十代の頃だったか、二十代でもあったか、
細かいことは憶えていないが、幻聴のようなものを体験した。
呼ばれているような気がするのだ。
気がするわけではなく、呼ばれていると感じるのだが、
声が聞こえているわけではないので、
「気がする」と表現したが、しっくりは来ない。
幻聴を経験したことのあるひとは、この、
なんと表現したら適切かわからない感じを知っているだろう。
どうも、誰かに呼ばれているのだが、
声は実際には聞こえているわけではないらしい、という感覚は有る。
しかし、確かに呼ばれている。
鼓膜が振動していないのに聞こえている、
とでも言おうか。
ひどい時には、連呼される。
自分の名前を呼ぶ幾人もの声が重なり合う。
誰しも、自分の名前を呼ばれるとハッとする。
この幻聴の場合もそうだ。
しかし、名前を呼ばれたから、ということ以上の焦燥感を伴う。
何に対してなのかわからない、焦燥感だけがある。
そういうことが、たまに有った。
しばしばではないし、長く続くわけでもないし、実害も無いので、
あまり気にしなかった。
後年、鍼灸学校で様々な病気について学ぶうちに、
これは「呼名(こめい)幻聴」というものらしい、ということがわかった。
解離性同一性障害に起こるもので、統合失調症で起こる幻聴とは異なる。
解離性同一性障害は、なじみのある言葉で言うと、多重人格というやつだ。
いつの間にかすっかり無くなったが、
あの特異な感覚は憶えている。
細かいことは憶えていないが、幻聴のようなものを体験した。
呼ばれているような気がするのだ。
気がするわけではなく、呼ばれていると感じるのだが、
声が聞こえているわけではないので、
「気がする」と表現したが、しっくりは来ない。
幻聴を経験したことのあるひとは、この、
なんと表現したら適切かわからない感じを知っているだろう。
どうも、誰かに呼ばれているのだが、
声は実際には聞こえているわけではないらしい、という感覚は有る。
しかし、確かに呼ばれている。
鼓膜が振動していないのに聞こえている、
とでも言おうか。
ひどい時には、連呼される。
自分の名前を呼ぶ幾人もの声が重なり合う。
誰しも、自分の名前を呼ばれるとハッとする。
この幻聴の場合もそうだ。
しかし、名前を呼ばれたから、ということ以上の焦燥感を伴う。
何に対してなのかわからない、焦燥感だけがある。
そういうことが、たまに有った。
しばしばではないし、長く続くわけでもないし、実害も無いので、
あまり気にしなかった。
後年、鍼灸学校で様々な病気について学ぶうちに、
これは「呼名(こめい)幻聴」というものらしい、ということがわかった。
解離性同一性障害に起こるもので、統合失調症で起こる幻聴とは異なる。
解離性同一性障害は、なじみのある言葉で言うと、多重人格というやつだ。
いつの間にかすっかり無くなったが、
あの特異な感覚は憶えている。
やっぱり、お若い頃だけだったんですね?
私は、親にも言わなかったなー。
すくなくとも、私を呼んでいたのは、神の声ではありませんでした。