が同じ程度の生活を維持するに足りるものでなければならない」というのが裁判所の考え方だ。

 夫が渡すならよし、応じなければ、家庭裁判所に「生活費を毎月いくら支払ってほしい」と申立てをする。これを婚姻費用分担の調停申立てという。家裁での調停(要するに話合い)でまとまらなければ、審判で支払いが命じられる。

 立花屋の旦那の場合は、完全な別居をしているわけではないし、本宅の経済生活も従来どおり維持されている。したがって、婚姻費用分担といった問題は生じない。さしずめ現代ならば、奥方としては、家裁に夫婦関係調整の調停を申し立てることになりそうである。

 しかし、この噺、『悋気の火の玉』ではそうならず、女同士の壮絶なバトルが繰り広げられることとなる。

       

 女の存在に気づいた花川戸の本妻が、わら人形に五寸釘で祈り殺そうとする。これを根岸の妾宅で聞いたお妾さんも六寸釘で対抗するうちに、お互いの念が通じたものか、二人がほとんど同時にころッと亡くなった。

 旦那が葬式をふたつ出した後のこと、立花屋から陰火が上がったかと思うと、根岸のほうへむかっていく。根岸の妾宅からも陰火が上がり、ふワふワふワふワと花川戸のほうへ。
 ちょうど下谷の大音寺前のところで、この火の玉と火の玉がぶつかりあい、火花をちらすという、えらい騒動。近所で評判になってしまった。

 これには旦那も困り、ある夜、大音寺前に出かけていく。
 まずお妾さんの火の玉が根岸からきた。煙草の火に困っていた旦那は、火の玉で火をつけて一服しながら、お妾さんを説得していると、本妻の火の玉もやってきた。本妻の火の玉でも煙草を吸うため、旦那がひょいッと煙管(キセル)を持っていこうとすると、火の玉がすうウッとそれて……、
「あたしのじゃ、うまくないでしょ、ふン」

     



【楽屋帖】
 桜川慈悲成(さくらがわじひなり)の笑い話本『延命養談数』(1833)所蔵の「火の玉」という小噺が原話。1770年ころ、吉原江戸町の上総屋で起こった本妻・妾呪詛合戦事件という実話を基にした噺である。


知彼知己、百戦不殆

2012-05-09 00:00:00 | 伝える言葉
◆伝える言葉(5)◆


 知彼知己、百戦不殆  (『孫子』謀攻篇)



 春秋時代の中国、呉王闔閭(こうりょ)に仕えて、にわかに呉の国を列強の地位に押し上げた名将がいた。その名は孫武(そんぶ)。かの『孫子』という書物は、彼の遺著とされている。内容が実に教訓に富んでいるため、後世永く兵法の聖典として尊重されてきた。
 その『孫子』の名言の一つに「彼を知り己を知れば、百戦あやうからず」という句がある。戦争を始めるには、何よりもまず相手を知り、そして自分を知ることだ。そうすれば、決して負けることはない。この理は戦争でもビジネスでも同じである。

日本企業のガバナンス(三田評論)

2012-05-08 21:09:56 | 菅原の論稿

 慶應義塾機関誌『三田評論』今月(1156)号の特集は「日本企業のガバナンス」。

 コーポレート・ガバナンスという言葉が日本に定着して約20年になります。昨年相次いで日本の大企業で起こった不祥事をきかっけに、日本企業のガバナンスをあらためて問い直す動きが高まるなか、企業のガバナンスを支える社会のあり方、歴史や文化を踏まえた日本ならではの特徴まで踏み込み、グローバル時代を生きる日本企業にとって最適なガバナンスを考えていく特集です。

 本特集の「〈座談会〉問い直されるコーポレート・ガバナンス」では、企業法務の立場から若干の私見を申し上げました。

(出席者)
亀川雅人(立教大学大学院ビジネスデザイン研究科(経営学部)教授)
八田進二(青山学院大学大学院会計プロフェッション研究科長・教授・塾員)
矢島 格(前農林中金総合研究所調査第二部長、上武大学ビジネス情報学部教授・塾員)
菊澤研宗(慶應義塾大学商学部教授)
菅原貴与志

講義録: 株式会社の基本構造(5) ~債権者保護の必要性(後編)

2012-05-01 00:00:00 | 会社法学への誘い

 この株主有限責任の原則と所有と経営の分離の結果、会社と取引関係に入った第三者にとって、自らの債権の担保・引当てとなるのは会社財産だけです。この第三者には、取引先ばかりでなく、会社の不法行為による損害賠償請求権を取得した債権者も含まれます。
 このように、株式会社制度を前提とすれば、会社財産のみが債権者の唯一の担保となりますから、その分、債権者の保護ということがきわめて重要な課題となるのです。

 たとえば、「今日から取引をお願いいたします」と言って、名刺を見せたら、その会社が株式会社の場合、「なんだ、おたくは株式会社ですか。そりゃちょっと困るな。おたくは株主有限責任の原則と所有と経営の分離を採るわけでしょう。債権が焦げ付いちゃった時には回収できないじゃないですか」などと言われてしまいます。
 先ほども説明しましたが、株式会社は現代資本主義経済社会における重要なプレイヤーですから、そこに取引先が付かなければ、市場経済を発展・維持することができなくなります。何とか制度的に債権者の立場を底上げしてあげる必要がでてきます。そこで、株式会社を中心とした会社法では、株主の保護や経営者の意向と同じぐらいに会社債権者の保護を強調するわけです。

(次回に続く)