世の中、嫌煙ムードである。
私は現在、煙草の煙が非常に苦手だ。
うっすら煙い店内でも、そこに3時間でも滞在しようものなら、
翌日、のどが痛い。
歌うことが好きなので、のどを傷めたくない。
なのに、のどは弱っているようだ。
※
早いとこ正直に言っておけば、
私は29歳までの十年間、ヘビースモーカーだった。
最後の頃はセーラムの緑のほうだったかを好んでいた。
なんとかいうメンソールも吸ったっけな。
安けりゃいいってんで、わかばを一時期吸っていた。130円だった。
「わかばは臭い」とか「粗悪な葉を使っている」とか
周囲にイヤがられた。
※
亡父がひどいニコチン中毒者だった。
「子どもの頃からの、一番の友だち」と言ってはばからなかった。さみしい人ですね。
父の居場所には煙草の焦げ跡だらけだ。
枕元には小さなゴザを敷き、盆の上に煙草と灰皿を用意し、
目が覚めると一晩に何度も吸っていた。
※
幼い頃、私は喘息があった。
都内から調布市深大寺町へ引っ越し、寝室を分けて、
また同時に成長もし、喘息はおさまっていった。
※
そのくせ自分も煙草を吸ったのは、
煙たいのに耐えられなかったからだ。
自分が吸うと、他人の煙草も気になりにくくなる。
※
今年の9月、ファミリーレストランのチェーン、スカイラークが全店舗を全日禁煙にした。
それ以前は、喫煙席は分けてあったり、喫煙室が設けてあったり、
ランチタイムや休日は全席禁煙にしたり、といった具合だった。
休日に店に行き、全席禁煙ということで、普段は喫煙席である場所に案内されたことがある。
しかし、吸う人がいなけりゃ大丈夫ってもんでもない。
煙草のヤニは壁に天井に染み着きヤニ付き、におう。
食事のうまそうなにおいもコーヒーの香りもへったくれも無いし、
次第にのどが痛くなってくる。
自分の体がそんな状態なので、全日全席禁煙は歓迎する。
業界の他の店も、追い付け追い越せの雰囲気が有る。
※
大手チェーンがそうなると、喫煙者は路頭に迷う。
嗚呼。
路頭で喫煙するのも困ったものだ。
となると、路上喫煙禁止、なんて自治体が言い始める。
これも私個人的にはありがたい。
歩行喫煙はまだいい。
元気が有れば、走って追い抜く。
自転車でくわえ煙草、なんてのが憎たらしい。
あと、早朝の引き締まった新鮮な空気を、
出勤の一服が濁して行くのもガッカリする。
自宅で吸ってもイヤがられるから家を出てから火を着けるのかもしれない。
あわれなことだ。
※
私が煙草をやめたのは、ある時、風邪を引いて、
どうにもこうにも煙草を吸うと咳込んでどうしようもなくなったからだ。
そもそも、さほどのどが強くなかったのだろう。
※
喫煙者は煙草を吸える場所を求めてさまよう。
チェーン店がダメ、路上がダメ。
小さな店に喫煙者が集中する。
※
コーヒーと煙草が合う。
と言う。
私は分からない。
しかし、喫茶店で煙草を吸う、という形が有る。
お成城の駅前に、古いビルが有る。
なんとも昭和の香りが滲んでいる。
その2階だかに、シュベールという喫茶店が有る。
雰囲気がよろしい。
ガラス棚の中の食品見本が懐かしい。
ナポリタンでも食ってみようかとドアを開けたが、
一歩入って回れ右をしてしまった。
残念。
煙草くさいのだ。
私は滞在できない。
※
調布駅前に、同じシュベールが有る。
むかーしから有る。
一階の店が何かから何かに変わったりしても、2階のシュベールはずっとシュベールだ。
私も、幼い頃に母に連れられて入った。ような気がする。
9月一杯で閉店になったという。
※
大手チェーンが全面禁煙に移行したのと時期が重なるのは、
偶然なのか。
※
ニコチンは、人間の脳の中でも、古くさい部分に働きかける。
「たらふく食って満足」とか「むかついてカッカくるわ」とか「キモチいい!」とか
そういった働きをする部位に、ニコチンはスイッチを入れる。
ちょいちょい摂取していると、ニコチンが無いと感じにくくなる。
だから、飯食った後やセックスの後に一服したくなる。
煙草自体が快感ではなくても、ニコチンを摂った時に快感スイッチが入るわけだから、
煙草が快感だと勘違いしても無理は無い。
それが友だちと言えるか?
あんとき風邪をこじらして良かった。と、
抜けた今は思う。
私は現在、煙草の煙が非常に苦手だ。
うっすら煙い店内でも、そこに3時間でも滞在しようものなら、
翌日、のどが痛い。
歌うことが好きなので、のどを傷めたくない。
なのに、のどは弱っているようだ。
※
早いとこ正直に言っておけば、
私は29歳までの十年間、ヘビースモーカーだった。
最後の頃はセーラムの緑のほうだったかを好んでいた。
なんとかいうメンソールも吸ったっけな。
安けりゃいいってんで、わかばを一時期吸っていた。130円だった。
「わかばは臭い」とか「粗悪な葉を使っている」とか
周囲にイヤがられた。
※
亡父がひどいニコチン中毒者だった。
「子どもの頃からの、一番の友だち」と言ってはばからなかった。さみしい人ですね。
父の居場所には煙草の焦げ跡だらけだ。
枕元には小さなゴザを敷き、盆の上に煙草と灰皿を用意し、
目が覚めると一晩に何度も吸っていた。
※
幼い頃、私は喘息があった。
都内から調布市深大寺町へ引っ越し、寝室を分けて、
また同時に成長もし、喘息はおさまっていった。
※
そのくせ自分も煙草を吸ったのは、
煙たいのに耐えられなかったからだ。
自分が吸うと、他人の煙草も気になりにくくなる。
※
今年の9月、ファミリーレストランのチェーン、スカイラークが全店舗を全日禁煙にした。
それ以前は、喫煙席は分けてあったり、喫煙室が設けてあったり、
ランチタイムや休日は全席禁煙にしたり、といった具合だった。
休日に店に行き、全席禁煙ということで、普段は喫煙席である場所に案内されたことがある。
しかし、吸う人がいなけりゃ大丈夫ってもんでもない。
煙草のヤニは壁に天井に染み着きヤニ付き、におう。
食事のうまそうなにおいもコーヒーの香りもへったくれも無いし、
次第にのどが痛くなってくる。
自分の体がそんな状態なので、全日全席禁煙は歓迎する。
業界の他の店も、追い付け追い越せの雰囲気が有る。
※
大手チェーンがそうなると、喫煙者は路頭に迷う。
嗚呼。
路頭で喫煙するのも困ったものだ。
となると、路上喫煙禁止、なんて自治体が言い始める。
これも私個人的にはありがたい。
歩行喫煙はまだいい。
元気が有れば、走って追い抜く。
自転車でくわえ煙草、なんてのが憎たらしい。
あと、早朝の引き締まった新鮮な空気を、
出勤の一服が濁して行くのもガッカリする。
自宅で吸ってもイヤがられるから家を出てから火を着けるのかもしれない。
あわれなことだ。
※
私が煙草をやめたのは、ある時、風邪を引いて、
どうにもこうにも煙草を吸うと咳込んでどうしようもなくなったからだ。
そもそも、さほどのどが強くなかったのだろう。
※
喫煙者は煙草を吸える場所を求めてさまよう。
チェーン店がダメ、路上がダメ。
小さな店に喫煙者が集中する。
※
コーヒーと煙草が合う。
と言う。
私は分からない。
しかし、喫茶店で煙草を吸う、という形が有る。
お成城の駅前に、古いビルが有る。
なんとも昭和の香りが滲んでいる。
その2階だかに、シュベールという喫茶店が有る。
雰囲気がよろしい。
ガラス棚の中の食品見本が懐かしい。
ナポリタンでも食ってみようかとドアを開けたが、
一歩入って回れ右をしてしまった。
残念。
煙草くさいのだ。
私は滞在できない。
※
調布駅前に、同じシュベールが有る。
むかーしから有る。
一階の店が何かから何かに変わったりしても、2階のシュベールはずっとシュベールだ。
私も、幼い頃に母に連れられて入った。ような気がする。
9月一杯で閉店になったという。
※
大手チェーンが全面禁煙に移行したのと時期が重なるのは、
偶然なのか。
※
ニコチンは、人間の脳の中でも、古くさい部分に働きかける。
「たらふく食って満足」とか「むかついてカッカくるわ」とか「キモチいい!」とか
そういった働きをする部位に、ニコチンはスイッチを入れる。
ちょいちょい摂取していると、ニコチンが無いと感じにくくなる。
だから、飯食った後やセックスの後に一服したくなる。
煙草自体が快感ではなくても、ニコチンを摂った時に快感スイッチが入るわけだから、
煙草が快感だと勘違いしても無理は無い。
それが友だちと言えるか?
あんとき風邪をこじらして良かった。と、
抜けた今は思う。
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