[あらすじ] 同居母86歳要介護2パーキンソン病認知症状少々。
自宅で自由を満喫しておられる。
昨日紹介した動画の中で、漫才コンビEXITのりんたろー。さんが言う。
「こういう時にいっちゃうんだろうな、と思った。」
高齢の家族を殺してしまう介護者がいる。
それは、一部のアブナイ人のすること、というわけではない。
「育児と決定的に違うのは、成長が無い、ってこと。」
毎日同じことの繰り返しで、出口が見えなくなる。
先が見えないと、希望を失う。
※
友人YYに「ここ一ヶ月近く、怒ったことも無いよ。」と力無く言った、
その舌の根が適度に乾いたのか、翌日、私は久々にブチ切れた。
台所と居間が続いていて、そこが母の主な行動範囲だ。
その奥に和室が有るが、段差が有る。
だから、ケアマネさんや訪問看護さんや訪問リハビリさんなどが考えて、
和室は入らないことにしましょう、と
介護ベッドを居間に設置した。
あれやこれやと母の用事や買い物を済ませて帰宅したら、
「和室に入った」と言うのだ。
ぬ?
ぬけぬけと?
隠さないのはいい。
母はよくごまかすので、正直に言っただけでも良いが、
入ってはいけないという感覚が薄いので言える、という面も有る。
「静夫さん(亡父)の著書を取りに入った。
自分が置いておいた場所が分かっているから。」
母が亡父の著書を置いた場所は、既に片付けて段ボール箱に詰め込んである。
和室に母が出入りすることは無い、という前提で、
その手前には犬の寝床などが有って歩きにくくなっているし、
室内は買い置きの食品や、著者在庫や、荷物が詰め込んである。
それに、つい先日、書斎に有った亡父の著書を段ボール箱に詰めて
和室の奥に置いたばかりだ。
※
見てみると、私が新しく置いたばかりのその段ボール箱の蓋が開いている。
きちんと閉じるようにうまく詰め合わせておいたのが、閉まらなくなっている。
しまい直そうと本を手に取ったら、ぬらりとした。
母は唾液が口からこぼれる。
それに、咀嚼した食物が混じる。
本人はさほど感じないので、行動範囲の床はあちこちがペチャペチャしている。
和室はその唾液から守られた聖域だったのだが。
畳に垂れたら掃除は難しい。
「本を出して、途中に置いてきた。」と言うが、
どうも見当たらない。
本人はそう思っているが、別の場所に有るのか、無いのか。
※
取りに行きたい物が有ったら私に言ってください。
と、言ってある。
それは、本人も分かっている。
「頼んだのに持って来てくれないじゃない!」と言う。
いや、頼まれていない。
頼んだ気になっているのだろう。
「あなたが帰って来るのを待って、頼まなきゃいけないと思った。」
少し時間が経ったら、こんなことを言い始めた。
分かっているのだが、早く欲しい、今欲しい、という気持ちが先立つ。
しまいには、
「なぜ私が和室に入っちゃいけないの?」と言う。
一から説明し直す。
※
こういうところに陥ると、
自分がなんのために生きているのか分からなくなる。
※
ボコボコに殴り倒したくなる。
そういう衝動を抑える。
抑える力は自分をいためつける。
自分にも良いことは無い。
だったら最初から怒らなければよい。
「転倒しないように、和室は出入りしないことにしましょう。」というのは
本人ではなく、周囲が勝手に決めたことに過ぎない。
それは、周囲の思いどおりになることではない。
ただ、母が和室に入らなければ、母が触れると困る物を置いておけるから、
私にとって都合が良い。
唾液で汚れる範囲が狭まるから、
私にとって都合が良い。
そう都合良くいかない。と、ここも腹を括るしか無い。
転倒予防だって、私にとっては大義名分でしかない。
面倒を減らしたいのだが、減りゃあしねえ。
※
掃除をしても、母が移動すれば一撃必殺で元の木阿弥になるので、
こまめに掃除する気がすっかり失せてしまった。
デイサービスで一日留守になる時にスッキリと掃除する。
寒い今だからこれでなんとかなっているが、
暖かい季節が来たら、においとか虫とか、うおおおお
自宅で自由を満喫しておられる。
昨日紹介した動画の中で、漫才コンビEXITのりんたろー。さんが言う。
「こういう時にいっちゃうんだろうな、と思った。」
高齢の家族を殺してしまう介護者がいる。
それは、一部のアブナイ人のすること、というわけではない。
「育児と決定的に違うのは、成長が無い、ってこと。」
毎日同じことの繰り返しで、出口が見えなくなる。
先が見えないと、希望を失う。
※
友人YYに「ここ一ヶ月近く、怒ったことも無いよ。」と力無く言った、
その舌の根が適度に乾いたのか、翌日、私は久々にブチ切れた。
台所と居間が続いていて、そこが母の主な行動範囲だ。
その奥に和室が有るが、段差が有る。
だから、ケアマネさんや訪問看護さんや訪問リハビリさんなどが考えて、
和室は入らないことにしましょう、と
介護ベッドを居間に設置した。
あれやこれやと母の用事や買い物を済ませて帰宅したら、
「和室に入った」と言うのだ。
ぬ?
ぬけぬけと?
隠さないのはいい。
母はよくごまかすので、正直に言っただけでも良いが、
入ってはいけないという感覚が薄いので言える、という面も有る。
「静夫さん(亡父)の著書を取りに入った。
自分が置いておいた場所が分かっているから。」
母が亡父の著書を置いた場所は、既に片付けて段ボール箱に詰め込んである。
和室に母が出入りすることは無い、という前提で、
その手前には犬の寝床などが有って歩きにくくなっているし、
室内は買い置きの食品や、著者在庫や、荷物が詰め込んである。
それに、つい先日、書斎に有った亡父の著書を段ボール箱に詰めて
和室の奥に置いたばかりだ。
※
見てみると、私が新しく置いたばかりのその段ボール箱の蓋が開いている。
きちんと閉じるようにうまく詰め合わせておいたのが、閉まらなくなっている。
しまい直そうと本を手に取ったら、ぬらりとした。
母は唾液が口からこぼれる。
それに、咀嚼した食物が混じる。
本人はさほど感じないので、行動範囲の床はあちこちがペチャペチャしている。
和室はその唾液から守られた聖域だったのだが。
畳に垂れたら掃除は難しい。
「本を出して、途中に置いてきた。」と言うが、
どうも見当たらない。
本人はそう思っているが、別の場所に有るのか、無いのか。
※
取りに行きたい物が有ったら私に言ってください。
と、言ってある。
それは、本人も分かっている。
「頼んだのに持って来てくれないじゃない!」と言う。
いや、頼まれていない。
頼んだ気になっているのだろう。
「あなたが帰って来るのを待って、頼まなきゃいけないと思った。」
少し時間が経ったら、こんなことを言い始めた。
分かっているのだが、早く欲しい、今欲しい、という気持ちが先立つ。
しまいには、
「なぜ私が和室に入っちゃいけないの?」と言う。
一から説明し直す。
※
こういうところに陥ると、
自分がなんのために生きているのか分からなくなる。
※
ボコボコに殴り倒したくなる。
そういう衝動を抑える。
抑える力は自分をいためつける。
自分にも良いことは無い。
だったら最初から怒らなければよい。
「転倒しないように、和室は出入りしないことにしましょう。」というのは
本人ではなく、周囲が勝手に決めたことに過ぎない。
それは、周囲の思いどおりになることではない。
ただ、母が和室に入らなければ、母が触れると困る物を置いておけるから、
私にとって都合が良い。
唾液で汚れる範囲が狭まるから、
私にとって都合が良い。
そう都合良くいかない。と、ここも腹を括るしか無い。
転倒予防だって、私にとっては大義名分でしかない。
面倒を減らしたいのだが、減りゃあしねえ。
※
掃除をしても、母が移動すれば一撃必殺で元の木阿弥になるので、
こまめに掃除する気がすっかり失せてしまった。
デイサービスで一日留守になる時にスッキリと掃除する。
寒い今だからこれでなんとかなっているが、
暖かい季節が来たら、においとか虫とか、うおおおお
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