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I'll be right here

ポケットにパク・ヒョシン 🥨

The Musical: [COVER STORY]のパク・ウンテ、拒否できない完璧主義者[No.202]

2020-08-08 02:35:00 | パク・ウンテ
完璧主義かぁ〜v◡̈*
ヒョシンくんとの共通点ですね。だからウンテくんに惹かれるのカナ

初公演を終えて泣いてしまったと書かれてますね〜。
あぁ〜、その瞬間を一緒に味わいたかった
Suもコロナがなければ、初日から数日間はモーツァルト三昧のはずでした(ノ_・。)
別の意味で泣けてくるぅ...

公演は生モノなので、劇場で一緒に呼吸をしながら見るのが一番なのですが...
ぴあさんとauさんのお陰でオンラインで見られる事になったのが、せめてもの救いです。
Suはもちろん両方とも申し込みましたょ。最終日はウンテくんとガンヒョンくんがガチンコしているので、iPhoneをTVに繋げてウンテくんを見ながら、iPadをTVの横に置いてガンヒョンくんも並べて見ようかとか色々思索を練っています

そぅ、iPhoneをTVに繋げるケーブルも買って、接続チェックにYouTubeでラブコンを見て...
準備はOK🙆‍♀️なのですが、Tubeのヒョシンくんにノックアウトされまくり...🥊
今まで何で繋げてみなかったんだよ〜、自分
って感じです




The Musical 2020.7.31 배경희

パク・ウンテ
拒否できない完璧主義者

11年前『ザ・ミュージカル』との初インタビューで出会ったパク・ウンテは、他人よりスタートは遅れたが、いらいらしたり、急がないと語った。どうせ一生することだから。悲壮な覚悟を淡々と語っていたこの新人俳優はそれから1年ほどで当然だというように次世代スターに浮上し、彼がミュージカル界にどのような話を描いてきたのかは誰もがすでに知っている事だ。2010年以降に公演されたその年の話題作の中でパク・ウンテの名前を探すのは難しいことではないからだ。もうデビュー15年目を迎える2020年現在、彼はまた10年後にも舞台に立つことができることを希望すると謙遜して笑って見せた。もちろん、パク・ウンテは10年後にも舞台で輝いているだろう。彼が誰にも劣らない完璧主義者という事は、皆が知っているのだ。



才能と努力が出会うとき

モーツァルト! 』初公演を終えた気分はいかがですか。 初演から共にした作品が10周年を迎える事での感想は格別だろう思います。
『モーツァルト! 』は今の私にさせてくれた作品に間違いありません。初公演を終えてたくさん泣きました。そして舞台挨拶でもした話ですが、10周年の舞台という事と共に、このような時に公演が出来るという事実自体が本当にありがたいです。改めて公演を大切にして愛してくれる観客の方々の大切さをもう一度感じました。公演は観客なしに存在出来ないじゃないですか。皆が初めて経験するコロナ19という国家災難状況で、韓国が公演を上げることが出来るのは劇場を来てくれる観客の方々がいるからです。全盛期時代の延世大学バスケットボール部を率いたチェ・ヒアム監督が選手たちにこのような名言を残したことがあります。生産性のないボール遊びをするのにもバスケットボールの選手たちが待遇を受けられるのはファンという存在のおかげだと、だからそのありがたみを忘れないで、ファンに良くしなければならないと。事実、俳優という職業も生産的な仕事とは距離があるじゃないですか。それにも関わらず、絶えず拍手と応援を貰えるというのはありがたいことです。 

10年前に製作会社から『モーツァルト! 』を共にやりたいという連絡を受けたときに初めて浮かんだ考えは何でした
俺が❓本当❓出来るのか⁉️
でも気分は本当によかったです。私には初の主演作だったから。事実、制作会社から初めて連絡を受けた時はモーツァルト役のオルタネータを提案されました。ところで練習に入り、カバーの役を担うことになったんです。 振り返ってみると私はあの時に本当に戦闘モードだったようです。 練習期間中、一番先に練習室に到着して一番最後に練習室を出ました。この機会を十分に掴めなかったら、ミュージカル俳優として二度とこのような機会がないような感じ❓それで上手く出来なくても後悔しないようにしようという気持ちで最善を尽くしたら、他のモーツァルト役、先輩たちがありがたくも出演希望回を譲ってくださって計7回も舞台に立つことが出来ました。元々は一度だけ舞台に立つ予定だったんですよ。いろいろな面で運が良かったんです。 

その時から'のパク・ウンテと言ったら努力と誠実さのアイコンという修飾語がつき始めた。10年以上活動した今までも相変わらずインタビューをする度にこの話を抜く事は出来ないが、もしかしてこれに対する負担を感じたことはないですか。
努力派というイメージを負担に思う事はありません。ただ、別の俳優たちにすまない時があります。私が格別に誠実なように映るが、実は私よりも一生懸命に努力する俳優たちも多いんです。私の場合には初のインタビューでそんな話をしてみたから、その後ずっとそこにフォーカスが当てられているようです。『モーツァルト! 』以降に注目を受けながらインタビューする機会も多かったんです。ミュージカル俳優の中で私だけ特別に努力するのではないとの話を今回、ぜひ書いて頂けたらいいですね。 必ず❗️
たとえば、(ユ)ジュンサン兄さんや(リュ)ジョンハン兄さんを見たら、公演の時の自己管理をどれほど徹底しることか。先輩たちと公演したら、私はすごく見習っているんですが、二人とも自己管理のラスボスだと言えます。それを謙虚に表にあらわさないだけです。 

ミュージカル俳優たちは毎日ライブで公演しているので、自己管理を徹底するようですね。酒好きであっても公演期間には酒を飲まないという俳優たちもかなり見てきました。
今年初めに『スウィニートッド』を終えてから、『モーツァルト! 』の練習に入るまで、私が何ヶ月か休んでいた期間があります。そのときキム・ジュンヒョンさんが放送で言っていた'ビールのT.P.O(時間、場所、状況)'を真似してみて、うわ! 世の中にこんな幸せがあるのかということを悟りました。特に家で妻と育児の疲れを取るのにとても良かったんですよ
もちろん、公演の練習が始まってぴたっとやめましたよ。『モーツァルト! 』の初公演を上げた昨日、妻と記念で一杯し、次の一杯は『キンキーブーツ』が開幕して初公演を終えてから飲むことにしました。その日を目標に一生懸命するつもりです

この10年間、途切れることなく活動することができた秘訣は結局、厳しい自己管理だったのですね。
以前のインタビューでもこんな話をしたことがあるのですが、ミュージカル俳優は芸術家と運動選手を合わせた職業だと思います。公演と練習を繰り返しながら、敏感に自己管理をしていると、自分自身が重要な試合を控えた運動選手みたいだと思う時があるんですよ。振り返って見ると、ここ10年の間、毎日練習するように、1年365日間を過ごしたわけではないですが、でもコンディション調節モードを一週間以上解いたことはありません。何のスケジュールもない日にも、普段は歌を習ったり、他の何かを習っています。私にはこの生活パターンが習慣になって、そうか休暇を取っても一週間以上休むと、心が不安になると言うのか。それでも幸いにいい妻に早く出会ったおかげで、疲れずにここまで来られました。妻はいつも私に応援とアドバイスを惜しまないんです。俳優として早い年齢に自己管理の重要性を気づかせてくれたのも妻です。私の人生において本当にありがたい人です。

俳優が結婚と出産、育児という人生史を経験すると、演技が深まると言うじゃないですか。 ウンテさんも子供ができた後にそのような変化を感じましたか
そうですよ、育児は演技をするのに本当に多くの助けになります。人が感じることができる多様な感情の最後を経験することができるんですよ。 私がとても愛している私の子どもにも関わらず、'このストレスで死ぬんじゃないかと'思う危機の瞬間を体験する事になります
でも私がいくら辛いとは言っても、妻が苦労するのに比べられないんです。 あ、『モーツァルト! 』の初公演を私の上の子も見に来ました。 今年の小学生になってとうとう父親が演じる実際の公演を見るようになりましたけど、以前にドレスリハーサルする所をたくさんいるせいか、期待したほどリアクションが大きくなかったんです。父が舞台で拍手を受ける姿を見たら喜ぶと思ったのに。心に傷を受けました



自らを治める法

この前『キンキーブーツ』キャスティングのニュースが知らされ、多くの話題を集めました。最近に主に暗く重いキャラクターを演じたため、ソウルが充満したドラッグ・クィーンローラはかなり破格的な試みではないかと思います。
俳優としてターニングポイントが必要だと考えていた時点にぴったりの提案を受けることになりました。おっしゃったようにここ数年間、悲劇性が強い作品を続けたので、エネルギーを消尽するのではなく、エネルギーを受けられる作品がしたかったんです。観客の方々にも明るい気運を与えてみたいと思いました。ローラをするためには、新たな歌い方を身につけなければならないのですが、役者としてスペクトルをさらに広めるためには、このような挑戦が必要なんです。俳優はどうしても作品を通して成長するから、さまざまなスタイルを試みる姿勢が望ましいと思います。停滞していないためには、です。そして、正直に言えば作品を選択する時にはファンの方々を思うようになります。私を長い間、応援してくださる方々に新しい姿を見せなければならないという義務のようなものを感じるんです。私が物凄い大衆的なスターでもないのに、公演を引き続き見に来て下さるという事が本当に有り難いんです。よく似た雰囲気の作品を継続すればファンの立場としては退屈かもしれないから、少し大変で苦労をしても、続けて変身する姿をお見せしなくちゃいけないと言う責任感を感じます。

以前にも作品選択で大きな決心を下したと思った瞬間がありました。代表は2014年『ジキル&ハイド』がそうでしょう。過去のインタビューで、この作品は出来ないだろうと話したこともありますからね。
『ジキル&ハイド』の初公演を終えてバックステージへ歩いて出る時、私の本当のお母さんが道に迷った子どものように大泣きしていました その日私の人生で最も大きなストレスを感じたんです。私が'ジキル'をすると言う時'美声のパク・ウンテが❓ 'と言って憂慮する人々が多かったからです。さらに10周年記念公演に参加してこの作品のシンボルのようなジョンハン兄さんと(チョ)スンウ兄さんと同じシーズンに出演しなければならなかったんです。その負担感は言葉では表現できませんにもかかわらず、その作品を選択した理由は、自らの限界を飛び越えてみたい気持ちのせいでした。当時にそんな気持ちがあまりにも切実でした。私が上手くできる作品に安住せず、新しいスタイルのキャラクターを担当すれば、誰より自分自身に刺激になります。私にはこれからもいつまでもミュージカルを続けるためにこのような動機付けが必ず必要だったと思うんです。

キャスティングに対する人々の反応がどうなのか知っている状態で一つの作品を準備して舞台に上がるということは本当に簡単な事ではないと思います。一体その圧迫感をどう耐えているのですか。
それは俳優の宿命のようです。さらにミュージカルは一つの役に2、3名がキャスティングされるじゃないですか。特に、前シーズンで既に良い反応を得た俳優たちがキャスティングされたチームに新たに合流する際、その時の圧迫感は言葉では表現出来ません。練習室で人々が皆私だけを見るようで、でもなんか表情が良くなさそうに見えるし、一人でいろいろとの考えが浮かびます。多分『キンキーブーツ』をする時も同じ状況を経験するんじゃないでしょうか。しかし、幸いにも 『ジキル&ハイド』を通じて、相手がこの作品に費やした時間を認めずに、私はなぜあのように出来ないのかと自責した瞬間、作品に私が挫折しているという事実を悟りました。簡単に言って、1年間この作品を公演した俳優と初めてこの作品を練習する私とは当然経験に差が出ざるを得ないじゃないですか。私がもっと頑張らなければならないと欲張るのは話にもならない事なんです。代わりに自分自身に恥ずかしくないほど最善を尽くせば、その努力は嘘をつかないと思います。

パク・ウンテの代表作を語る際に、『モーツァルト! 』や『ジーザス・クライスト・スーパースター』『フランケンシュタイン』を言及する事が多いじゃないですか❓外部の評価と関係なく大切な思い出に残った作品はありますか❓
『ジーザス・クライスト・スーパースター』は私に愛憎の作品です。個人的に本当にいい作品だと思うのですけど、公演する度ごとに興行成績が良くなかったんです。世の中で一番多く読まれる本である聖書を原作としてミュージカルの教科書と言われるほど、よく作られた作品なんです。もちろん、興行が全てではないとしても、最善を尽くした作品が成功しなければ気になります。再び出会えないという気がします。 『ドクトル・ジバゴ』をした時は放送に出て大衆的な知名度を上げなければならないのか、そうすれば作品の興行にもっと役に立つのか、そんな風に思いもしました。以前、公演の広報の為に番組に出た時にあまり役に立たなかったと思ったんです

『フランケンシュタイン』は、創作ミュージカルでは異例的な成功を収めた作品だから初演メンバーとして愛着が大きいようです。この作品で、ザ・ミュージカル・アワーズの主演男優賞も受賞しました。
公演が開幕した日の気分を今も生々しく覚えています。ジョンハン兄さんと私がプレビューの初公演キャストだったんです。こんな話をするのはアレなんですけど、公演開始前に兄さんと私の二人がどれほど震えたかわかりません。もともとジュンサン兄さんと初公演をすることになっていたのですが、兄さんが開幕を数日後に控えて風邪を引いたため、キャストが変わったんです。劇場にいたすべての人々が皆ぶるぶる震えながら初公演を準備しました。公演が終わってからはみんな抱きしめ合って泣きました。数日早く初公演を行うようになったにもかかわらず、立派な舞台を見せてくれたジョンハン兄さんをどれほど尊敬したか分からないです。 今考えても 『フランケンシュタイン』は本当にとても大変な作品であり、再び公演しろと言われても、気楽に'はい! 'という言葉は出ないと思います。 私のすべてを投じた作品であるだけに、前のように上手くやり遂げることが出来ないのではという懸念があります。 



ミュージカルだけに向かう情熱

2010年、ドイツ最高のミュージカル俳優ウーヴェ・クレガーが韓国に来た時の縁で、彼の欧州ツアーコンサートにゲストとして参加したことがあるじゃないですか。ミュージカル俳優だからこそ出来た経験だったと思いますが、もしかしてまた記憶に残る特別なことがあったりしますか。
ウーヴェ・クレガーの話を話されたので彼を初めて見た時を思い出しました。舞台に立っている姿だけでも、その場を圧倒するようなオーラを放って、'そう、ミュージカル俳優はこうでなくちゃ'と思って本当に沢山の事を感じました。 歌の実力は言うまでもありません。ところが、そのような俳優が自分の公演にゲストとして招待してくれたから、あの時の私の気持ちはどうだったかな。さらに、ミュージカル俳優としての経歴がいくらもなかった時にそのような特別な経験をしたじゃないですか。 オーストリアでソロ曲として『モーツァルト! 』の《私の運命避けたい》を歌った時、歌が終わるやいなや、観客たちが起立して拍手をした光景は本当に忘れられなさそうです。その日の公演が映像で残ってたらいいのに何の記録もなくてとても残念です。

最近は、ミュージカル俳優たちもコンサートをたくさんする傾向にありますが、これまで、単独でコンサートをしたことはないですよね。特別な理由があるんでしょうか。
私も本当にコンサートをしてみたいんです。しかし、どうせコンサートをするなら準備をたくさんしたいけど、その'本当にたくさん'の時間を作れなくて、まだ挑戦出来ずにいます。私がコンサートをするとすれば、観客の方々には『モーツァルト! 』の《私の運命避けたい》や『ジーザス・クライスト・スーパースター』の《ゲッセマネ》、『フランケンシュタイン』の《私は怪物》のような曲を聞きに来そうです。 それらの歌を一つの公演でまともに全部消化するためには、私のノドのコンディションが良くなければならないのですが、他の作品とコンサートの準備を並行すれば、最上のコンディションを維持するのは大変です。さらに、作品別に、それに合わせて歌い方を変えるため、コンサートをするには、決心して休みながら準備しなければならないと思います。私の考えは少なくとも3ヵ月は休みながら準備しなければ私も、観客の方々も満足のいくコンサートは出来ないかと思っています。

韓国ミュージカルを代表する俳優の一人として今この時期にどんな悩みがありますか。もしかしてミュージカル界に望むところはないのでしょうか。
私がもしミュージカルを出来なくなったら、私は何をして生きていくんだろう。なぜかこのような事を思ってみたのですが、私にはミュージカルしか出来るものがなかったんです。それだけミュージカルが好きでもあるんです。ところが、周りでたまにはこのような話を聞く時があります。TVにまた出ないんですか❓ 映画はしないんですか❓それで、私は'私はミュージカルをする人なのになぜそんな話をするのですか❓'たいんです。もちろん、相手はミュージカルを卑下しようとする意図を持って話したわけではないのですが、ミュージカルが放送や映画より一段階の下にあるジャンルのように思われた時は気分が良くないです。そんな時、ミュージカルの自尊心を守る、ミュージカル俳優らがミュージカル界でより一層活発に活動できるようになったら良いという気持ちが強くなります。私もミュージカル俳優の座を地道に守ることができるように努力して行こうと思っています。

今回のインタビューは『ザ・ミュージカル』が創刊20周年を迎えた記念じゃないですか。もし10年後に30周年を祝うために会ったらその時までミュージカル俳優として、もっと叶えたいものはあるんですか❓
私は、2010年に『ザ・ミュージカル』10周年記念コンサートに出演したじゃないですか。2030年には私も、ミュージカルを始めて20年を超えるのですから、その時はインタビューではなく、特別な公演を一緒にやってみましょうか
これは'私がこの作品で一番輝いていたい'とか、'ここで一等を取らなければならない'と言うような考えではありません。そんな時期は過ぎました。俳優に重要なのは'この作品で私がどれほどよく適応できるかどうか'なんです。観客の方が10年後に私の公演を見る時も作品によく似合う姿を維持するのが今のほぼ唯一の目標です。そしてひとつ望むことがあるとしたら、韓国ミュージカル作品が海外に知られてキラキラ輝くことができたらと思います。そうなるのに私が役立つ事が出来ればもう望むことはありません。

ニュース記事: ミュージカル パク・ウンテ「専攻者と同じくらい上手になりたいと思って ボーカルレッスンを4つ受けています。」

2020-08-07 21:40:00 | パク・ウンテ
昔の...9年前のウンテくんの記事です。ずっと書きかけで下書きホルダーに入りっぱなしになっていました

モーツァルト初演の時は、ポッペラ歌手のイム・テギョンさんとミュー俳のパク・コニョンさんと歌手のチョ・ソンモさんの3人がキャスティングされていたのですよね。ところがチョ・ソンモさんがバラエティ番組で足首に怪我を負って、シアちゃんとアンダースタディだったウンテくんに代打の白羽の矢が立ったのでした。もぅ神様の悪戯としか思えないです
その後、シアちゃんウンテくんがどれだけ韓ミュー界を牽引して来たことか...

韓ミューの運命を変えたと言っても過言じゃないよね




ソウル新聞 2011.5.27 김정은記者


歌手のチョ・ソンモさんの負傷でミュージカル'モーツァルト'に急に投入された。残った公演はたった7回。毎回緊張しながら舞台に上がった。しかし、楽しんだ。まるで、もう二度と来ないチャンスであるかのように。そのようにモーツァルトに'憑依'された俳優の演技と歌は口コミで広がり、最後の7回目の公演はチケットを取りにくいほどだった。お陰で今年の公演では代打ではなく、主役に最初から堂々とキャスティングされた。昨年17回の'モーツァルト'公演で'ウンチャルト'というニックネームを得た俳優のパク・ウンテ(30)の話だ。彼に先日17日、ソウル光化門のあるカフェで会った。


経営学出身…チョ・ソンモ代打で一躍スター

ミュージカル俳優たちは芸術高等学校や芸術大学で実用音楽または演技を専攻している場合が多い。しかし、パク・ウンテは一般の高校を出て漢陽大学経営学科を卒業した。平凡だった彼がミュージカル俳優の道を歩むようになったのは、2001年、大学2年生の時に江辺歌謡祭に出て'告白'という歌で銅賞を受けたことがきっかけとなった。「実際に受賞したら歌があまりにもしたくなったんですよ。」

演技や歌を専攻していないが、誰よりも熱心にレッスン受けて誠実さを武器として活動していると言う彼。パク・ウンテは真面目になるしかない理由を説明し、自ら「利口なキツネのようだ。」と打ち明けた。「正直に言って、私は怠け者で飽きやすい典型的なB型なんです。そうかと言って舞台で(他の人を支える)アンサンブル俳優として終わるわけにはいかないじゃないですか。演技を専攻していない私が他の俳優らより優れた競争力として何があるか悩んでみると誠実さしかなかったんですよ。 ハハハ

一時、バレエ、声楽、ダンスなど'レッスン覇者'といわれるほどレッスンをたくさん受けに通ったという。今でもボーカルレッスンを4つも受けている。ミュージカル'愛は雨に乗って'の公演の時に声帯結節で苦労したことがあり、首の管理と声楽レッスンだけは徹底的にするのが身についている。


●ゲイ役は演劇'蜘蛛女'で十分

パク・ウンテという名前を大衆にはっきりと刻印させた作品は'モーツァルト'だが、この作品の前後にも'愛は'や'ピマッコルの恋歌'などで公演界ではすでに可能性を認められていた。今年初めには演劇の舞台にも立った。'蜘蛛女のキス'でゲイのモリーナ役を演じ、女性を思い切り発揮したおかげで、'ウン姉さん'という愛称で呼ばれることもあった。しかし、彼は同性愛を扱ったミュージカル'スリルミー'や性転換患者(トランスジェンダー)の人生を扱った'ヘドウィグ'のような作品には挑戦したくないと言った。

「'スリルミー'や'ヘドウィグ'はすべて立派な作品ですが、(同性愛作品の)母胎は'蜘蛛女のキス'だと思います。ゲイの役割は('蜘蛛女のキス'の)モリーナで終結したと思っています。」

豪快に笑う彼に、演劇舞台に挑戦した理由を聞いた。「演劇をする方たちには申し訳ありませんが、率直に言ってミュージカルをうまくやるために演劇に挑戦しました。演技を学ばなければならないからです。最初は演出家であるイジナ先生に本当にたくさん怒られました。一度も演技をちゃんと習ったことがないからさぞかし大変だったでしょうね。私自身もとてもしゃくにさわってさんざん泣きました。しかし、そのおかげでたくさん学びました。」


●"両親ために、全国のど自慢出演する"

舞台の下で会った彼はとてもだった。「普段は地下鉄に乗って通います。頭もよく洗わないで… この前は道を歩いていたんですが、前を歩いていた20代の女性二人が私の話をしていたんです。'ある席でパク・ウンテを実際に見たのだけど、あれほど見分けられなかった俳優は初めてだった。どうしてあんなに平凡なの?'とこう言っているんです。平凡だけれど、舞台では格好いいという話じゃないですか。どんでん返しの醍醐味があるという意味に理解して喜びました。」

京畿道富川の在来市場で八百屋の商いをする両親のためにいつかは必ず KBSの'全国のど自慢'に出演するという彼。孝行者だ。「市場の人たちが楽しんで見る番組が'全国のど自慢'なんです。軍隊で芸能兵士として生活し、2年間、演歌だけを歌ったのですが、その時に身につけた実力を舞台で披露します。」

ミュージカル'モーツァルト'は7月3日まで京畿道城南市野塔洞、城南アートセンターで公演される。主人公、モーツァルトはパク・ウンテとともにアイドルグループ JYJのキム・ジュンス、テナーイム・テギョンらが交互に務める。3万~13万ウォン。

ザ・ミュージカル7月号 表紙撮影 現場スケッチ

2020-08-05 18:30:00 | パク・ウンテ


こんにちは。ミュージカル俳優のパク・ウンテです。お会いできて嬉しいです。


Q.韓国ミュージカルに寄与した俳優に選定された所感は⁉️

多くの点で未熟な私を選んで頂き、心から感謝しています。実際にそんな影響力があるのか良く分かりませんが...
これから、そのような影響力を与えられる俳優になれるようにもっと努力して、もっと支えてあげられるような俳優になれるように最善を尽くします。ともかく、本当に本当にありがとうございます😊


Q.カバー撮影をした気分は⁉️
幸せですよ。本当に久しぶりにThe Musicalのカバー撮影をしたので、何年か前に撮ったと思うんですが、この間に歳もとったなぁと思いました。


Q.ザ・ミュージカル20周年
まずは、The Musicalの20周年を心からお祝い申し上げます。私が歳をとるのと同時にThe Musicalも歳を重ねて行くんですよね。ですからもっと円熟して良い影響力を及ぼす、そんな雑誌になるように応援をお願いしたいですし、私も応援しています。
30周年、40周年、50周年になるその日まで、私もその時もまたこの場所でお祝いの挨拶が出来るような俳優になれるように努力しますから、The Musicalももっと力を出して私たちミュージカル人を応援してくれるそんな立派な雑誌になってくれる事を願っています。


To 観客&読者
最近は大変ですよね。全世界の多くの方々が困難と苦痛を抱いているんですが、こんな時期なので、私がもっと沢山努力して劇場で皆さんをもっとヒーリングして感動をあげられるように未熟ではありますが、少しでも助けて差し上げられる俳優になるように努力致します。沢山応援して頂き、私がもっと皆さん方の力になれるような俳優になれるよう努力致します。力を出して下さいね。劇場でもっと多くの癒しを受け取って頂けたら嬉しいです。皆さん元気を出して下さいね。The Musical 7月号でお会いしましょう。皆さん、愛しています。


The Musical : The Musicalに込められたパク・ウンテの記録

2020-08-04 23:00:00 | パク・ウンテ
Suがネットから貰って来ただけでも、ウンテくんはこんなにいっぱい表紙を飾っていましたょ。それだけ注目される作品に出演されてたって事ですよね





すごいわw
あ!ドンちゃん、見切れちゃってごめんね

この記事はThe Musicalさんが各号でウンテくんが語った言葉を纏めてくれてるんですね。いろいろ悟りがあるようですね〜。Suがほぉ〜と思った箇所を赤字にしてみました




2000-2020
『ザ・ミュージカル』に込められたパク・ウンテの記録



2009
「ダンスも踊れないし、演技はもっと考えてみた事がなかったので、ミュージカル俳優は夢も思ってなかったことです。長く彷徨った末にようやく私が進むべき道に訪れた気持ちです。始まりは人より少し遅くなりましたが、焦りながらも急がないんです。どうせ一生することだから。」
FEBRUARY 2009(通巻65号)FACE

2011
「私はもともと誠実だった訳ではありません。 生き残るための方法でした。26歳でこの仕事を始めたのですが、幼い頃から準備した人たちと競争するためには、私にできるのは誠実に練習に励むことしかありませんでした。そのため、それが自然に私の武器になりました。」
JUNE 2011(通巻93号)COVER STORY

2013
「最初は私だけの'ゲッセマネ'を作ると欲を出しました。ところが、よくよく考えてみたら私だけのバージョンを欲張ると作品が壊れるんです。歌が残るのではなく作品が残るようになりたいんです。そのためには観客たちに人物を理解させなければならないでしょう。」
APRIL 2013(通巻115号)COVER STORY



2014
「これまで休まずに走って来たのはよかったと思います。全て良い作品であり、私が望んでして来たのですから。ところでいつからか練習が始まると'はぁ〜'とため息が出ました。最初はただ好きで始めたことだったのですが、人々に良かったと褒められほど欲が大きくなったようです。ですから今回の休みは私に必ず必要だったリフレッシュの時間でした。」
MARCH 2014(通巻126号)COVER STORY

 

2015
前回の公演を見た観客たちに、あの時ほどの感動を再び感じることができるようにする事。それが最初の目標です。これに到達した後、その中で私が少しずつ発展した姿を見せるのがまさに第二の目標❗️結局、観客たちがその変化を発見して貰いたいという事が今の私の願いです。」
JUNE 2015(通巻141号)COVER STORY



2016
「デビュー10周年と胸が一杯ですが、10周年だからと言って特別な事はありません。そうかと言って私の俳優人生で変わるものは何もないですから。お祝いをするにはまだまだです。今の私には目の前に置いてある作品がもっと重要なんです。」 
AUGUST 2016(通巻155号)COVER STORY



2018
「大きな欲、大きな抱負はもうやめました。 公演をしていて疲れる最も大きな理由は私が欲を出したからなんです。今は無条件に幸せに❗️これからは共にする俳優、スタッフと幸せに作業することに焦点を合わせたいです。そうしてこそ、舞台でハッピーウィルスが広がって出て客席の皆さんに伝わるでしょうから。
FEBRUARY 2018(通巻 173号) COVER STORY

ジキル博士からウン姉さんまで!ミュージカル俳優《パク・ウンテ》とは一体誰だ❗️

2020-06-14 23:35:00 | パク・ウンテ
今日はもうすぐ過ぎようとしていますが、ウンテくんのお誕生日🎂🎉でした。

おめでとう🎈ございます。

という事で、映像がUpされていたものに早速訳を付けてみました。一部不明なところもあるけど...
お誕生日祝いです🎁

ウンチャルトとっても見たいですが、明日のシッツプローブで少しでも見られるといいですね



大韓民国のミュージカル俳優パク・ウンテ
ジキル&ハイドからウン姉さんまで、彼についての全て、サイ🦏の前足から、ミュージカルの神になるまで...

パク・ウンテ Part2



そうして、2007年『ノートルダム・ド・パリ』のグランゴワール役を任され、スッキリした高音と安定した発声でパク・ウンテという名前は広く知れ渡るようになり、続いてミュージカル『Hamlet』のレオティス役にキャスティングされたのだが、当時未熟な演技力に酷評や悪質な書き込みからの苦痛も経験せねばならなかった。以降、歯を食いしばった彼は、公演中であっても演技と声楽のレッスンをきちんきちんと行うなど、成長の為の努力に全勢力を傾け始めた。

そうして...
2010年当初、ミュージカル『モーツァルト』のカバー役としてキャスティングされたのだが、当時キャスティングされていたある歌手が撮影中に負傷して、タイトルロールを演技できる機会が与えられた。



そうして伝説的なウンチャルトが誕生し、以降、ピマッコル恋歌のキムセン役として、ミュージカル志望なら一度は歌ったことのある《青い鶴は雲の中で泣くのに》と《朝は来なかろう》をパク・ウンテのナンバーする事だけでは飽き足らず、第17回韓国ミュージカル大賞男性新人賞を受賞!2011年未熟だった演技の実力を向上させる為、演劇『蜘蛛女のキス』をモリーナ役を演じた。モリーナは劇中ゲイのキャラクターだった為、彼はキャラクターに没頭する為に初めて会った人に自分を同性愛者だと紹介したりもしたが、「アンニョンハセヨ。私の名前はパク・ウンテなのょ。」「私、ゲイなの。」「あ...そうなんですね。き..気まずい...。」
あまりにも自然な演技に皆彼が同性愛者だと固く信じたという。その上、長髪がとても似合っていた彼に‘ウン姉さん’という別名で呼ばれ始めたりもして...



しかし、2012年グループパパイヤ出身のタレント、コ・ウンチェさんと結婚にゴールインして幸せな結婚生活を続けている。
以降、彼は演技する度にレジェンド画像を誕生させ、人間界から天上界へどんどん上がって行ったので、飛び交っている噂によると携帯が浸水いた時にパク・ウンテの《ゲッセマネ》を聞かせておけば解決したという話があるほどで、パワフルな高音ととんでもない声量持つ大俳優へ生まれ変わるに至った。

同じくファントム、ジキル&ハイド、スウィニートッドなどの魅力的なキャラクターをチョコ餅パイで消化しながら...



ウンレルヤ(ハレルヤ)、クィルガズム(耳+オルガズム)、下賜下賜

全国に彼の名前を知らない人はいないんだよ。
信じています!

帰って来た6月のミュージカル『モーツァルト』のモーツァルト役に確定❗️
デビュー14年目の研鑽を大爆破を予定中。

ミュージカルに人生を捧げた男❗️
絶え間なく努力して練習を求める❗️

今から、パク・ウンテ俳優について調べてみましょう。パク・ウンテ俳優について細かい情報をコメントに残して下さい。

(おわり)