菅原貴与志の書庫

A Lawyer's Library

監査・監督委員会制度(1)

2011-09-29 00:00:00 | 会社法制の見直し
制度の概略と議論の経緯

1.制度の概略
 法務省が年内の試案公表をめざし、法制審議会会社法部会において「監査・監督委員会」(仮称)が議論されています。
 具体的には、監査役、指名委員会・報酬委員会を置かず、社外取締役が構成員となる委員会(監査・監督委員会)が監査等を担うという機関設計(「監査・監督委員会設置会社))を新たに導入するものです。

2.そもそもどうしてこのような議論がされるようになったのか。
(1)監査役制度の限界  ~機能面と比較法的視点
 過去の商法改正をみれば、ある意味で監査役の権限強化と独立性確保の歴史であったといえましょう。にもかかわらず、企業不祥事は後を絶たず、監査役による監査の限界が指摘されてきました。
 また、他国の会社法制には、わが国監査役と同様の制度が見当たりません。このため、企業不祥事が続発するたびに、諸外国からは「監査役制度が機能していない」との批判を受けやすいという(ある意味気の毒な?)側面もあったでしょう。

(2)委員会設置会社の導入と実情
 平成14年の商法改正において、米国の会社組織に類似した委員会設置会社(当時は「委員会等設置会社」と呼称していました)が導入されました。
 そのころ、識者の中には、あたかも委員会設置会社が、従来型の監査役設置会社よりもガバナンス面で優位な制度であるかのような見解も少なくありませんでした。特に社外取締役による監督機能に期待する意見が多かったように思います。
 また、ガバナンスにおいて優れているかどうかはともかくとして、対外的に(たとえば、外国人投資家にとって)分かりやすい組織だとの評価もありました。
 しかしながら、委員会設置会社の機関構成を選択した企業は、現在きわめて少数派です(導入企業の例としては、日立・東芝・大手証券)。その理由は各企業の事情によるでしょうから、一概には言えません。おそらくは、①複数名の社外取締役を採用しなければならないこと(外部者の経営に対する干渉、社外取締役の人材難)、②指名委員会・報酬委員会の設置が強制されること(外部者に役員人事や報酬の決定を委ねることに対する抵抗感)が、企業経営者に嫌われる理由だと思います。

(3)社外取締役の導入促進策
 そこで、より社外取締役による監督機能が発揮できるような「第三の制度」が議論されるようになったのではないでしょうか。
 要するに、監査・監督委員会の議論には、社外取締役の導入促進策の側面を否定することができないのです。


(10/3に続く)

『大工調べ』 道具箱を質物(かた)に

2011-09-22 22:30:00 | 落語と法律
新・落語で読む法律講座 第10講

 腕はいいが少し頭の弱い大工の与太郎が仕事場に出てこない。
 心配した棟梁(とうりょう)の政五郎が長屋を訪ねてくる。
 話を聞けば、1両2分800文(4ヵ月分)ためた店賃の「かた」に道具箱を家主に持っていかれたという。
 政五郎は持ち合わせた1両2分だけを与太郎に用立て、「1両2分なら御(おん)の字だ。800ぐらいの不足はあたぼうだ」と家主のところへ道具箱を取りにやらせた。
 ところが、因業(いんごう)な家主に800文足りないと言われた与太郎、政五郎に教えられたとおり、「1両2分なら御の字」、「800ぐらいの不足はあたぼう」と内緒話もそっくりと復唱。
 これに怒った家主は、持参した1両2分を取り上げ、「残らず金を持ってこないと、道具箱は渡さない」と追い返してしまう。
 そこで今度は、政五郎が与太郎を連れて家主の家へ行き、下手(したで)に出て「道具箱を渡してほしい」と頼むが、感情的になっている家主は返してくれず、口論の末、訴訟沙汰に。訴えはさっそく取り上げられて、両者出頭しての裁きになるが……。



 この噺『大工調べ』の一番の見せ場は、はじめ下手に出ていた棟梁の政五郎が、ケツをまくって因業な家主に啖呵(たんか)を浴びせるところだろう。
 歯切れのいい江戸っ子のべらんめい口調には胸がスッとする。
 ところで、噺に出てくる「あたぼう」というのは、「当たりめえだ、べらぼうめ」を縮めたもの。江戸っ子特有のイディオムである。
 
 さて、契約関係に入れば、一方は他方に何かをすべき義務を負う。賃貸借の場合、貸主に目的物(ここでは長屋)を貸し渡す義務があり、借主の方では賃料(店賃)を支払わなければならない(民法601条)。
 契約によって負担した義務を果たさないことを「債務不履行」という。要するに約束違反のことだ。
 店賃を4ヵ月もためた与太郎の場合も、この債務不履行にあたる。たしかに与太郎も悪い。家主としては、当然これを取り立てることとなる。
 
 家主が道具箱をかたに取るのは、今様にいえば「質権(しちけん)」の設定である(同法432条)。
 借金しようとするとき、何かを担保にして、これを貸主に引き渡す。貸主は金を返してもらうまではこれを手元におき、期日に返済がなければ、競売したり、それを自分のものにしたりすることによって、貸金を回収するのである。
 店賃をためたのは、その分家主に借金しているのと同じことだ(より法律的には、延滞賃料支払債務を確認したうえで、準消費貸借契約を締結したということか)。
 そのかたに道具箱を質物として取り上げたということなのだろう。
 
 その後、1両2分800文のうち、1両2分を返済している。これをざっと計算すれば、債務全体の約92%まで弁済したことを意味する。ためた店賃の9割以上も支払ったのだから、道具箱を返してくれてもよさそうなものだ。
 ところが法律では、質権者(家主)は、債権(店賃)全部の弁済を受けるまで、質物(道具箱)の全部について、その権利を行使できるとされている(同法350・296条)。
 これを「担保物権の不可分性」という。道具箱を返さない家主にも理由があるのだ。

     *  *  *

 さて、この一件、時の南町奉行大岡越前守の裁きはいかに……。
 奉行は、与太郎に対して、店賃の早急な支払いを命じた。
 
 これは家主の全面勝訴と思いきや、「質屋の鑑札を持たずに道具箱を質物(かた)に取ったのは不届き」と、道具箱を取り上げていた20日間に相当する手間賃として、与太郎に銀300匁(=5両)を支払うよう申しつけられ、一件落着。
 
 奉行は「政五郎、銀300匁とはちと儲(もう)かったな。しかし、徒弟の世話をするのは感服。さすが大工は棟梁(細工は流々)」、「へえ、調べ(仕上げ)をごろうじろ」 。





【楽屋帳】
 現在もよく高座にかけられる噺だが、途中で切り上げ、「『大工調べ』の序でございます」といって高座を下りてくる例も多い。ちなみに、江戸時代の長屋の家賃の相場は、ピンからキリまであるが、だいたい半年で1両くらいであった。
 今も昔も、質物には、盗品や禁制品が質物に紛れ込みやすい。このように犯罪の温床になることから、旧幕時代の質屋に対する統制は厳しかった。
 質屋の営業について、元禄5年(1692)に惣代会所への登録が義務づけられ、享保の改革以降は、奉行に対する帳簿の提出が求められた。明和年間(1764-72)には株売買による許可制となっている。当時は、本質(規模の大きな、正規の質屋)と脇質に分かれており、また、質入れには、本人のほかに請け人(連帯保証人)の判が必要だったようである。
 この点、現代の質屋営業法によれば、質屋でない者は質屋営業を営んではならず(5条)質屋となるために許可が必要なのであることも(2条1項)、江戸時代と同様である。なお、許可手続は都道府県公安委員会(所管の警察署)で行われている。



IATA Legal Forum

2011-09-22 22:29:00 | 国際法務


 9月18~20日の間、イタリア・ローマで開催された国際航空運送協会(IATA)の法律会議に出席しました。



 会場は、☆☆☆☆☆のROMA CAVALIERI



 US DOT Rule on Passenger Rights, UK Bribery Act 2010, EU Reguration 261-2004など、航空法規の最新動向について議論されました。



 会議開始が日曜の夕刻からであったため、少しだけ久しぶりのローマの休日も過ごすことができました。

 ちなみに、帰路RomeからMunich経由で成田に向かいましたが、台風15号の影響で千歳空港にdivert。札幌に1泊してから、本日、羽田空港に戻るハメに…疲れました。


自分の進路を見定めるために

2011-09-15 00:00:00 | 法曹への志し
本気(マジ)で法曹を志すならば(8)


 私たちの世代では,司法研修所の前期修習中に就職活動をする例も稀でした。実務修習地に配属され,裁判や検察の実務を経験したうえで任官(あるいは任検)を考えるのが当然でしたし,また,弁護実務修習だけでも4ヵ月間あったので,修習先の事務所や配属弁護士会などを通じて知遇を得た先生方の仕事ぶりに接しながら,どのような弁護士になりたいかのイメージを膨らませることができました。また,修習生の就職事情にも深刻さはなく,後期修習の二回試験準備に入ってから事務所訪問を始める同輩も決して少なくありませんでした。

 しかし,現状では,司法修習の期間が短縮される一方,就職活動の開始時期も前倒しされています。ちなみに,新司法試験を受験した直後,いまだ合格も発表されない前から,事務所訪問という名の面接試験に奔走する事態は,およそ異常というほかないように感じます。

 いずれにせよ,そのような状況の下では,法科大学院で学びながら,裁判官や検察官の派遣教員に親しく教えを請い,エクスターンシップの機会を最大限に活用するなどして,どのような法律家になりたいかのイメージだけでもしっかりと描いておく必要がありそうです。

(次回に続く)

準拠法か、管轄か

2011-09-10 09:00:00 | 国際法務
国際法務入門 第9回

 The parties hereto shall submit for all purpose of or in connection with this Agreement to the exclusive jurisdiction of the Tokyo District Court of Japan.
(この契約当事者は、この契約またはこれに関連するすべての目的のために、東京地方裁判所の専属的裁判管轄に服する。)

 契約交渉では、どちらの当事者も、自国の法律を準拠法(governing law)にしたいだろうし、紛争が生じれば、我が方の近くを裁判管轄(jurisdiction)にしたい。しかし、交渉は"power game"である。結局のところ、双方の力関係でいずれかに落ち着くのが一般的だろう。
 では、交渉の結果、準拠法と管轄のいずれか一方を選択できるとした場合、どちらをとるべきであろうか。

 これは"case by case"というよりほかないが、あえて選択するならば、裁判管轄を日本にもってく
ることにこだわるのが得策である。

 ルール(準拠法)は世界共通といった部分もあるが、試合場所であるコート(裁判管轄)は地元のほうが有利に働く。管轄裁判所が直接勝敗に影響すると考えるべきである。

(次回に続く)

時効障害事由

2011-09-07 00:00:00 | 債権法改正
第5 消滅時効
5.<時効障害事由>

・ 現行の時効中断事由(民147)は、実務的に定着しているため、これを時効の停止のごとき制度へと変更する必要性は感じません。
・ 弊社の債権回収実務では、債務者の預金債権を(ある程度見込みで)差し押さえ、いずれも「空振り」に終るという事例が相当数あります。したがって、こうした場合に時効中断の効力が生じなければ、実務への影響が大きいと思われます。
・ 当事者間の協議・交渉を時効障害事項とする考え方には実益が認められますが、制度設計に際しては慎重に検討すべきでしょう。たとえば、協議さえしていれば、時効の進行が停止するとなれば、それを嫌って、あえて協議の席につきたがらない不誠実な債務者がいないとも限らず、これではかえって早期・円満な事案解決ができなくなるといった事態も懸念されます。

 以上は、経産省「債権法改正検討WG」委員として意見具申した概要を連載しています(6/08参照)。



ご案内: 馬吉・駒与志二人会

2011-09-05 12:00:00 | あいさつ
東北地方太平洋沖地震 義援プログラム
十一月霞が関寄席「金原亭馬吉・駒与志二人会」



来る11月30日に霞が関寄席「金原亭馬吉・駒与志二人会」が開演されます(木戸銭は被災地の自治体に義援金として直接送られます)。

ただいまWeb上で好評受付中です。 ← 申込み受付開始!

皆様方のご来場を心よりお待ち申し上げております(駒与志)。


 と き:平成23年11月30日(水)
 開演時刻:18:45~
 出演者:金原亭馬吉、金原亭駒与志



   馬 吉


   駒与志

 木戸銭:2,000円
 ところ:霞が関ナレッジスクエア「スタジオ」
 (千代田区霞が関3-2-1霞が関コモンゲート ショップ&レストラン西館3階



詳細は「金原亭駒与志の世界」をご参照ください。

講義録: 法律上の会社とは(5) ~日本相撲協会を例として

2011-09-01 00:00:00 | 会社法学への誘い
 東京両国の国技館で行われる、あの大相撲を主催しているのが、ご存じのとおり、日本相撲協会という団体です。

 日本相撲協会が、大相撲の場所で何をやっているかといえば、桝席や椅子席の入場券を商っています。相撲興行で金儲けをしているわけです。そこには営利性が認められそうなので、会社の事業のように思えますが、日本相撲協会は会社ではありません。財団法人日本相撲協会なのです。

 なぜならば……と申し上げても、日本相撲協会の顧問弁護士ではありませんので、正確な答えは分かりません。ぜひ近いうちに顧問になりたいとは思いますが、こればかりは席が空かないといけません。ここだけの話ですけれども、弁護士という仕事は定年がありませんから。いつまでも現役で仕事ができる団体といえば、日本弁護士連合会と落語協会ぐらいじゃないかと思うのですが……とにかく上がつかえています。私などは、まだまだ駆出し同然の鼻ッたれ小僧でございますし。

 日本相撲協会が会社ではないのは、その組織の第一番の目的が営利ではないからだと思います。では、何が目的か。相撲道を通じて、日本文化の維持・発展を図る、あるいは国威を発揚する、そんなことが主たる目的なのではないかと思っておりました。調べましたところ、日本相撲協会の寄附行為によれば、「この法人は、わが国固有の国技である相撲道を研究し、相撲の技術を練磨し、その指導普及を図るとともに、これに必要な施設を経営し、もって相撲道の維持発展と国民の心身の向上に寄与することを目的とする」と定められています(同3条)。そうした本来目的のために相撲興行をすると、付随的にお金が入ってきます。金儲けは「ついで」なので、法律上、会社ではないわけです。

 ところで、国技館に行かれた方はご存知のとおり、館内には多くの売店があって、相撲グッズを購入することができます。お弁当に焼き鳥、手形や湯呑み、絵番付などを売っています。お相撲さんの名前や顔が描かれていたりしていますが、これはどうみても金儲けです。その辺の土産物屋さんと変わりません。こちらのほうは、日本相撲協会直営ではなく、実は国技館サービス株式会社という会社が運営しているのです。

 要するに、あくまで金儲けを第一の目的とした法人のみを、会社と認知し、その社会的存在を認めているわけです。

(次回に続く)