PlayDB
明日はないかのごとく注ぐ舞台
パク・ウンテ カバーストーリー

1990年初演後1997年ブロードウェー舞台に上がったある作品がこのように遠い韓国の地で大きな愛を受ける作品になると誰がわかろうか。
2004年コエックス オーディトリウムで国内初演当時、客席占有率98%を記録し、大ヒットしたミュージカル『ジキルアンドハイド』は、昨年の芸術の殿堂オペラ劇場公演まで合計883回の公演を通じて約90万人の観客に会ってきた。
人間の精神から善と悪を分離するというジキル博士の危険な挑戦、彼の本能の中に抑制されていた悪、ハイドの残酷な出現がドラマチックな展開、強烈な音楽と共に繰り広げられるのが圧巻とも言えるこの作品は何よりリュ・ジョンハン、チョ・スンウ、ソ・ボムソク、ミン・ヨンギ、キム・ウヒョン、ホン・グァンホ、キム・ジュンヒョン、ヤン・ジュンモなど、ジキル/ハイド役を演じた俳優がまもなくスター俳優、チケット パワー俳優になる現象を生んだりもした。
このように作品だけでなくキャラクターの魅力のためにしばしば男性俳優の'Wish Stage'として挙げられる『ジキルアンドハイド』が、今年韓国公演10周年をむかえて抑えられない魔性の男3人を主役に迎えている。 国内初演の舞台から作品に対する歓声を刺激するのに大きな役割を果たしたリュ・ジョンハン、チョ・スンウとともに韓国10回目の新しいジキルを演じるのは、そうパク・ウンテ。
今年のはじめ『フランケンシュタイン』でアンリと怪物、1人2役を演じ、ミュージカルアワーズ主演男優賞を受賞しし、今まで『モーツァルト❗️』『エリザベート』『ジーザスクライストスーパースター』等、大きく強烈な舞台で独自の印象を与えたパク・ウンテの今回の舞台はいろいろと観客が予想すること以上の'また他の'試みに満ちていた。
今回の作品に関連しては初めてのインタビューであるPlayDBと会った金曜日夜10時、朝から続いたランスルー公演を終えてきた彼の目は赤く充血しており、一言一言には慎重さと練習時間を流した汗に対する信頼が同時に混ざっていた。
Q. リュ・ジョンハン、チョ・スンウ等も「本当に死にそうに大変だ。」と話していた作品が『ジキルアンドハイド』ですよ。
なぜそのような話をされたのか分かる感じがします。作品にドラマ性が強ければドラマ、音楽性が強ければ音楽などに集中しなければならない部分があるのに、この作品が集中しなければならないものはエネルギーですよ。対立の深さ自体があまりにも深いためエネルギーをたくさん表現してこそ消化される場面がほとんどです。
特に表現的な部分において突然'ダン'とジキルからハイドに変身するのではなく、基本コンセプトが薬品を通して苦痛を伴って変わるのでそのような部分でも気を遣うようです。他の作品は人物が劇中で変身自体をしません。けれど、これは変身も苦痛を伴うのでエネルギーをたくさん奪い取るようです。精神的にも肉体的にも全部。 『フランケンシュタイン』が、感情的にとても力が入って人生の生活にまで影響を与えたとするならば、ハイドは表現的な部分において本当に限界です。 出せるだけにハイピッチを出さなければならないから死にそうでした

Q. 公演までぴったり2週間ですね。この頃はランスルー中だと。(インタビューは11月7日進行された。)
まだちょっとうまくいかないという感じです

難しい、そんな感じがまだ強いです。 ジョンハン兄さんやスンウ兄さんを見ると、やっぱり10年の裏打ちは違うと分かります。 基本的に分量自体があまりにも多いのみならず、セリフ、歌、このようなことを離れて10年間積みあげてきたディテールが途方もなく多いです。 そんなことが体に入ってくるのがまだ手にあまるようです。この作品は回を繰り返しながらジキルとハイドと言う人物を消化して、私のからだに溜まるのに時間が多少かかりそうです。 今後練習室でランを三回程度回すことができそうなんです。セリフや歌詞をさらに磨きをかける時期ですね。

Q. ワンキャストならもっと多くランスルーをやれますよね。
そうしたくない。 あまり荷が重くて

我が国の俳優らとブロードウェイ俳優を比較することが時々あるのじゃないですかな。ワンキャストで行けるのか、行けないのかという話もしたり。ところでそれはちょっと違う問題だと思います。 なぜなら、私たちは自ら「明日はない。」と考える俳優ではないですか。 スンウ兄さんやジョンハン兄さんも翌日の公演のためにエネルギーを少しずつ残せばワンキャストでも公演することはできますよ。でも、私たちはそのようにはしたくないから。翌日公演が出来ないほどまで吐き出さなければならなくて、観客もそのような姿を見てきたし。むしろ外国の演出家は韓国俳優を好みます。 全部吐き出すと。兄さんたちがランをするのを見ると痛ましくて兄さんたちも私がするのを見ながらも痛ましいと思うそうです。本当にそのようなエネルギーをみな吐き出す作品の1位『ジキルアンドハイド』みたいです。
Q. 最初は『ジキルアンドハイド』の出演固辞したと聞きました。
怖くなったことは事実です。とりあえず自分がするなんてできない作品だと思ったし、少し後になってやりたかったと思ったりもしました。そして色々な状況があいまって今回の機会でなければ、またいつやることができるんだろうか、やりたいって考えになりました。
また、声の部分で非常に悩んだことも事実です。もともと声が美声なので果たしてハイドの声をノドを痛めないで出すことができるだろうかと。そこで一度私自らを試したいという思い、今まで一生懸命勉強して、地道にトレーニングしながら用意した部分を信じて一度挑戦してみよう、という思いが大きかったです。
Q. 何のために長時間トレーニングをしてレッスンを受けているんだということですか。
多くの方々が勘違いされるが、何か上達するために習ってるのではないです。この職業で頑張るために習っていると考えていただければ良いですね。サッカー選手もどのように自己管理をするかにより何歳まで走ることができるのかが決まるではないですか。そのようにミュージカルもその人の声が健康なのかによってあまりにも状況は明らかです。元気なものは元気な時に守らなければならないんです。個人的にノドがとても弱い方で美声だから、二十才初中盤の時、ノドが簡単に傷ついたり、何か歌えばうまく歌えないという経験が多かったし、それで漠然と声に対する恐怖がとても大きかったです。
また、舞台の上で『ジキルアンドハイド』のように吐き出す時に吐き出すことができるスキルが必要なんですが、そのためには私一人で克服できない部分が多いので、それで始めたのが歌の練習で、レッスン受けることでした。また、作品の主人公を務めながら、私の声帯の問題やコンディションによって公演全体が左右された時、あらかじめトレーニングを受けて準備した時とそうでない状況を分かってみると保険のように漠然と準備をしました。
年齢はいってるのにいつもモーツァルトのような役だけ引き受けるってことはできなくて、年を取っただけ役のスペクトルも広げなければならない時期もきて。 まだ完ぺきなことではないですが、『ジキルアンドハイド』で、今までした多くの高音ではなく、その下の音をたくさん捉えるのに挑戦してみることができると考えました。

Q. 俳優は他の声を出すために発声法を変える試みをしたりもします。
もちろん容易ではありません。ところでそんなに努力できる俳優だというのが良いし重要です。 私もやはりそのようにしてみようと努力する俳優です。私たち生活型ミュージカル俳優は着実に作品をこなさなければなりませんが、仕方ない部分がありますが、毎回私を見にきて下さる方々に対する礼儀として毎回同じ姿、どこかで見た姿を見せることより違う姿を見せるための努力はしてみなければならない部分があるんです。「あの俳優は着実に上達してるな」という。
Q. リュ・ジョンハン、チョ・スンウだけでなく、今回の公演出演俳優の多くが過去『ジキルアンドハイド』に出演しています。
ものすごく多い。 アンサンブルの中で、私より幼くてもすでにこの公演を経験していて、私の先輩です。あるチングは学校卒業作品でジキル役をしたそうです。そのチングに尋ねたりもしてます。
Q. それで得ることになる利点は何ですか❓
ものすごく多い。 たくさん迷わないで早くランまで行けたのはたくさん導いてくれた、そのような助けのおかげです。
Q. 短所は何です❓新しい試みをしてみる余地がなくなることと同じなんだけど。
それは私が甘受しなければならない部分です。完成度が低い作品ならばどんな試みをするが事実私がどんな欲を出すことができる部分があまりない。韓国で10年という時間公演されたし、以前にアメリカでも公演された作品ということはそれだけの理由があるんです。序盤には私だけの色を出してみようと欲を出すこともしましたが、それはこの作品に対する礼儀ではないと思って、どうせ演じる人が違えば違う姿が出てくるんです。いつも公演をする時と同様に客席と共感を持つようにすることが私の目標で、今はそうした点を劇中でさらに探そうと努力しています。
Q. 韓国『ジキルアンドハイド』でリュ・ジョンハン、チョ・スンウが持つ象徴も大きいですね。
お二人とご一緒出来て率直にとても光栄です。 (お二人様が)ランをするのを見ること自体がとても幸せでした。 ただ見るだけでもとても多くのことを見て感じます。 基本的にお二人様の人間性がとても良いんです。本当に惜しみなく助けてくださるので、普通そうするのは容易でないから。かなり胸がジーンとしました。もちろんジョンハン兄さんは以前に同じ作品をしたりしましたが、私がジキルに対して手にあまると感じる時にお目にかかってみると、あ、偉大に見えました

私に残るものは二人の兄さん近くでジキルをしたということで、、、それで10年の空白を跳び越えてみようとあくせくむだなことにエネルギーを注ぐことより、初心に帰ると言いますか、どんな部分でどのように表現するのか、どのように場面をよく消化することが出来るのかに集中する事が私の目標なんです。

Q. パク・ウンテは'熱心にする俳優'のアイコンではないですか❓

変わるまいと努力しています。 前より他の部分に気を遣わなければならないのも事実です。 作品選択をする時も漠然と良い作品だけを見るのではなく、とある状況的なものも見なければならなくて。 以前は誰がお願いをすると、ことごとく歌って、写真を取って、どこかへ行って、そんな風でしたが、そうするうちに次第に不本意に私が言っていない事が起きたりして、多くの人々に被害を与えるようにもなりました。そうするうちにまた、誤解するようなうわさもたくさん出てきて、初心がなくなったよね、そして

いつか誰かが笑いながら見せてくれたんだけど、私がサングラスをかけたまま写真が撮られたのがあって、その下に「初心を失った芸能人、病気にかかった」というコメントが書かれれて

皆と一緒に笑いながら見ましたが、それでも単純にサングラスをかけただけで、このような表現をする人々が出てくるんだなぁと思いました。
そうすると大きな作品選びでも、あるいはある事を決める時の行動一つ一つでももう少し考えて気を付けることになって、それで以前より多く断ることになります。 うまく断るのは本当に容易じゃないです。それで変わったという話が出てくるようです。
Q. 変わったんですか❓
それなら変わったんでしょう。人は変わらないわけにはいかないようです。だけど変わらないものがあります。私が確信できるのは、出演した舞台で最善を尽くし、ずっと勉強すること。この二つが変わらないというのは観客に対する感謝を忘れないという意味だから。その部分に関することならば、私は変わってないと思います。そうしたら他の人々が何と言おうと「初心なんですよ。」と言う事が出来そうです。その部分だけは。
Q. 性格が鋭敏なのも事実なのではないですか❓
今がピークです

公演2週前で、不本意ですが、ストレスを無くそうとしても振り切ることはできないんです。一緒にやるお兄さんたちもすごいですが私に対する期待も多いので

Q. 『ジキルアンドハイド』が単純に善悪、両極端的な話をしようとしているんはでないようですね。
演出家が作品の主題に対して話していましたが、「果たしてそうならエマは❓」というおもしろい質問を投げかけられました。ジキルとハイドを善と悪で区別するのはあまりにも単純な両極端的視線で、ジキルという人物がいるとしたら、その中に内在してる理性が阻んでいる本性がハイドです。人間は誰でも何か内在しているけれど隠しているものがあります。エマも同じです。正しく育ってきた女性、自らの信念でいかなる決定をも下す大胆な知識人のように見られるが、本来内面ではずっとお父さんの保護を受けたくて、ジキルという夫の保護を受けたい軟弱さがあるんです。果たしてジキルが死んだ後エマはどうなったのだろうか❓屈せず独立的な人生を生きていくのか、でなければまた別の保護者を探すのか❓そのようなとても多くの話がこの作品中に入っています。
Q. ハイドが'絶対悪'でないという意味ですね。
演出家が初めて練習をした時、ハイドは怪物、サイコパスでないとおっしゃっいました。ハイドはジキルが偽善者だと考える人、殺したい程憎んでいて悪い人だと考えているけれど理性で我慢している対象を殺す人です。それがハイドの'定義'です。 ジキルがルーシーにあるセクシャルさを感じますがそれを無視しようとしたら、ハイドは表わして表現する人物なので、たとえばハイドがジキルに向かって「君ができないことを私が代行するのになぜ私を嫌うんだ。」とアプローチしてみたら、すごくおもしろいと思いました

ところでそのように表現し始めれたら諦めなければならないことがとても多かったです。 既存の公演と違う話になってもダメだとすごく考えましたし、また、演出家ととても多く話し合いました。 演出家をとても疲れさせました


Q. 『ジキルアンドハイド』は有名なナンバーが多いです。 特別感じた曲があるとしたら❓
個人的には<Dangerous Game>がおもしろいです。ともすれば、私の基本的な声が出せる部分で、音域もぴったりで。事実そこでハイドを表現するのが私の宿題でした。基本的にからだが歌を助けることができる状況ではないから非常に悩まなければならなくて挑戦しています。以前の歌い方とは違くしようと、「わぁ、パク・ウンテがあんなトーン出せるの❓」って言われるように。 このような試みが観客にお見せ出来るかは疑問ですが

Q. 『フランケンシュタイン』『モーツァルト❗️』につづき『ジキルアンドハイド』まで今年表面的にも多くのエネルギーを発散する強烈なキャラクター、作品をしてきていますね。柔らかい作品、ユーモラスなキャラクターには関心がないんですか❓
個人的にとてもやりたいです。 『女神様が見ていらっしゃる』の、リュ・スンホ役がとても魅力ありますよね。そんな役もやってみたいです。살짝 미쳐서 あぁぁあぁぁ~ こういうの

かなり上手くやれる自信があるんだもん

Q. 昨年大邱国際ミュージカルフェスティバルで見た『アリラン-京城26年』中のエミハン役が非常によく似合ってました。
「パク・ウンテがあのように笑わせるとは、あんな役もとてもよく似合う」って感心しました

あの作品はとても楽しくやりました

テーブルの上で踊る踊り、少しコメディ場面が出てくるんですがとてもおもしろかった。そういうのもとても好きです。

Q. 作品の中では'薬品'を通してジキルとハイドの間の変身が成り立ちます。
日常生活でパク・ウンテにジキルからハイドのような姿に変わらせるものは何でしょうか❓
公演前に来るストレスがちょっと激しいことだと思います。1年に3,4回ぐらいなんですがあらかじめ妻に話します。理解してくれて有難いです。 事実、元気も余裕もないのに私は舞台で解きほぐす体質のようでする。 俳優だからそっと調節する方法を自ら探したり、公演が上がれば自然に解けます。
Q. 反対にハイドからジキルに変身するようになるのは❓
妻です。赤ん坊はとても愛する大切な私の分身で妻は私が信頼する人です。私を私でいさせてくれる。何か調節が良く出来ない時に私を落ち着かせてくれる友達でもあり。愚か者の声をしばしば聞きますが結婚は上手くいきました

私の最も大きな助力者であり、最も大きなモニター要員でもあります。ある日は練習映像を見て、見てられないと言いましたよ


Q. 実際結婚を基点にいろんな事が起きたりしましたね。
心ならずも結婚というものが男優にとってのチケット パワーというもの❓それに対する大きな変数として作用しました。その時はあちこちで傷つく言葉をたくさん聞きました。
Q.『ジーザスクライストスーパースター』としてパク・ウンテの力を再び証明した思う。'俳優パク・ウンテが行う真剣勝負の2幕が上がった'という感じがするほどジーザス役を印象深く消化しました。
その時はむしろちょっと気が楽でした。 それまでは何か誇張されたような感じがなくもないって感じだったんです。本当に真正性があって舞台の上いる私の姿を好きになって下さるファンの方々がとてもたくさん力になりました。あの方は本当に俳優として私を好きになって下さったんだな、と思って責任感をたくさん感じました。
また、その作品だけ1年やりたかったくらい『ジーザスクライストスーパースター』という作品自体が好きでもありました。今でも感情移入してしまいますが、最後の場面で私が死んだあとに目を見開いて空に浮かんで客席を見ていると観客たちの瞳が見える時があります。その目つきが本当に。2度か、3度か、公演が終わってもしばらく拍手が出てこない時があります。 15秒、20秒、その寂しさは、その場で経験してない人にはどんな言葉でも表現できないんです。 ミュージカルの魅力を一番たくさん感じる時がそういう時です。
Q. もう主演男優賞受賞俳優

その時はとても良かった~

それが今は『ジキルアンドハイド』をしながら、「私のどこが主演男優賞なんだ」っていいながら自らを恥じる時がとても多いんです。あまりにも早くもらいすぎたんじゃないかって思ったりもして。賞は良いものだけれど諸刃の剣のようです。賞まで受けたんだ、よし1回見てみようや、という状況もあったりして。 元来、ストレスをたくさん抱いて暮らす方なのにさらに受けました。 払いのけようと努力しなくちゃ

Q. 10回目守るパク・ウンテと10周年『ジキルアンドハイド』を待っている観客に一言残すならば。
あまり心配しないでと言いたい。「最高だ、夢中だ、何百回も見なきゃ」このようになることはできなくても、これまでの努力があります。それは裏切らないと思います。 期待して下さっただけ報いたいと思うし、そうして差し上げることができると思います。




👓メガネ男子に萌える女子もココにおりますし~

サングラスなんぞかけてるウンテくんも見てみたいですけどね~

瞬殺されそうだし

そしてコチラはシンプロデューサーが11/7にUPしてくれた練習室でのランスルーの様子です^ ^
