犬小屋:す~さんの無祿(ブログ)

ゲゲゲの調布発信
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かわいいじじいになりたいのなら

2016年03月20日 | 椰子の実の中
茂造は謝る。
「すいません!」
黄色の人は許す。
「いいよ~」

https://www.youtube.com/watch?v=x9CKFCqVeuA&ebc=ANyPxKr-3i5qfwoie62vBtEjlMwHX2kdIVcJrtrAVX-0quQDbJlOBdX3qWUJQQYeJcIlxq0ShHf3naZbqok5VZQ8DzydSQTE8A

「あんな年配の人が大きい声で『すいません!』て謝らへんで。
若い奴が『すいません!』って言うのとあの年配の人が言うのと意味が全然違ゃうやろ!
あんなおじいさんが『すいません!』て言うたら、『いいよ~』て。」

「いいよ~。長生きしてよ~。」


新しいことばかりでついて行けない。若い人に迷惑かけたくないよ。
と言いながら長生きするよりは、
長生きして良かった、毎日今までに無かった新しいことがあるねえ。
なんて言えるような年寄りになりたいもんだ。

年を取ってからそういう感覚を身に付けるのはなかなか難しいだろう。
ということは、今からそう思っておけばいいのだ。
あるパズル雑誌の編集者が、毎日ひとつ初めてのことを書く、
うまれてはじめて日記というのをやっている、と編集後記で書いていた。

うまれてはじめてのできごとなんて、日々の生活の中にはそんなに無い。
と思ったら大間違いで、実は全てがうまれてはじめてと言える。
まあ、そこまで言ったら「うまれてはじめて日記」も「ふつうの日記」に
なってしまうが。

実際に新鮮な思いをする経験は、毎日の中に在る。
それがうまれてはじめてのことだ、と言葉にするかどうか、ということだ。
「わー、こんなのはじめて」と言うのと、
「わー、こんなのうまれてはじめて」と言うのとでは、
なんだかちょっと気分が違う。

とにかく、年を取ってから
「長生きして良かった、毎日うまれてはじめての経験ができるねえ。」
と言えるようになるには、今から
「長生きして良かった、毎日うまれてはじめての経験ができるねえ。」
と言うようにしていればいい。
口癖にしてしまえ。

私は46歳で、「長生き」と言うのはおこがましいように思う。
しかし、50歳の人や102歳の人から見たら「長生き」ではないが、
二十歳や生まれて二日後に死んだ人から見たら「長生き」でもあろう。
堂々と言って良いだろう。

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