[あらすじ] なんだか気の合わない友人。自分のイヤな部分が相手の中に見える。
自分の声を録音して聞くと、ショックを受ける。
わたしこんな声なの??
自分の声は自分の体内を通じて、骨伝導も含めた音が内側から耳に届いている。
だから、空気越しで他人に聞こえている声つまり録音した声と、
まったく違う声を自分では聞いている。
このギャップを録音によって客観的に聞くと、びっくりする。
本人はびっくりするが、他人は驚かない。
いつも聞いてるその人の声に過ぎないのだから。
自分の写真を見ると、ショックを受ける。
わたしの顔こんなに歪んでるの?
自分の顔を見るのは、鏡を覗いた時だけだ。
鏡に映ったものを見ると、左右が逆転している。
だから、直接他人が見ている顔と、自分が鏡で普段見ている顔は、
まったく正反対なわけだ。
このギャップを写真によって客観的に見ると、びっくりする。
本人はびっくりするが、他人は驚かない。
いつも見ているその人の顔に過ぎないのだから。
そもそも、鏡を見ることもイヤ、ということもある。
自分の顔を嫌いだと、あまり鏡を見ないのかもしれない。
反転像でも、自分を見ないよりは見たほうがいいだろうか。
「須山さんは優しい」と言われてびっくりしたことがある。
なぜびっくりしたかと言うと、言ったその人のほうが
はるかに優しい人だったからだ。
その人は周囲も認める、いかにも優しい、穏やかな人だ。
しばらくして、その人は自分が優しい人だから、須山の中にも優しさを見ることができたのだ、
と思った。
そう気付いてみると、いろんな人が他者を評価している時に、
しばしば自分の性質を言っているだけのことがあることが見えてきた。
「あの人は金に細かい」なんて言っている人が金銭に細かくないかと言うと、
そうでもないのだ。
だから、客観的に対象を見る、ということはとても難しい。
どうしても自分が出てきてしまう。
これが自分フィルターだ。
自分フィルターはどんなものにもかかる。
それはちと困る。
自分フィルターを無くす、あるいは弱めることはできないものだろうか。
つづこうか
自分の声を録音して聞くと、ショックを受ける。
わたしこんな声なの??
自分の声は自分の体内を通じて、骨伝導も含めた音が内側から耳に届いている。
だから、空気越しで他人に聞こえている声つまり録音した声と、
まったく違う声を自分では聞いている。
このギャップを録音によって客観的に聞くと、びっくりする。
本人はびっくりするが、他人は驚かない。
いつも聞いてるその人の声に過ぎないのだから。
自分の写真を見ると、ショックを受ける。
わたしの顔こんなに歪んでるの?
自分の顔を見るのは、鏡を覗いた時だけだ。
鏡に映ったものを見ると、左右が逆転している。
だから、直接他人が見ている顔と、自分が鏡で普段見ている顔は、
まったく正反対なわけだ。
このギャップを写真によって客観的に見ると、びっくりする。
本人はびっくりするが、他人は驚かない。
いつも見ているその人の顔に過ぎないのだから。
そもそも、鏡を見ることもイヤ、ということもある。
自分の顔を嫌いだと、あまり鏡を見ないのかもしれない。
反転像でも、自分を見ないよりは見たほうがいいだろうか。
「須山さんは優しい」と言われてびっくりしたことがある。
なぜびっくりしたかと言うと、言ったその人のほうが
はるかに優しい人だったからだ。
その人は周囲も認める、いかにも優しい、穏やかな人だ。
しばらくして、その人は自分が優しい人だから、須山の中にも優しさを見ることができたのだ、
と思った。
そう気付いてみると、いろんな人が他者を評価している時に、
しばしば自分の性質を言っているだけのことがあることが見えてきた。
「あの人は金に細かい」なんて言っている人が金銭に細かくないかと言うと、
そうでもないのだ。
だから、客観的に対象を見る、ということはとても難しい。
どうしても自分が出てきてしまう。
これが自分フィルターだ。
自分フィルターはどんなものにもかかる。
それはちと困る。
自分フィルターを無くす、あるいは弱めることはできないものだろうか。
つづこうか
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