菅原貴与志の書庫

A Lawyer's Library

不法行為による損害賠償請求権の取扱いと合意による時効期間の変更

2011-08-31 00:00:00 | 債権法改正
第5 消滅時効
3.<不法行為による損害賠償請求権の取扱い>

・ 債務不履行と不法行為とでは、債権者・債務者の関係が根本的に異なるわけですから、時効期間についても、整合性を図る必要はないのではないかと思料します。

4.<合意による時効期間の変更>
・ 合意によって時効期間の短縮を認めた場合、債権者に有利である一方、債務者には不利に働くわけですから、消費者や取引上劣位にある事業者に対する保護を検討する必要があるかもしれません。しかし、こうした弱者保護の法制は、債権法改正ではなく、むしろ消費者保護法や競争法の政策論議にて配慮すべき次元ではないかと思います。
・ この場合、かかる「合意」については、書面によるなどの手続面での工夫が必要だと考えます。
・ また、契約ごとに時効が異なり債権管理が複雑化するという疑問もありますが、それは本件特有の問題とも思われず、契約自由の原則(当事者の自己決定)に委ねてもよいのではないかと考えます。

 以上は、経産省「債権法改正検討WG」委員として意見具申した概要を連載しています(6/08参照)。

法律学に親しむ~法学中級講座 in OSA

2011-08-27 00:00:00 | 会社法学への誘い
 本日、慶應大阪リバーサイドキャンパスの「法律学に親しむ~法学中級講座」に出講します。

 大阪リバーサイドキャンパスは、大阪市福島区の堂島川に面した福沢諭吉誕生地記念碑の近くにあります(朝日放送の隣り)。



 テーマは『経営者責任の法的構造』。
 
 近年はコンプライアンス経営が強調され、司法の場で企業経営者には厳しい法的責任が問わる場面も認められます。経営者やこれを支える幹部従業員にとって、法令を遵守した事業運営が重要な課題となっているわけです。



 そこで、本講では、具体的な事例を題材にしながら、取締役と会社の関係、善管注意義務と忠実義務、任務懈怠責任と損害賠償請求権、経営判断の原則など会社法上の諸問題について、体系的かつ実務的に検討します。

 特に任務懈怠責任の法的構造や利益相反に対する法の非難性は、実務的にも重要な論点ですので、これらを理論的に解明していきたいと思います。

消滅時効(起算点)

2011-08-24 00:00:00 | 債権法改正
第5 消滅時効
2.<起算点>

・ わが国の時効期間の起算点に関する解釈は、過去の判例の集積により、諸外国の法制と比較しても、一定の安定感が認められると感じます。たとえば、米国等でstatute of limitationが問題になると、刑事・民事にかかわらず、関係者によって起算点の解釈が異なるという実例にしばしば接します。
・ したがって、基本的に、起算点に関する現行法を改正する必要性は高くないのではないかと考えます。
・ 仮に前記(時効期間)のとおり、時効期間を5年に統一した場合、債権者の権利行使を確保する必要から、主観的起算点を明文化することも検討はできましょう。その場合においても、「債権者に権利行使を期待できる事情が生じたとき」など、ある程度の客観的要素を含めるべきだと考えます。


 以上は、経産省「債権法改正検討WG」委員として意見具申した概要を連載しています(6/08参照)。

『船徳』 勘当した息子にゃ、びた一文譲れない

2011-08-20 00:00:00 | 落語と法律
新・落語で読む法律講座 第9講

 落語には、道楽息子の若旦那が多数登場する。『船徳(ふなとく)』の徳さんも、もとはと言えば歴とした御大家の若旦那だが、遊びすぎて勘当された。

 三代目円遊によれば、徳さん曰く「近所でいろいろ手を回して様子を聞いたところが、とうとう養子が決まって、あの家へ直(なお)れんようなことになったと聞きました。全体廃嫡などされる心得はないけれども、親がすっかりそのようにして、長男除きをされっちまいまして……」とのこと。もう親子の縁を切りたいほどの放蕩ぶりだったのだろう。それにしても、勘当されたうえ、養子までとったとあっては、穏やかじゃない。



 もし息子が、暴力団員まがいの仲間とつきあい、消費者金融からの多額な借金を尻拭いさせられたかと思うと、通帳と印鑑を勝手に持ち出して預金を引き出し、はては親を殴ったり蹴ったりする、そんな不孝者ならば、「倅(せがれ)とは親子の縁を切って、まじめに働いている孝行娘に全部相続させたい」という気持ちになるかもしれない。

 しかし、現代では、昔のように勘当(親が不良の子を除籍すること)して、親子の縁を切り、相続権を奪うことはできない。それじゃあ、どうするか。

 遺言によって法定の相続分を変更し、孝行娘に財産の大半を相続させるという手がある。そう遺言書に書いておけばいい。しかし、親不孝の息子にも「遺留分」がある。遺留分とは、これだけは相続人に確保しなければならないという、相続財産の最低限度のことだ(相続人が妻と子供二人の場合ならば、倅の遺留分は遺産全部の八分の一。民法1028条)。したがって、息子の相続分をまったくのゼロとするわけにはいかない。それならば、「倅にはびた一文財産を相続させたくない」という場合に何か方法はないものだろうか。

 親(被相続人)に虐待や重大な侮辱を加えたり、息子(推定相続人)に著しい非行があったときには、家庭裁判所に請求し、裁判所が理由ありと認めれば、審判によって息子の相続権を剥奪するという制度がある(同892条)。これを「推定相続人の廃除」といい、遺言によってすることも可能である(同893条)。ちなみに、徳さんくらいの道楽では、とても廃除は認められない。

     *  *  *



 徳さんが、船宿の二階で居候している。そのうちにどうしても船頭になりたくなって、親方が止めるのも聞かずに船頭に。

 浅草観音の四万六千日の暑い盛り、偶々ほかの船頭が出払っているときに二人の客がきた。女将が船頭がいないからと断るが、まだろくに船を漕げないくせに徳さんが行きたがり、客を乗せて漕ぎ出すこととなる。ところが、船がグルグル回ったり、石垣に張りついちまったり、しまいにゃひどく揺れたりと大騒ぎ。やっとのことで近くまで来たが、とても桟橋まで着かないので、客の一人がやむなく浅瀬の中を歩くことにし、もう一人の相棒をおぶって岸にやっと上がった。

  振り返ったお客が「だいじょうぶかい。しっかりおしぃ」と声をかけるが、徳さんのほうは、もう真っ青になってへたり込んでしまっている。
「お客さま、お上がりんなりましたらねえ、船頭オひとり雇ってくださいまし」。





【楽屋帳】
 幕末に活躍した初代古今亭志ん生作の「お初徳兵衛浮名桟橋」が原話。この噺の発端を初代三遊亭円遊が滑稽噺として改作・独立させたのが現行の型。黒門町の師匠・八代目桂文楽の十八番でもあり、「四万六千日(しまんろくせんにち)、お暑いさかりでございます」の一言から語り始めていた。
 享保年間(1716~36年)ころから、7月10日の浅草寺の縁日に参拝すると46,000日(約126年)分のご利益(功徳)が得られると言われてきた、これが「四万六千日」である。
 推定相続人の廃除であるが、この申立てがあった場合、家庭裁判所はきわめて慎重に審議するのが実務であり、現実に廃除が認められた事例は少ない。また、遺言による廃除についても、推定相続人が異議を申し立てれば、認められない場合が大半となっている。

消滅時効(時効期間)

2011-08-17 00:00:00 | 債権法改正
第5 消滅時効
1.<時効期間>

・ 現行法の職種による区別には合理性が認めがたいと考えます。
・ また、商品売買に関する規定ぶりの汎用性から、多くの職場で2年を時効管理の基本的な期間としている企業が多いと思いますが(民173①)、1年365日24時間に多数の債権債務関係が累積する事業実態を考えると、2年という期間はあまりにも短いという実感を抱きます。
・ 以上のとおり、現行の短期消滅時効制度には、実務に無用な混乱を生じさせている面が否定できませんので、単純化すべきとの見解に賛成します。
・ その場合の期間としては、前記実務の観点から、5年を基本にすべきではないかと考えます(商522)。
・ なお、国際的な整合性という議論もありますが、、「整合性」というには、あまりにも諸外国の法制に違いがあるとの実務感覚を抱いており、それほど過大に意識する必要はないのではないかと思います。

 以上は、経産省「債権法改正検討WG」委員として意見具申した概要を連載しています(6/08参照)。


就職か,就業か(2)

2011-08-15 00:00:00 | 法曹への志し
本気(マジ)で法曹を志すならば(7)


 企業法務と呼ばれる分野をみても,組織内の法務部門に弁護士有資格者がいない場合,簡易裁判所の手続を除き,民事訴訟,仮差押・仮処分などの民事保全,民事執行といった手続を遂行するためには,外部の弁護士に委任せざるを得ません。やはり日本の弁護士の場合は,諸外国と比較しても,訴訟その他の紛争解決に活動の本籍があるのです。あえて誤解を恐れずにいうならば,訴訟実務を担う弁護士(litigation lawyer)としての経験の浅い法曹に対しては,企業の信頼性も一般的に低い傾向があります。

 英国では,法廷弁護士(barrister)と,原則として法廷活動を行わない事務弁護士(solicitor)という2種類の弁護士がいます。この点,日本の弁護士は,どちらかというと前者のバリスターに近いのではないでしょうか。別に訴訟関連の仕事ばかりをしろとはいいませんが,世間の見る目や社会の期待にかんがみますと,訴訟活動がきちんとできたうえで,他の専門性あるいは職域の広がりがあるのではないかと思います。

(次回に続く)

準拠法

2011-08-10 00:00:00 | 国際法務
国際法務入門 第8回

 国内契約で問題にならないものに、準拠法(governing law)条項がある。準拠法とは、紛争が生じた場合に、どちらの国の法律によって解決するかということだ。

 This Agreement shall be governed by and construed in accordance with the law of Japan.
(この契約は、日本の法律に準拠し、これに従って解釈される)

 双方とも自国の法律の摘要を主張するのが一般的であるが、結局のところ、両者の力関係により決定されしまう。
 しがって、もしニューヨーク州法やカリフォルニア州法、あるいは英国法など、国際的に通用するような法律ならば、あまり準拠法にはこだわらず、ここを譲って、他の実質的な条件(たとえば、価格の引下げ)で「実を取る」という方法もある。

(次回に続く)



損害賠償の範囲(その他)

2011-08-09 00:00:00 | 債権法改正
第4 損害賠償の範囲
4.<その他>

・ 契約上に責任制限がある場合でも、故意・重過失によりbreakableとなるはずですが、これに関する明文規定は現在ありません。この点についての規定整備についても、検討すべきではないかと思います。
・ かねてより、結果債務と手段債務とでは、実務上、損害賠償請求権の発生事由や賠償範囲にも差異が生じるのではないかとの疑問を感じておりますが、この点に関する指針が現行法には見当たりません。この点も検討すべきものと考えます。
・ ①物損に慰謝料請求権が認められる場合の判例、②債務不履行における慰謝料請求権の可否などについても、何らかの明文化を検討すべきではないでしょうか。ちなみに、わが国私法の枠組みの中では、原則として、この種の精神的苦痛が損害賠償の対象になるとは解釈されていないものと理解しています(例外的な場合として、最判H16.11.18、東京地判S61.4.30、東京地判S61.9.16、新潟地判長岡支部H12.3.30等)。

 以上は、経産省「債権法改正検討WG」委員として意見具申した概要を連載しています(6/08参照)。

損害賠償の範囲(予見可能性)

2011-08-03 00:00:00 | 債権法改正
第4 損害賠償の範囲
3.<予見可能性>

・ 企業の契約実務では、事前に損害発生の可能性を予見し、これをできる限り契約文言に反映させるように努め、リスクの軽減を図っています。
・ しかし、契約に取り込まれた損害発生の可能性は、損害賠償請求の要件事実では「債務不履行の事実」として発現するのであって(総説①)、416条2項の予見可能性の問題(同④)とは次元を異にするものでしょう。
・ また、従前の損害賠償実務からすれば、前記(総説)のとおり、予見可能性は、特別損害の場合に問題となるものと考えます。すなわち、特別損害を検討するに際し、債権者にその予見可能性(=債務者が予見し又は予見しうべきであったこと)の主張・立証が要求されるのではないでしょうか(債権者側に立証責任)。
・ この場合、予見の主体は、債務不履行の主体(=債務者)と解するのが自然です。また、予見の時期も、帰責性(④)に関するものと考えれば、行為責任の考え方からも、それは債務履行時または債務不履行時であって、契約締結時ではないと思います。
・ また、予見の対象を損害(ないし、それを含む事情)とすれば、損害の発生と数額(総説②)は債務者のみが知りうるところですから、その点からも、予見の主体=債務者となるはずです。
・ 企業実務においては、契約締結時に予見可能な事実があれば、契約の中に取り込むのが一般的だと思います。仮に書面による合意がなかったとしても、当事者双方で予見可能性を確認できるのであれば(あるいは、当事者の合理的意思解釈にて)、そこに契約の拘束力を認めてもよいように感じます。しかし、かかる事由の発生は、契約時の予見可能性を問うような帰責性の問題ではなく(④)、債務不履行の事実の発生と考えれば足りるのではないでしょうか(①)。

 以上は、経産省「債権法改正検討WG」委員として意見具申した概要を連載しています(6/08参照)。